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神殿から体感で10分くらい走ったところで、馬車の窓から守護の要の建物が見えて来ました。
とそこで馬車の速度がいきなりガクンと落ちて、隣を走るリーベンさんの元へ騎士さん達が何か報告するように行き交っているのが見えます。
乗り込んで以来ずっと静かだった馬車の中ですが、流石にバンフィードさんとテンフラム王子がボソボソと小声で相談し始めたようです。
と、そこで馬車の扉が外から開いて、苦い顔付きのリーベンさんが顔を覗かせました。
「バンフィード、馬車ではこの先進めそうにない。降りて頂くが問題ないか?」
途端に皆の視線がこちらに来て、こくりと頷き返しました。
「私が先に降りよう。」
バンフィードさんと見交わしたテンフラム王子がそう言って扉に向かいます。
その後をバンフィードさんがこちらを見ながら追って、扉に足を掛けたところでこちらに手を差し出して来ます。
「お手を触れても構いませんか?」
その問い掛けがいつになく緊張したように硬くなっていて、緩く首を傾げてしまいます。
それに、バンフィードさんが少しだけ困ったように眉を寄せたように見えました。
「我が君。支えが必要ならジャックに。今は誰にも触れないほうが良いですよ。」
ノワが珍しく肩の上ではなく、ジャックの頭のフワ毛の中から顔を出しました。
「えっ? 何かとんでもないことになってる?」
「・・・まあ、控えめに言って、スーパー〇〇人みたいな。って、通じます?」
まあ、一応分かりますが。
「はい? 頭髪が重力に逆らってる?」
「・・・いいえ。ハードワックス固めの方じゃないですけどね。取り敢えず、落ち着くまではしばらく一般魔法も古代魔法も使用禁止です。」
そんな言及を避けるような言葉が来て、顰めっ面になってしまいました。
「予想外だったんですよ。それが、また聖獣化するとは。規格外過ぎる我が君のサポートの為か、大きくなり過ぎた事態の収拾の為に介入が決まったのか。いずれにしろ、ここで我が君が聖なる魔法をどれだけ使い切るかで、恐らく先が決まって来ますよ。」
そう口にしたノワは、真面目な顔付きの中に、何処か苦しいような表情を覗かせていました。
「ま、今はそういう難しいこと考える時間じゃないよね。悪いけどノワ、私今やる気満々なんだよね。憂いを払うのに手段は選ばないよ。」
そう宣言して、コルちゃんを抱えたまま馬車の扉に向かいます。
ノワの発言が聞こえていた様子のバンフィードさんは一足先に馬車を降りてこちらを見守る体勢に入っているようです。
一歩前を行くジャックとその頭に生えているノワに先導されるように自力で馬車から地面に降り立ちました。
「失礼致します。殿下、厄介な足止めが入ったようなので、このまま少し迂回して徒歩で守護の要に向かいます。」
リーベンさんがこちらに近寄りながら話し掛けて来ます。
「いいえ。迂回はやめて、正面突破します。魔物ですか? 呪詛ですか? 暴徒ですか? どれであっても蹴散らして進みますから。」
「・・・はい? 急ぐ気持ちはお察ししますが、貴女様を危険に晒す訳にはいきません。聞き分けて頂きますよ?」
子供に言い聞かせるような口調になっているリーベンさんに肩を竦めてみせました。
「リーベン隊長。コルちゃんがどっち向いてるか分かります? 真っ直ぐですよ。向かうところ、多分敵なしですから、従いましょ?」
「・・・まあ、聖獣様と聖女様に逆らいたい訳じゃありませんがね。我々も職務には忠実でして。」
そんな言葉で婉曲に遮るリーベンさんの後ろに目を凝らすと、様子見しながらこちらを行ったり来たりしている第一騎士団の護衛騎士さん達の向こうに第三騎士団の人達と第二騎士団の制服も見えました。
そして、その先に黒い影が見えます。
「はい呪詛の気配ありと。進みますよ〜。」
言い捨てると、リーベンさんの横から回り込んで騒ぎのほうへ近付いて行きます。
大慌てで取り囲みに来る護衛の騎士さん達ですが、進路を遮らないように付いてきてくれるようです。
「レイカ様。守護の要でのことを考えて、ここは避けて通って魔力温存に努めるべきでは?」
バンフィードさんの言うことも分かるのですが、あれは避けて通るべきじゃない呪詛ですね。
見えて来たのは、牛程のサイズ感のモグラのような魔物です。
鋭い鉤爪を振り回し、前に尖った鼻にワサっと生えたヒゲ、その合間から尖った鋭い歯の並んだ凶悪そうな口が開いているのが見えます。
そして、近付くごとにキツくなる悪臭には思わず顔を顰めてしまいました。
そのモグラ魔物さんの全身が見えるところまで近付いたところで、絡み付いた呪詛の全貌も見えて来ました。
「レイカ、それ以上近付くな。足元を見ろ。」
横からテンフラム王子の真剣な声音の強めの声が掛かって、足を止めて前方の地面に目を凝らすと、モグラ魔物を中心に据えて、古代魔法陣が足元に描かれているのが見えました。
「テナンドライアの魔法陣と似た構造だ。あの魔物を魔法陣の中に閉じ込めて、条件が満たされるまで隠されていたんだろうな。」
テンフラム王子から苦い口調の解説が入ります。
「魔物を閉じ込めて、時が来たら解き放つ為?」
何と無く腑に落ちない気がしつつも返すと、テンフラム王子は肩を竦めたようです。
「解き放つ為では無さそうだな。魔物はあの場から動けない所為で、あいつらに囲まれて集中攻撃に遭ってるからな。」
それもそうです。
モグラ魔物は、かなり凶悪な鉤爪や土由来の魔法を駆使して、囲む騎士さん達を蹴散らしていますが、それでもそれなりの攻撃を受けて満身創痍状態です。
それなのにその場を動こうとはしません。
「・・・えっとこれはもしかして。」
物凄く嫌な予感がしつつ見返したところで、パッと何かが飛び散るのが目に入りました。
「ちょっと離れて! みんな下がって!」
思わずそう声を上げてしまいましたが、前を向いてモグラ魔物に集中している騎士さん達には聞こえている筈もなく。
ここは、拡声器使うところですね。
という訳で、風魔法で拡声効果を乗せて、声を張り上げますよ。
「だから! これ以上傷付けるのは禁止! 直ぐに全員下がりなさい!」
何がだからだと振り返った皆さんにもう一言ですよ。
「その魔物には呪詛が掛けられています! 身体の中で病原体が増殖するように、そして魔物の死と引き換えに、血の中で増殖した病原体を拡散して人に感染するように変異させようとしています。」
「・・・それは、つまり?」
ちょっと現代医学に寄せ過ぎた説明になってしまったでしょうか。
「えっとつまり、殺すな危険! 死んだ途端に病気を撒き散らすぞってことですね!」
「・・・我が君、ボキャブラリーが。」
そこで寸止めしたノワですが、きっと貧困だって続けたかったんでしょう。
良いんです、放っておいて下さい。
集まる視線からそっと目を逸らしてしまったのは気の所為ですからね。




