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「え?誰とは? あちらで守護の要に何か仕掛けようとしているランバスティス伯爵家の。」
上擦ったような声で言うジオラスさんをみると、どうやら王城での国王からの宣言も、王城前での演説も知らなかったようですね。
「誰だそれは? こちらでは我が妹姫のレイカルディナが救国の聖女として神と民の信任を得て、卑劣な呪詛の解呪と守護の要の修復を行っている。邪魔をせぬように。」
それは冷たい口調で遮った王太子に、ジオラスさんが狼狽えている様子が遠目に見えます。
「姫? 一体? 王太子殿下?私は今回の事件の裏にあると思しき魔王信者共のアジトでの調査で、レイカルディナ嬢の魔力痕跡を見付けたのです。少なくともレイカルディナ嬢が、事件の裏に関わりがあるのは間違いありません!」
結果として容疑について言い切ったジオラスさんに、失笑が浮かびそうになりました。
「お兄様。それについては後程お父様や叔父様含めご報告する予定ですから。シルヴェインお兄様がどのように卑劣な環境下で監禁されていたのか。そしてそのお兄様をどうやって救出したのかも含めて。」
余裕を持って言い切ると、王太子がこちらにしっかりと頷き返して来ました。
「ジオラス。まずは我が妹姫に対するその言い掛かりは不敬罪に相当する。今直ぐそのつまらぬ口を閉じよ。」
ジオラスさんに向けては凍れる冷たい口調なのがザマァですね。
昨日の昼間、守護の要前でミルチミットと一緒に部下くんに呪詛付き魔石を使わせていたところから、ジオラスさんはミルチミットの一味認定されていましたから、王太子にもその情報が伝わっていたのでしょう。
「し、しかし! 事件現場に魔力痕跡を残しているような者を守護の要の近くにおいては何をされるか分かりません。今直ぐに止めさせるべきです!」
ジオラスさん、中々に空気を読まない人のようです。
「ジオラスさん、他人の話はきちんと聞いておくべきですよ? 今の私が使う聖なる魔法は、この国の安寧に関わるものにしか使えないように神に制限されているんです。その状況で、私が何をするかって? この国の為に守護の要に絡み付いた悪意のある呪詛の解呪と、再稼働に向けた修復魔法しかないんですよ。残念でしたね。」
最後は輝くような笑顔で締めくくると、ジオラスさんが唖然とした顔になっています。
「では、話は付いたな。誰かジオラスを捕らえよ。我が妹姫に不敬を働いた痴れ者だ。」
その言葉に従って、第一騎士団の制服姿の人達がジオラスさんを取り囲みます。
「くそっ、このままでは、このままではダメだ。」
ぶつくさと呟いたところで、唐突にこちらを向いたジオラスさんが目の前の騎士さんの腕を掴み、その騎士さんを引き寄せるような仕草をしました。
そこから上がった悲鳴のような声と、そちらから唐突に呪詛の黒い帯がこちらに向けて伸びて来ます。
手を上げて迎え撃とうとしたところで、ぴょんと飛び出して軌道を遮るように立ったジャックとその頭に乗ったノワと、腕の中で身動ぎしたコルちゃんの角からも聖なる魔力が伸びて、あっという間に呪詛の帯は解けて消え失せてしまいました。
「起点凍結!」
ジオラスさんを振り払った騎士さんの腕の辺りに向けて時限凍結の魔法を掛けると、呪詛は完全に止まったようです。
「そちらの騎士さん。後で起点破壊して完全解呪しますから。そのまま待ってて下さいね。」
そう声を掛けておくと、振り返った騎士さんがキラキラ光る目を向けてくれました。
「王女殿下! ありがとうございます! こやつは身動き一つ出来ないように拘束致しますのでご安心下さい!」
それにしてもジオラスさんまで呪詛の起点を持っていたとは。
でも、彼のお陰で呪詛がどうやって行われていたのか分かって来ました。
後は始末される前に色々尋問して吐き出させて欲しいところですね。
「リーベンさん、ジオラスさんに手錠?もしくは鉄の腕輪でもプレゼントして下さい。そこに防呪の魔法掛けますから。」
「畏まりました。」
そう答えたリーベンさんがニヤリと笑いつつ土魔法で幅広の鉄の腕輪をジオラスさんの右手に生成してくれました。
「防呪付加!」
呪詛だけ防ぐ効果を付与して、口封じの呪詛を不発にさせようと思います。
「カリアンさん、王城に戻ったらあの腕輪に取り付けられる魔石が一つ欲しいんですけど。魔力を注いで防呪魔法を継続させられる道具にしたいので。」
カリアンさんにお願いすると、微妙な半笑いになりました。
「王女殿下になられましたからね。頼もしいと言うべきか。いやはや、怒らせてはいけない人だなぁ。」
カリアンさんの漏れ出した心の声は聞こえなかったことにして、守護の要中心に向き直って解呪の進行状況を確認します。
と、丁度最後の呪詛の分解が終わったところだったようで、聖なる魔法が魔法陣の上を滑るように辿って、一巡りしたところで、パァッと光が魔法陣から立ち昇るように広がります。
その真珠色の魔力が魔法陣に沿ってぐるぐると周り始めると、周りの景色は全く見えなくなって、魔法陣の中央の台座の上で魔石が眩い光りを放っているのだけが見えました。
音も消えて、側に居た筈のジャックやコルちゃん、ノワの姿も同じく魔法陣の上に居た筈のテンフラム王子の姿も見えません。
その中で、光りを受けたダイヤモンドのようにキラキラと光る古代竜の心臓だったという魔石に視線が吸い寄せられます。
キラキラと光る明滅の中に、薄らと何かの影が見えるような気がして、目を凝らした先で、パッと視界が開けました。
緑の果てなく続く草原に寛ぐように寝そべる巨大な竜の姿が見えます。
滑らかな青銀の鱗に覆われた巨体は柔らかな光りを弾き、深い知性を宿した両の眼にはダイヤモンドを埋め込んだような透明でありながら様々な色に輝く瞳が瞬いていました。
その瞳がこちらを訝しげに見返す様子に、とてつもなく居心地の悪い気分になります。
お目汚し済みませんって謝りたくなるような圧倒的な存在感ですね。
それにしてもここ、何処でしょうか?
守護の要の元になった竜さんの心象風景とかに紛れ込んだと言われれば納得出来そうですが。
『ここは、心地が良いな。』
そんな声が頭の中に聞こえて、目の前の竜さんがそれに合わせて瞬いたように見えました。
「えっと、貴方の声ですか?」
少しだけ遠慮がちに目の前の竜に問い掛けてみると、大きな口元が少しだけ緩んだように見えたので微笑んだのかもしれません。
取り敢えず、問い掛けに反応はあったということで、正解ということにしておこうと思います。
「ここは、貴方の心象風景の中とかですか?」
続けた問い掛けに、また口元が緩んで笑われたようです。
『異な事を言う。ここは其方が招いた其方の心の中にある場所だ。其方がここに我を招いたのであろう?』
それには思いっ切り首を傾げてしまいます。
それから改めて周りの景色を見渡してみますが、そう言われてみると、何処かで見覚えがあるような。
多分、世界の名所の写真集とか映像とか何かで見た事があって良いなと思って記憶の何処かに留めておいた風景なのでしょう。
「言われてみると、そうかも。見渡す限り綺麗な草原ですよねぇ。何も考えずに寝転がって癒されたい風景ってことで。」
これにも竜さんに口元で笑われたようです。
「あの、貴方のお名前は? 私、ここから元の場所に戻りたいんですけど、どうすれば?」
竜さんが少しだけ目を挟めたようです。
『我が名、分からぬか?』
分からぬかと言われてわかる筈が、と思っている内に、何故か頭の中にふわりと長い名前が脈絡もなく浮かんで来ました。
「えっと? アーダシンクス?」
『さよう。では契約は成立した。我はこれよりここを住まいとして過ごそう。』
よく分からない内に何かが呆気なく成立してしまったようですが、良かったんでしょうか?
焦るような微妙な気持ちでいる内に、また唐突に意識が落ちていきました。




