342
「後は聞きたいことは?」
最後にというように出て来た王弟殿下の言葉に、目を瞬きながらまず一つ目を口にしてみます。
「あの、コルちゃんとジャックは離宮に入れて貰ってますか?」
「ああ、他の者では世話出来ないのでということで、お前が眠っている間の昼間は第二騎士団のケインズが連れ出して面倒をみているようだ。」
これは、幽体離脱後の眠っていた頃と同じく、ケインズさんにお世話になっていたようですね。
「そっか。後でお礼言わなきゃ。」
「ん? 宮の中には入れていないぞ? 入り口まで連れに来て、入り口まで夕方頃毎日送ってくる。聖獣達も分かっていて自分達で宮の入り口とこの部屋を行き来しているようだ。」
王太子がそんな微妙な話しをしてくれて、目を瞬かせてしまいます。
「お前ももう王女だからな。一応異性問題には気を付けておくようにな。今のところ政略結婚は考えていないが、決まっている訳でもない相手と不用意に噂を立てられるのは良くない。今はまだお前自身に不動の価値があるから、政治利用しようとする者はいないだろうが、この先のことは分からない。気を付けておくに越したことはない。」
そう聞くと、物凄く面倒な立場になったものだと思えて来ました。
「ああそうだ。我が部下にしてお前の元家族のことだが、是非とも見舞いに来たいそうだ。」
王弟殿下が若干面倒臭そうにそう言い出して、こちらも苦笑してしまいます。
「そうですね。一度ランバスティス伯爵家の皆さんとはきちんと話しがしたいです。これまでのお礼とか、コルステアくんには特に旅の間も色々支えて貰ったし。」
にこりと笑みを浮かべていると、王太子が微妙な顔になりました。
「いや、年下趣味に文句を言うつもりはないが、身体の上では兄弟だからな。それはやめておくべきだぞ?」
何を勘違いしたのかそんな的外れな指摘をしてくる王太子に、はい?と半眼を向けました。
「違いますよ! 弟は可愛いんです! これからも弟とは呼べなくなるにしても、交流は持ちたいじゃないですか。誕生日にケーキ焼いてあげたり? いやでも、それはロザリーナさんのお仕事かぁ。なら、ささやかなプレゼントとか?」
「・・・そうか。そういうことなら、まあ節度を持って。」
何か及び腰になった王太子に首を傾げながらもう一つどうしても気になっていることを口にすることにしました。
「王太子のお兄様? もう1人のお兄様は? どうしてるんですか?」
あの面倒見の良いシルヴェイン王子が、今ここに居ないのは、何とも腑に落ちません。
目覚めた一報を聞いたら、一番にお見舞いに来てくれるかと思っていたのですが、また何か制限されているか、忙しいのでしょうか。
それとも、この間のことがあって、柄にも無く気まずくなっているとか?
それでも、そんな自分の都合よりも、こちらを気遣ってくれる人だと思っていたのですが。
少しだけドキドキしつつ答えを待っていると、王太子が徐に頬を掻き始めました。
「うーん。まあ忙しいのだろう。しばらくはそっとしておいてやれ。」
少し困ったように流そうとする王太子に、眉を寄せて疑わしいような目を向けてしまいました。
と、王弟殿下が咳払いと共にこれに割り込んで来ました。
「自分の体調とここでの生活を安定させるまでは、他のことには首を突っ込まないように。明日には離宮詰めの王女の補佐官をこちらに配属する。まずは離宮の運営をこの補佐官に手伝わせながらこなしていくように。公務は、守護の要修復を優先させる建前で、余り割り振るつもりはないが、王城での年中行事には参加が義務だ。この辺りの礼儀作法も覚えて貰う必要がある。」
中々忙しい日々を送ることになりそうな話しですが。
何故かこう、やはり腑に落ちないような。
もしかしてこれは、全力で何か誤魔化されていないでしょうか?
とはいえ、この曲者王弟殿下から何か引き出そうとするのは骨が折れそうです。
「はーい、分かりました〜。ランバスティス伯爵家の皆さんにはこれからお見舞いで大丈夫ですって伝えて貰えますか? それとも、ウチの離宮の誰かに頼んだほうが?」
「いや、私からルイフィルに伝えておこう。」
そうあっさり話しが付いて、王太子と王弟殿下は部屋を出て行きました。
ランバスティス伯爵家の皆さんは、お茶の時間にお菓子持参で訪ねて来てくれました。
「王女殿下にお見舞い申し上げます。この度は無事のお目覚め、真に真に・・・」
言いながら感極まってしまったのか声を震わせて言葉に詰まってしまったルイフィルお父さんが号泣しています。
「あー、侍女さん達も護衛さん達も、一度席外して貰えます? あ、はいはい。バンフィードさんは居て良いですよ。」
そんな指示を出すと、ランバスティス伯爵家の皆さんとバンフィードさん以外は部屋から出て行きました。
「良いですよもう。お父さんもほら普通に喋って。そして、泣かないで。悪かったですって。いきなりこんなことになって。」
「レイカ〜。お父さん、初めて出来た娘が可愛くて可愛くて、それなのにウチで守ってやれなくて。本当に済まなかった。」
言いながら深々と頭を下げ始めるルイフィルお父さんには、こちらも眉が下がってしまいます。
「レイカちゃん。お母さんも残念で残念で。もっと沢山親子らしいことして、着飾って買い物も沢山して、見せびらかして回りたかったのに。」
半分くらい動機不純ですが、これもお母さんの愛情の内なのでしょう。
「レイカ!レイカちゃん! お兄ちゃんが守ってあげたかったのに! 王太子殿下に意地悪されていないかい? 良いお兄さんとして接して下さっているかい?」
「あー、うん。割と良くして貰ってると思うよ? レイナード時代とは天地かな?」
号泣しながら訊いて来るイオラート兄にも宥める言葉を掛けながら、これで優秀な財務の人材だって信じられないなぁと思ったことは内緒です。
まああの王弟殿下の下で認められているのだから、相当出来るんだとは思いますが。
「へぇ、良くして貰ってるんだ? つまり、弟は不要だってこと?」
この冷たい口調のふりの不貞腐れた声は、コルステアくんのものですね。
「コルステアくん。こっち来て?」
他の皆様はともかく、この子だけとはしっかり話を付けておかないと、何となく拗れる気がします。
渋々のふりでこちらにしっかり近寄って来たコルステアくんをはっしと抱き寄せました。
「コルステアくん、ありがとね。リブルくんとメリルちゃんも無事に連れて来てくれて、ミルチミットも下してくれたって聞いたよ?」
「ふん。当たり前でしょ? 誰かさんが置いていくから、暇で暇で。ウチのおねー様の為だから、やってあげたのに。」
気のないふりをしながら、しっかりこちらをディスりつつ自慢も交えてくる辺り、本当に可愛い弟です。
「うん、あのね。今回色んな都合で私は国王陛下の養女になった訳だけど、この私の身体は間違いなくルイフィルお父さんやイオラートお兄さん、コルステアくんと血筋の上で繋がるもので。ランバスティス伯爵家の一員だってことは忘れないから。公式の場ではそれぞれの立場に従わなきゃいけなくなるけど、そうじゃない場所では、こんな風にまた家族に入れてくれたら嬉しいな。」
少し小さくなった声で語り切ると、優しく目を細めたランバスティス伯爵家の皆さんが頷き返してくれました。
「当たり前だ。遠慮なんかしてはダメだぞ?レイカちゃんは、いつまでも心の中では可愛い妹だからね?」
「レイカ、今は良くてもこの先王家に居づらくなったら必ず相談するんだよ? お父さん、何とかしてみせるからな?」
「お母様だって、レイカちゃんが社交界で万が一意地悪でもされようものなら、お相手を蹴散らして差し上げますからね。必ず言うんですよ?」
「ま、おねー様の弟は、僕だけだしね。しばらく縁談もないだろうし。おねー様の一番側にいられるのは変わりないってことだよね?」
それぞれかなり勝手なことも仰ってますが、本当に温かい良い人達です。
「うん、みんな有難うね。裏のない優しさが欲しくなったらふらっと遊びに行くことにするね。」
王家では味わえない家族愛が、ランバスティス伯爵家にはしっかりあるような気がします。
これを受け取れるのは、レイナードさんと入れ替わった特権だと思って、遠慮なく享受しようと思います。




