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医師から特に問題はありませんが今日一日は静かに過ごしましょうの診断を受けて、軽い昼食を食べ終えたところで、王太子と王弟殿下の来訪がありました。
「6日寝た切りだったにしては、元気だな。」
王太子の呆れたような言葉を皮切りに、侍女さん達が人払いされた寝室で、報告会が始まりました。
因みに、壁際にバンフィードさんと先程戻って来たばかりのリーベンさんも待機しています。
「色々と聞きたいことはあるだろうが、まずは守護の要のことについて報告しておこう。」
真面目な顔付きになった王太子から話しが始まるようです。
「現在、守護の要は一番古い時代に作られた初期の装置が問題なく作動していて、特に追加で何かを施す必要はない状態だとのことだった。これはカリアンやテンフラム王子殿下もここ6日間毎日確認していて、その結論に至っている。」
そこでこちらに探るような目を向けてくる王太子には、どこまでどう説明するべきか迷いどころですね。
「そうですか。まあ、はっきりと確信はないですけど、聖なる魔法を使ってたついでに、守護の要の初期装置も修復魔法に掛かってて、私の魔力に魔法陣が反応して古代の装置の作動条件にたまたまマッチしてしまったんでしょうね。」
そうサラッと流しておくと、王太子と王弟殿下にもじいっと見詰められました。
「そうか。レイカにはそれ以外に心当たりがない訳だな?」
念を押すような王太子の言葉にはちょっと苦い顔になってしまいます。
「まあなんでしょ、よく分からない夢みたいなのを見てたような気はしますけど。荒唐無稽でよくわからなかったです。」
無難に流すならこの程度でしょうか。
こちらに来てからの経験則として、世界の根幹に関わるような情報は、そっと黙っておいた方が平和な未来に繋がる気がしています。
古代の竜の魂が、どっかの野原で昼寝していようが、国家の運営には全く関わりがない筈です。
「ただ、一つ言えるのは、古い装置が作動してるのは、私の魔力で誤作動を起こしてるだけじゃないかと思うので、早いところ元の装置の修復を進めて、そちらに切り替えた方がいいと思います。」
「・・・やはりそうか。カリアンもそんな懸念を話していた。少なくとも、レイカがいつか亡くなった時には装置は急停止するだろうとな。」
そこは流石カリアンさんです。
良かった稼働したって喜んで検証もせずに放置とかが一番怖い終わり方ですからね。
「それじゃ、当初の予定通り、聖なる魔法で地道に稼働装置の方の修復を進めるということで。」
「ああ。レイカの体調が完全に戻ってから、無理のない範囲で進めて欲しい。」
王太子のこちらを気遣う言葉にはちょっとむず痒い気分を味わいつつ、大人しくここまで話しを聞いていた王弟殿下に目を向けてみました。
「では、守護の要以外のあの後の状況を一応説明しておこう。」
これは鬼の王弟殿下にしては破格の対応ではないでしょうか。
「黙っていると、お前は何処にでも首を突っ込んで知りたい事は徹底的に掘り起こしそうだからな。」
成る程、よくご存知でと、視線を明後日の方向に飛ばしつつにっこり笑顔を浮かべていることにします。
軽い溜息の後に、王弟殿下の状況説明が始まりました。
王太子と守護の要修復に出掛けた後の謁見の間では、サヴィスティン王子をさり気なく巻き込む形で魔力を取り出して他者が利用した件についての検証の場が設けられたそうです。
魔力見の姫と呼ばれるアルティミアさんはこれに参加して、本人が間違いなく使った魔力と他者に転用された魔力を見分けてみせたそうで、ここでシルヴェイン王子の無実が大々的に証明されました。
ますます立場を無くしたミルチミットを追い詰めたのはコルステアくんの上司のモルデンさんで、そんな最中に登場したコルステアくんが連れて来たシーラックくんとカランジュ、そしてリブルくんとメリルちゃんの存在には謁見の間が騒然となったそうです。
ここから、王都市街でかなり大掛かりに行われていた様子の魔法実験の実態調査を国王が厳しく命じ、リブルくん達を含め被害者の子供達の調査と保護も決まりました。
そして、真打ちのように登場したザックバーンさんは、スーラビダンの王族傍系を名乗り、紛失した古代魔法の禁書の行方を追っていて、レイカから聞いたレイナードの証言からミルチミットに辿り着いたと追求を始めたそうです。
当然、はぐらかそうとしたミルチミットでしたが、レイナードが実際に使ってレイカと入れ替わった禁呪が何よりも強力な証拠となり、拘束の上家宅捜索の指示が出ました。
この時のザックバーンさんとコルステアくんの追求が物凄く厳しいものだったそうで、2人共相当フラストレーションが溜まっていたのだろうと想像出来ました。
仕方ないことだったとはいえ、あのメンバーで分かれたことで後発隊の皆さんにはもどかしい思いをさせてしまったようです。
テンフラム王子には、しっかりザックバーンさんを慰めて貰うとして、ウチのコルステアくんはどうしましょうか。
国王の養女になった件も含め、ちょっと話すのが怖いような気もしますね。
「あれ?ということは、ウチの大魔法使いの師匠は?」
思わず呟いてしまうと、王太子と王弟殿下が揃って微妙な笑みを浮かべました。
「王都市街での魔物討伐に、途中から物凄く腕の良い魔法使いが協力していたようで、一段落ついたところで、大魔法使いタイナーと名乗って王城魔法使いの責任者を出せと言って来たそうだ。」
苦い口調の王太子が続けますが、こちらも乾いた笑みが浮かびそうです。
「そこで、カリアンもモルデンも手が空かなかったので、他の王城魔法使いが対応したそうだが、いきなり大激怒で、魔法使いたるものがこんな事態になっているのに王城に籠って出て来もせず、何をしているのかと糾弾したそうだ。」
その時のタイナーさんの様子がまざまざと目に浮かぶようです。
「で、衛兵に捕まった。直ぐに釈放されてカリアンが迎えに行ったそうだが、まあ色々と大変だったそうだ。」
然もありなんですね。
「で? 今はどうしてるんですか?」
「カリアンが魔法使いの塔に招いて、ミルチミットの研究室でカリアンと共に様々な研究資料を調査中のようだ。まあ、調査の為には得難い人材だったな。うん。」
最後に遠い目になっている王太子に、こちらも無害そうな笑みを返しておくことにしました。
これは触らないほうが良い案件ですね。
「それから、王城魔法使いジオラスだが、今のところ防呪の腕輪が効いているのか、無事に牢に繋がれている。尋問はサクサクとはいかないようだが、徐々に進んでいるようだ。何処まで絞り出せるか分からないが、まあ気長に待っているといい。」
気を取り直したように続ける王太子ですが、守護の要でジオラスの追求から有無を言わさず守ってくれたのはちょっと感動ものでしたね。
お兄ちゃんとして見直したいと思います。
「それでだ。エダンミールのサヴィスティン王子だが、旗色が悪いと感じ取ったのだろうな。国の方で急務が出来たからと、来て3日で援助人員を20名程残して帰国の途についた。国境を越えるまでは動向を見張らせているので、じきに報告があるだろう。」
「レイカ、あれは逃がして良かったな?」
ここで王弟殿下が口を挟みました。
「ええ。結果として、あの人自身がラスボスとは言い切れなくなったし。他国の王子を相手にしっかりした証拠もなく下手な追求も出来ないですよね? それに留めてある程度まで追求出来たとしても、トカゲの尻尾切りされる側の人だと思うんです。」
釈然としない気持ちになりながら溢すと、王弟殿下の目が挟まりました。
「今回の件でチラチラ出てくる呪詛に関わってた魔人なんですけど、双子の王子のどちらかに成り代わってるのは間違いないと思うんですけど、魔人としての契約者がどうもその双子の片割れ王子じゃなさそうなんですよ。ちょっともう分からなくなって来ました。」
混乱したまま並べてみると、王弟殿下も眉を寄せて難しい顔になりました。
「双子の王子と魔人の関係性の件は、振り出しに戻ったということだな?」
「そうですね。残念ながら。」
王弟殿下と肩を竦め合うことになりました。




