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「王女殿下! ご無事でしたか?」
守護の要の建屋の前で馬車を降りると、カリアンさんが心配そうにこちらを覗き込んで来ました。
「まあ、何とか。お陰様で古代魔法陣にどんな呪詛を仕込んでたか、大体分かりましたよ?」
冷静な声を心掛けて淡々と答えると、カリアンさんが目を瞬かせつつ全身を眺め回してから、目を合わせて来ました。
「何かありましたか? それと、神殿に寄り道の成果がこれですか?」
正確に言い当ててくれたカリアンさんには曖昧な笑みを向けつつ頷き返すだけにします。
そのまま守護の要の建屋入り口に向かうと、王太子と王城魔法使いが何人か中を伺いながら深刻そうに話しているのが目に入りました。
途端に、目頭が熱くなって来ます。
と、ふいとこちらを向いた王太子がギョッとしたような顔になりました。
「どうしたんだ?レイカ? それにそれは、魔力が溢れ出しているんだよな?」
神殿でコルちゃん共々聖なる魔法の承認を得たことで、魔力が溢れているのが目視出来る状態になっているようです。
が、それがどうしたって気分ですね。
「大っ嫌いなんですけど、王太子のお兄様。」
「・・・今度は何だ?」
面倒臭そうな顔付きになった王太子ですが、それでも聞き返して来る辺りは優しいところもあるのかもしれません。
それは、マユリさんが好きになるくらいですから、何かしら良いところもあるのでしょう。
「モチベーション下げないで下さいって言いましたよね? 昨日あの後、家族会議があったらしいじゃないですか。」
涙目でじっとりした視線を向けると、王太子は途端にそれは後ろめたそうな顔になりました。
「あー、シルヴェインから聞いたのか?」
気まずい表情のまま続ける王太子にこくりと頷き返します。
「何だ。意外に本気でシルヴェインのことが好きだったんだな。まあ、しばらくは大人しくしておくようにというお達しだったからな。表立っては兄妹と見せておけば良い。」
他人事感満載で何でもないように言ってくれた王太子ですが、それには不貞腐れた気分になります。
「シルヴェイン王子は、きっちり線引きして来ましたよ?」
「シルヴェインお兄様だ。これからはそう呼ぶように。・・・まあ、シルヴェインはあれで、かなり真面目な男だからな。適齢期のお前の今を縛ることは出来ないと思ったのだろう?」
そんなことは分かってるんです。
それなのに、それにしてはらしくもなく、きっちり突き放されたように感じたんですよ。
「それもこれも、お前が中々煮え切らない態度を取っていたからではないのか? もしかして、他に迷っていた相手がいるんじゃないかとな。」
これも図星ですが、それだけじゃない拒絶感が腑に落ちないような、そもそもそう思うこと自体が自意識過剰なのか、よく分からなくなります。
「もやもやです。もう物凄くもやもやするんですよ。これはもう、つまらない呪詛だの病原体だのさっさと跡形もなく消し飛ばして、さっくり守護の要再稼働させたら。・・・捕まえに行ってこようかな。」
「我が君、フラグ?建てるの好きですよね?」
えっと驚いてジャックの頭にしがみ付くノワに目を向けると、小さな肩を竦めていました。
「・・・それってどういう意味? 何か察知でもしてる訳?」
「いいえ。特には?」
言いつつさり気なく目を逸らすノワには、じっとりした目を向けつつ、守護の要に向かうことになりました。
「中三期の古代魔法陣だな。装置も相当古いが状態は悪く無い。稼働が動力装置だけの問題なら、・・・何だあの魔法陣横の檻?は。」
隣から覗き込んだテンフラム王子ですが、守護の要を見立てた後に、ネズミ魔物と病原体が凍結されている檻に目が留まったようです。
「あそこに封じてあるんですよ。魔物と病原体を。」
昨晩の守護の要下見の話はさっくりと概要だけテンフラム王子にも話してあります。
「そうか。呪詛の仕組みがさっきの魔法陣と似たようなものなら、殺す前に解呪はしない方が良いということだろう?」
「そうなんですよね。」
この短時間でしっかりこちらの解呪能力の対策まで練ってくる辺り、黒幕さんもかなり侮れない人のようですね。
「王女殿下、大変残念なお知らせですが、一晩でまた4、5匹集まって来たようなのです。」
後ろからカリアンさんがそれは苦い口調でそんな報告をしてくれて、深々と溜息を吐きたくなりました。
「魔物寄せの呪詛だけでも何とかしなきゃいけないんでしょうけど。」
こちらも苦く返したところで、王太子が寄って来ました。
「要は、順番が大事ということだろう?」
正にその通りですが、それが難しいんです。
「レイカは、解呪と守護の要の修復、古代魔法での再稼働以外はしないように。カリアン、守護の要に完全防御結界を張って、魔物の駆除を。」
「畏まりました。」
カリアンさんがそう答えて、連れて来た王城魔法使い達を振り返ります。
「守護の要に傷一つ付けないように最低3人体制で結界魔法を張る。志願者は?」
成る程、本来結界魔法って複数人で漏れがないように張り巡らせるものなんですね。
確かに、王城魔法使いの塔もちょっと色の違う魔力が入り混じってたような気もします。
あの魔法使いの塔の入り口結界には、当然副王城魔法使い長のミルチミットの魔法も使われていたはずで。
と考え始めたところで、ふと思い付いたことがありました。
魔法使い達から少し離れてジャックの頭上のノワにこそっと声を掛けます。
「ねぇノワ。コルちゃんってそもそも出会った始めから改造魔物だったんじゃないの? 王城魔法使いの誰かがその効果を実証する為にわざと塔の中に放ったとか。」
「気付きましたか? だからこそ、我が君の魔力を良いように使われる前にと聖獣化を促したのですよ。まあ、それ以前に元の身体の主殿と我が君の魔力の違いに気付いていなかったことが、彼らの敗因ですけどね。我が君の魔力だったからサークマイトは即行で我が君の忠実な僕に成り下がった訳で。その後で彼らがサークマイトに我が君の魔力を悪用させようとしても、恐らく出来なかったのでは無いかと思っていますけどね。」
成る程、つまりコルちゃんは元々対レイナード用魔力取り出し装置試作品として改造されたサークマイトだったということですね。
そう思うと今の関係に落ち着いて良かったのかもしれませんが、神様の管轄になって利用されているのが幸せなことなのかどうか、ちょっと考えてしまうところもありますね。
そんな訳で、コルちゃんの頭をヨシヨシと撫でているとジャックが円な瞳で見上げて来ます。
その仕草が文句なく可愛くてそっと手を伸ばすと、その頭の片隅で小さな両手を前で握りながらウルウルお目めを演出してくるノワが目に入って、冷たい目を向けておきました。
「ちょっと我が君、差別はいけませんよ、差別は。可愛い僕は平等に扱っていただかないと。」
スネ気味な口調で言い募るノワのことはスルーすることにして、守護の要の扉付近で結界魔法の展開を始めた3人の魔法使いに目を向けました。




