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「おはようございます! レイナード様!」


 朝一番、いきなり開いた扉からハイドナーが入って来ます。


「ああ、お早う。」


 朝から元気だなと思いながら朝の換気をしていた窓を閉めていると、慌ててハイドナーが飛んできました。


「レ、レイナード様? 起きて? 着替えて? 窓を開けた??」


 こちらを見ながら指差し呼称のように確認したハイドナーが、呆然とした顔で突っ立っています。


「あー邪魔。朝の訓練行って来るわ〜。」


 前を塞いでいるハイドナーを押し退けて扉に向かうと、入り口で一応声を掛けておくことにしました。


 が、宿舎から出たところで、ハイドナーが慌てて追いかけて来ます。


 何か急用でもあるのかと、歩きながら頭だけ振り返ると、ハイドナーは直ぐ後ろまで追い付いてから、愛想笑いを向けて来ました。


「朝から訓練に出られるんですね。流石です!」


 何か感極まったように言われますが、騎士としてお給料貰ってる以上、これも業務の一環ですからね。


 普通ですよ?


 そこの認識、改めましょう?


「ええと、それでハイドナーは何で付いて来るんだ? 何か用事があるのか?」


 何となく、物凄く疲れる答えが返って来そうですが、ダメージ受けるなら早い方が良いに決まってますからね。


 少しだけ身構えつつ答えを待っていると、キョトンとした目を向けられました。


「え? 訓練終わりに汗拭きとか、水をお出ししたりとか、万が一お怪我でもされたら医師を呼びに行かなくてはいけませんから、常に待機しておく必要がありますでしょう?」


 やはり、と思うような答えでした。


 ダメ男製造の一端は間違いなくこの人でしたね。


「いや、要らないでしょカケラも。」


 目を瞬かせてるハイドナーに一々言い聞かせることにします。


「手拭い自分で持って出たし。水は井戸から汲み上げればいいし。医師がいるなら誰か呼んでくれるし。・・・お前、要らなくない?」


 つい畳み掛けてしまいましたが、構われ付けてないので、お付きの人がいる生活とか考えられませんね。


「常に待機はとにかく不要。飯でも食うなり自分の用事するなり、就職活動の準備とかしとけば良いんじゃない? それでも持て余すなら、俺に一般常識教える為の教材とか資料の準備とかは? 少なくともどう進めるかくらいは作案しておいて欲しいし。」


 固まっているハイドナーに言い聞かせるように続けると、途端にシュンと項垂れてしまいました。


「レイナード様、やはり私を怒っておられるんですね。」


 どうでもいいですが、面倒臭いスイッチが入り始めた気配に、及び腰で思わず足を早めてしまいます。


 出来れば振り切って逃げてしまいたいところでしたが、ここで話を付けておかないと、いつまでも追い掛けて来そうな気配がして、怖いです。


「あのさ。正直に言って良い? 俺、お前の事知らないから。初対面です。だから、怒る要素とか全くないけど。知らない人に馴れ馴れしくされるのも、物凄く私的空間に土足で踏み入られるのも、ちょっとご遠慮したいかな。」


 正直に本音で当たって、離れて行くならそれで良いとも思うし、距離感の計り直しをしてくれるなら、短い間でもその方がお互いの為だと思う。


 この身体の主導権を握ってる内は、レイナードの実家とは距離を取るつもりだし、そもそも貴族の習慣だの常識だのは分からない。


「レイナード様。本当に何も覚えてないんですか? 私に腹を立てて、憤りから周りを困らせてやろうとしたのではなくて?」


 やはり疑われていたのかと苦笑が浮かびます。


「いや。本当に分からないんだ。」


「そうだとしても、最早別人のようですよ?」


 核心を突いてきたハイドナーに、用意していた言葉を返します。


「なんかそうみたいだな。でも、皆が俺をレイナードって呼ぶからな。」


「ええ。レイナード様ですから。」


 そこは疑いようがないようで、ハイドナーは即答してきましたね。


「まあ、仮に別人みたいになってたとして、ハイドナーはどうしたい? 元の通りに戻って欲しいっていうのは、思い出さない限り無理だ。」


 真っ直ぐ見つめてそう返してみると、ハイドナーは戸惑い顔になりました。


「じゃ、今日の宿題はそれね。今の俺の考えはさっき話した通り。適度な距離感と正常な雇用関係を結びたい。ハイドナーは俺に欠如してる一般常識と俺がこれから暮らしていく上で必要な知識や習慣を教えること。過度な付き添いや介助は要らない。そんな俺に一月付き合えるかどうか、しっかり検討してくれ。」


「・・・わかりました。」


 シュンとした様子でハイドナーは答えましたが、真面目に考えてみようとしているような顔付きでした。


 ちょっとだけホッとしてから、訓練場に向かいますが、ハイドナーはまだ惰性のように付いてきます。


 考え込んでいるような顔なので、もしかしたら無意識に付いてきてるのかもしれません。


 まあ、何処で考えるかは言ってないので、邪魔にならないなら放っておく事にしましょうか。


 思いながら足を踏み入れた訓練場には、何故か仁王立ちのあの方がいらっしゃいます。


 朝から訓練場で見掛けた事なんかないんですが、何故でしょうか。


 冷や汗混じりに頑張って笑顔を作ってみます。


「おはようございまーす。」


 声を張って挨拶してみますが、返ってくる挨拶は皆様物凄く小さくて遠慮がちです。


「朝から真面目に参加するようになったっていうのは本当だったみたいだな。」


 ウチのカルシファー隊長に話し掛けながらこちらに睨むような視線を向けて来るのは、威圧感も安定の王子様です。


 そそくさと視界からフェイドアウトしたいところですが、さりげなく傍へ避けても、視線は追い掛けてきますね。


「そう言う訳で、ちょっと借りてくからな。」


「はい。ご存分に。」


 何でしょう、不穏な身売り交渉的な会話が交わされた気がしますが、気の所為ですよね?


 聞こえないフリで基礎体操をこなしていると、目の前を誰かに遮られました。


「おい、昨日のあれはどうした?」


 上げた視線の先には、疑う余地もなく腕を組んだ王子様がいます。


 昨日のあれって? とか惚けてみせようかと思いましたが、死にたくないので自粛しました。


「ハンカチに包んで、鎖で首から下げてます。」


 訓練着の下から、首飾りから鎖だけ取ってハンカチの結び目を通した包みを引っ張り出しました。


「あれから何もなかったな?」


「はい。」


 簡単な問答に王子様は満足したように踵を返しました。


 そして当たり前のように一言。


「付いて来い。」


 朝一で魔法使いに見せるならそう言っといてくれれば良いのに、と内心で悪態を吐いてしまいましたが、まあ王子様も予定調整とかあるんでしょうか。


 仕方ないので、大人しく付いていくことにしました。

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