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 酒場の奥で女性を両脇に侍らせながら酒を飲んでいる男が、エダンミール辺境の街ルダートの“魔王を願う会”に繋がる、街の裏の顔役だ。


 会わせてやると連れて来てくれた男は、酒場の奥を指すなりさっさと姿を消してしまった。


 クイズナーを従えて店奥に向かって行くと、顔役の男がふいと顔を上げてこちらを見たようだ。


「へぇ。」


 何処か小狡い顔になった男は、こちらを舐めるような目で見て、片手を上げた。


 と、隣に座っていた女が1人、席を立って離れて行った。


「で? 何の用だ? ここは、あんたみたいなお大尽が来るようなとこじゃないが?」


 ここからが本番と、気を引き締めて男に近付いて行く。


「居づらくなって、出て来たんだ。ここで、この国でのし上がりたい。」


 これだけ言うと、男に目を向け続ける。


 目を眇めるようにしてこちらを見返す男は、恐らくこちらの魔力量をある程度分かっている様子だ。


 彼自身が魔力が見える体質なのか、何らかの測定器を使ったか測定方法があるのか。


 あのお大尽という言葉は間違いなく高魔力保持者に対する代替表現だろう。


「のし上がる、ねぇ。それっぽっちの魔力量で?」


 これはカマ掛けだろう。


「・・・そう思うなら、他所を当たろう。こちらにとっては、取っ掛かりは何処でも良いんだからな。」


 強気に出られる根拠はあちらが正確にはこちらの魔力量を把握出来ていない事が分かったからだ。


 カダルシウスで、レイナードの次に魔力量が多いことは分かっている。


 純粋な魔力量だけなら、クイズナーや大魔法使いタイナーにも負けていないことがこの度判明した。


 後々エダンミールの王都に着いてからは、魔力量を誤魔化す魔道具を身に付けるつもりでいるが、今は分かりやすく魔王信者共に取り入る為に、敢えて隠さずにいる。


「まあ、待て。それ程自信があるなら、一度その筋の人間に会わせてやらなくもない。」


 勿体を付けて取次ぐことにした男に、肩を竦めてみせた。


「直ぐだ。その気があるのなら、直ぐに会わせて貰おうか。」


 交渉に焦りを見せるのは下策だが、強く要求すべき時は、そう出来なくては足元を見られる。


「そう焦るな。まあ、一杯どうだ?」


 そうにやり笑顔で誘って来る男に、仕方なく近付いて行くことにする。


 それに合わせて残っていた女が酒を用意しだすのを横目に、すっと手を上げると男の持つグラスに翳した。


「凍結。」


 呟きと共に、男の持つグラスがピシピシと凍り付いていく。


 グラスに入っていた酒ごとカチカチに固まったところで、手を下ろした。


「悪いが余り待ちたい気分じゃない。」


 それ程強力な魔法ではないが、目に見える効果は期待出来る氷魔法だ。


「これはとんだじゃじゃ馬だな。ガライを呼んで来い。」


 男は呆れたような声を出して店員に声を掛けると、グラスをテーブルに置いた。


「座れ。名前は?」


 魔王信者は魔法至上主義者の集まりだ。


 ある程度までなら魔法を見せて黙らせた方が早い。


「シルとクディだ。」


 テーブルを挟んで男の真正面にクイズナーと並んで座ると、男はこちらの2人の関係を推し量るように眺めてみせた。


「俺は元貴族。俺に魔法を教えたのがコイツだ。」


 大雑把に自分とクイズナーの紹介を終えると、また肩を竦められた。


「だろうな。粗野を装ってるようだが、仕草がお上品だからな。身体も鍛えてるだろ?」


 中々の観察眼に今度はこちらが肩を竦めて返す。


「お上品でも金があっても鍛えてても、裏切られるし、嵌められる。」


「なるほどなぁ。人生の落伍者か。だが、のし上がるってことは、また汚い世界を見るってことだ。そこは分かってんのか?」


 揶揄うような台詞の割に、存外マトモな反論が返って来て、実は面倒見の良い男なのかと訝ってしまった。


 と、その空気を破るように裏口が開いて、いきなり魔力を練り上げる気配がした。


 クイズナーと共に思わず腰を浮かして身構えていると、クスクスと甲高い女性の笑い声と、有り得ないような高速でこちらに飛んでくるのは食事用ナイフのようだ。


 クイズナーが簡単な防御結界を張って、ナイフは呆気なく床に落ちた。


「あ〜ら。やるじゃないの貴方。そっちの彼も、凍れる御坊ちゃま? 素敵じゃない。」


 揶揄するような言葉には、大人しく半眼を向けておくことにする。


 そのまま店の中に踏み込んで来た女性とその後ろに独特な魔法使いのローブを来た男が続く。


「ミーア様。こんな辺鄙なところに早々掘り出しものが転がってる訳がありませんって。磨けば光る原石なんて言っても、実際は殆どクズ石なんですからね。」


 男の言葉に、目を細めそうになるのを堪えつつ、女性を油断なく窺うことにする。


「初めまして、ミーアよ。“魔王を願う会”に入りたいっていう魔法使いは、貴方達?」


 自己紹介を始めたミーアは、20代後半くらいに見える見栄えのする女性だ。


 身体のラインを惜しげもなく晒すピタリとしたロングドレスの上から白い薄手のローブを羽織っている。


 羽織ったローブがなければ、そっちの商売のお姐さんかと思う程だ。


「シルと、こっちはクディだ。」


 ミーアは直ぐ側まで来ると、こちらのフードの中を覗き込むようにしながら隣の席に座った。


「シルくんは、どうして魔王を追い求めるのかしら?」


 魔王信者として潜入するなら、いつかはこれを問われると思っていた。


 彼らの存在意義にも関わる問いであり、信者達の中でもその答えは様々なのだと言われている。


 だが、これ程初っ端から訊かれるとは思わなかった。


「魔法に囚われ魔法に縋って生きている俺達は、答えが欲しい。魔法使いが求める究極の先にいる魔王に、恐らく魔王という存在にその答えを求めているんだろうな。」


 つい達観したようなそんな言葉が口を付いて出てしまったが、本当はもっと即物的な分かりやすい理由の方が良かったかもしれない。


「へぇ。シルくんは随分とロマンチストなのねぇ。軍人みたいな見た目とは大違い。でものし上がってみせるっていう程の野心は見えないわね。」


 段々と冷静になって行くミーアの口調に、じっとりと冷や汗が滲む。


「本当は、何が目的なのかしらね?」


 不意にこちらを真っ直ぐ覗き込んでそう問われると、思わず怯みそうになってしまった。


「まあ、良いわ。面白そうだから連れて行ってあげる。王都に行きたいのでしょう?」


 辺境の田舎街の魔王信者代表だと侮り過ぎていた事に、口元が苦くなる。


「その代わり、裏切ったら痛い目に遭うわよ?」


 その裏切りの中身はどんなものなのだろうか。


「さあ。俺は俺の答えを求める為に飛び出して来たんだからな。答えの先があんた達を裏切る結果にならなきゃ良いが。」


 紙一重な会話を交わし合ったが、不思議とミーアが怒ったようには見えなかった。

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