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 王子様の後を追い掛けて王城内を行ったことのない奥の方まで歩いて行きます。


 色取り取りの花が咲き乱れる庭園を無感動にざっくりと通り抜けて、デートスポットになりそうな雰囲気の良い噴水傍を掠め通って、見えてきたのは宮殿でした。


 王城の敷地内に沢山ある離宮の一つとかでしょうか。


 行政府とか研究所には見えないので、どなたか王族の方のお住まいでしょうか。


 真っ直ぐそちらに向かっているように見えますが、魔法使いのところに向かう前に、寄るところでもあるのでしょう。


 黙って付き合いますとも。


 ただ、本日のレイナードは騎士の制服すら着てない訓練着なんですが、失礼に当たらないでしょうか。


 何なら宮殿の外でご用が済むまで待ちましょうか。


 そんな気遣いも気にする事なく、王子様はズンズン進んで宮殿の入り口に入る階段を登り始めてしまいます。


 躊躇うように足を緩めたこちらに気付いたようで、王子様が振り返りました。


「何してる? さっさと付いて来い。」


「あのぉ。俺訓練着なんで、ここでお待ちしましょうか?」


 取り敢えず流石に遠慮がちにそう申し出てみると、王子様の目が丸くなりました。


「・・・お前に遠慮するとかいう能力が備わってるとは思わなかったな。」


 心底驚いたように言われて、流石にムッとしてしまいます。


 大丈夫です、貴方も遠慮なさったことなんかありませんから。


 心の中で返しておきますが、王子様にはそれが伝わったんでしょうか、不意にふっと声に出して吹き出しました。


「まあ正直な奴だな。いいから入れ。私の離宮だ、訓練着でも遠慮は要らん。」


 これには目を瞬かせてしまいます。


 お家にご招待ですか? 何の陰謀が隠されているのか知りませんが、物凄く不穏です。


 これまでの非礼を詫びろとか言われて監禁で折檻とか??


 滅茶苦茶怖くなって来たんですけど。


 それでも無言で促す王子様に逆らえず、かなり引きつった顔で挙動不審気味にびくつきながら王子様の後に続きます。


「お帰りなさいませ。」


 離宮の入り口では、執事っぽい人が出迎えてくれます。


 王族の離宮だから、侍従とかいうんでしょうか。


「ああ。こいつがレイナードだ。」


 王子様、侍従にレイナードの事を教えています。


「存じ上げておりますよ。遠目にしかお目に掛かった事はございませんが、一度見たら忘れられないような美男でいらっしゃいますから。」


「まあそうだな。」


 王子様が、レイナードの美貌を認めるってちょっと凄い事じゃないでしょうか。


 王子様の方も相当美形ですからね。


 侍従さんには、軽く頭を下げておきますが、ご挨拶とか要るところですか?


 よく分かりません。


 侍従さんは気にした風もなく、あちらは深く頭を下げてから、入り口を通してくれました。


「殿下、ご用意は出来ておりますので、そのままお向かい下さい。」


 歩き始めた王子様の背中に侍従がそう声を掛けています。


 軽く手を上げて応えた王子様が向かうのは、一体どこなんでしょうか。


 何のご用意か、物凄く気になりますね。


 いえ、やっぱり知りたくないです。


 踵を返して逃げ出しちゃダメでしょうか。


 でも、そうしようとしたところで、また王子様には、逃すと思ったか? とか言われて引きずり戻されそうです。


 半分涙目でとぼとぼ付いていくと、扉の開いた部屋の前で王子様は一度立ち止まりました。


「何だその顔は。さっさと付いてこい。」


 だってですね、死刑囚はルンルンで断頭台に上がったりしないんですよ?


 心の準備とか心の準備とか心の準備とか、大事なんですよ。


 ぐすん。


 室内に漂う血生臭い匂いと拷問道具の数々をちょっと想像してみていたんですが、踏み込んだ室内には広いテーブルと良い匂いが漂っています。


 目を瞬かせて固まることしばらく、咳払いに我に返って数歩足を進めます。


「さっさと座れ。」


 正面に座る王子様の斜め手前に、カトラリーと前菜が用意された席があります。


 ええと、毒入りでしょうか?


 思わずじっとりした目を向けてしまいました。


「昨日の朝は、お前の朝食を取り上げて悪かった。詫びだと思って食べていけ。」


 え? 本気ですかねこの方。


 まじまじと見つめ返してしまいますが、何か照れ臭かったのか、王子様目を逸らしてもう一度咳払いして来ます。


「槍が降るんじゃないですか?」


 思わずボソリと口から出てしまったのは仕方ないと思いませんか?


「石礫とか雹とかは降らしてやれるけどな。」


 あ、声音がちょっと怒ってますね。


「あれ、火の玉の方が得意なんじゃないですか?」


 つい反射で返してしまいましたが、流石に口元が引きつって来ましたね。


「よおく分かってるじゃないか。脳天に雷は無理でも、岩なら落としてやれる。希望があるなら受け付けてやるぞ。」


 皮肉げに吊り上がった王子様の口元が、それでも我慢してる様子です。


 とそこで、王子様はクールダウンを図ったようで、深々と溜息を吐きました。


「お前は根に持つタイプみたいだからな。早いところ貸し借りなしに戻しておきたい。という訳で、美味しい朝食を振る舞ってやるから大人しく席に着け。」


 成る程、昨日の雷は、結構王子様的には堪えたということのようですね。


 一気に気分が良くなったところで、足取りも軽く席に座りに行きます。


 カトラリーの数を数えると、朝から豪勢にコース料理を頂けるようです。


 ルンルン気分で王子様に目をやると、手を合わせてお祈りでもしているようです。


 取り敢えず真似てみる事にして、手を合わせると王子様と目が合いました。


「食事前の祈りの仕方は?」


 尋ねられて首を振り返します。


「普段はどうしてる?」


「手を合わせて頂きますで食べてます。」


 騎士団の食堂では、出自が入り乱れてる所為もあって、真面目にお祈りをしてから食べてる人は見掛けません。


 が、身に付いた習慣というのはやらないと気持ちが悪いもので、仕方なくこそっと手を合わせて頂きますをしていました。


「そうか、騎士団は平民出も多いからな。なら、無理に覚えなくても良い。食べるぞ。」


 その気遣われているような発言には驚いてしまいましたが、頂きますをしてから手を下ろしました。


「食事のマナーも気にするな。好きに食べて良い。」


 気遣いの出来るイケメン王子様ぶりに、ちょっと、いやかなり驚いてしまいます。


 この人、実は騎士団から離れるとかなり品行方正な王子様なんじゃないでしょうか。


 だから、訓練場で溜まったストレス発散する羽目になってるんじゃ・・・。


 お言葉に甘えて、見苦しくない程度に好きなように頂く事にします。


 前菜をフォークで音をなるべく立てないように、零さないように落とさないように、一口ずつ食べていくことにします。


 自分が美味しく食べることは大事ですが、一緒に食べてる人を最低限不快にさせない食べ方は大事です。


 それが食事のマナーってものだと思います。


 ちょうど前菜を食べ終わる頃に次のお料理が運ばれてきます。


 流石王子様の宮殿の給仕係ですね。


 タイミングが完璧です。


 特に会話もなく黙々と料理を堪能していましたが、ふと王子様の視線を感じて目を上げました。


「意外に綺麗に食べるな。順番とか食べ方とかは忘れてるみたいなのにな。」


 感心したような言葉に、照れ臭くて耳の後ろを掻いてしまいました。


「しかもまあ美味しそうに。」


 言って小さく笑った王子様は、中々眩しいイケメンスマイルでした。


「美味しいものはそりゃ美味しく食べるでしょう。」


 口の中を無くしてから返すと、またふっと微笑まれました。


「まあ、平民出も多い騎士団の食事だ。口に合わない事もあるだろうが、余り騒いで問題を起こすなよ。代わりに休みの日にでも美味いものを食べに出ろ。」


 王子様の言い分も分かりますが、諦めるのはやれる事をやってからです。


「まあ、少しだけ見ててくださいよ。今よりもマシな食事が出来るようになる取っ掛かりが出来始めてますから。」


 そう返してみると、王子様には何か脱力されてしまいました。


「はあ。記憶があろうが無くなろうが、お前が問題児なのは変わらないのか? 頼むからもう少し大人になれ。」


 懇願されてしまいましたが、十分大人ですよ? 多分。


「カルシファーもトイトニーも、最近少しだけ楽しそうにしている。お前は記憶もないことだし、分からないだろうが。第二騎士団ナイザリークでのお前の言動の影響力は大きい。良くも悪しくも膨大な魔力持ちであのランバスティス伯爵の子息だ。」


 あれ、和やかな朝食会が、何故お説教の時間に変わってるんでしょうか。


「難しい事は言っても仕方ないだろうと思うが一つだけ。昨日のあれみたいな規格外の魔法を呪文もなしで堂々と使ってみせたりは止めろ。」


 成る程、そこをお説教する席だったんですね。


 だから騎士団の敷地から出て王子様の宮殿に呼ばれた訳ですか。


 何かやっと腑に落ちたような気がしました。


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