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「ところでね。お父さん、シルヴェイン王子のことだけど、結局どうなの?」
さり気なくそう切り出してみると、途端にピリッとした空気が漏れました。
「ああ。王弟殿下から何か聞いたのかな?」
「うん。さっきちょっとね。」
それらしく返してみると、ルイフィルお父さんはふうと溜息を漏らしました。
「お気持ちは分からなくもないが、思い切った事をされたものだ。」
その深刻そうな面持ちは、思った以上の何かがあった様子です。
「うん。まさかご自分で動かれるとは。」
イオラート兄も渋い口調になっています。
「ああ、お母さんとコルステアは耳を塞いでおきなさい。」
お父さんがそう形ばかりの声を掛けると、こちらに深刻そうな顔を向けて来ました。
「殿下も焦っておられたのだろう。今のままではレイカとの話も再びとはならないだろう。だからこそ、思い切って功績を求められたのか。」
「それもあるでしょうけど、私は殿下自身が真相を確かめてケジメを付けられたかったのだと思いますよ?」
お父さんとイオラート兄の溢す断片的な話を繋ぎ合わせてみて、思わず顔色が変わりそうになりました。
「私は、そんなこと望んでないのに。」
これまたそれっぽい台詞を挟んでみると、2人が眉下がりの案じるような目を向けて来ました。
「大丈夫だよ?レイカ。殿下もこっそり調査に行かれただけで、事を荒立てようとされている訳ではないから。」
「そうだよ。殿下の名前が出たら流石に国際問題に発展するからね。そこはお考えになっておられると思うんだ。だから、クイズナー殿を伴って行かれたのも実際に動くのは彼に任せるおつもりだからだろうし。」
これはもう。
予想の斜め上を行く展開ですね。
「そうだよね。うん、分かった。心配で不安になってたけど、ちょっと安心した。有難うね。」
2人には無理やり情報を引き出したことになって申し訳なかったですが、これは捨ておけない事態ですね。
「そうか。それじゃ、我々はそろそろ失礼しようかな。レイカ、しっかり身体を休めるんだよ? また来るからね? それじゃあね。」
そんな気遣いの言葉を残して去って行くランバスティス伯爵家の皆さんを見送って、その姿が扉の向こうに消えたところで、かなり険しい顔付きになってしまいました。
「・・・さっきちょっと、王弟殿下に何を聞かれたと?」
不意に側に寄って来ていたバンフィードさんに半眼を向けられました。
「全く油断も隙もない。困った方です。」
そんな感想を貰いましたが、それはお互い様では?
「下手に隠そうとするから、暴きたくなるんですよ。」
言い訳してみると、バンフィードさんには肩を竦められました。
「言えば、追い掛けたくなるのでは?」
それには答えずに、胸の内を吐き出します。
「まあ。これで色々腑に落ちたというか。お父さんもお兄さんも、見通しが甘いんですよ。あのシルヴェイン王子が大人しく後ろに隠れてこっそり調査だけ? そんな訳ないじゃないですか。間違いなく何かの成果を持ち帰るつもりですよ。だから、もしかしたらがあるかもしれないから、あそこで私のこと突き放したんですよきっと。」
「自意識過剰では?」
嫌なことを言い出すバンフィードさんにこちらも半眼を向けました。
「殿下の性格を考えて言ってるんですよ。わざと私がちょっと傷付くように持って行って、しばらく殿下のことは考えたくないって思わせておいて。そうしてる間に全てを片付けるつもりで。それで万が一があっても、私が過剰に傷付かないように。そして、ケインズさんをコルちゃんとジャックの世話係として推したのも、多分殿下ですよ。」
「・・・そこまで確信があるのなら、何も申し上げませんが。こっそり抜け出そうなど、ダメですよ?」
ここでしっかり釘を刺して来るバンフィードさんのことは、さっさと抱き込んでおくことにしようと思います。
「1人でこっそりとか、そんなことしませんよ? 数日中に出ますんで、準備しといて下さいね? 当然付いて来ますよね?」
「・・・全力で止められると思いますが? 第一守護の要の修復は? 王都を離れられないでしょう?」
それにはふんと胸を張ってみせます。
「守護の要は、私が死なない限り作動し続けますからちょっとくらい稼働装置の修復開始が遅れても問題ないです。」
「成る程、何か確信出来るような裏事情があるということですね?」
バンフィードさんにはもう仕方ないので必要なことだけ明かして味方に付けるスタンスで行こうと思います。
「まあそんな訳なので、こっそり2人で出掛けましょう。」
「・・・レイカ様の護衛副隊長の私が、そんな薄い警護で大事な貴女様を連れ出す? 寝言は寝てから仰って下さい。」
これではやはり折れてくれませんか。
「それじゃ、城下で信頼出来る護衛を雇いましょう。」
「・・・何を考えているか想像出来ますが、彼等の立場も考えてあげて下さい。絶対に嫌だと拒否されると思いますよ?」
それもその通りかもしれません。
「じゃ、リーベンさんに置き手紙で、後から追って来て貰いましょう。王都を出さえすれば、リーベンさん達も色々言い訳出来るでしょう?」
「纏めて我々の首が飛びますが? まだアルティミアと結婚もしていないのですが。どうしてくれるんですか?」
本音が出始めたバンフィードさん、これ以上長引かせると、怖い路線に入って来そうです。
「良いですよ。それじゃ、誰も付いて来てくれなくても、全力で防衛線打ち抜いて抜け出しますから。」
スネ気味な口調で溢すと、バンフィードさんが黙りました。
「・・・どうしてそこまでして追い掛けるんです? フラれたくせに未練がましいですよ?」
バンフィードさん、もうちょっと言葉選びましょうか?
「・・・あの時、守護の要の前庭で話した時は、良い感じだったんですよ? このまま結婚も悪くないなって思うくらい。あの時シルヴェイン王子から貰った言葉を私は信じます。それに、シルヴェイン王子には・・・無事でいて貰わなきゃいけないと思うんです。」
この王都の守護竜の鱗と同じ色の髪色は、偶然だとは思えません。
まあこれは、流石にバンフィードさんにも言えませんけどね。
「そういう訳で、私の意思は固いですよ? どうするのかお任せしますけど、止め立てするなら、無理やりでも押し通りますから。」
「はあ。エダンミール出張? 特別手当は弾んでいただきます。」
これは何を要求されるんでしょうか。
薄ら寒い気分になりますが、防御ゴミの身では護衛として有能なバンフィードさんは手放せません。
取り敢えず、今日はゆっくり休んで考えを纏めることにして、明日は更なる情報収集に努め、決行は明後日頃でしょうか。
まあ、シルヴェイン王子には精々首を洗って待っていて貰うことにしましょう。
ここまでお読み下さいまして、誠にありがとうございました。
長くなりしたので、ここで一度区切りとさせていただきたいと思います。
諸問題が色々と片付かずでしたが、場所を移して根本を探りつつ、解決を目指します。
次回よりは、主人公以外の視点も取り入れて、雰囲気を変えつつ進めていく予定です。
引き続きお付き合い頂けますと幸いです。




