333
「・・・お前、才能あるかもな。」
馬車の窓から聞こえて来る歓声に手を振りつつ、振り返ったところで向かいに座るテンフラム王子に苦笑を返します。
「私も思いました。ペテン師いけるかも。」
「ペテン師? 詐欺なのか?あれ。」
懐疑的な目付きになって失礼な事を言うのは是非やめて欲しいです。
「いいえ。騙してるとかそういう訳じゃないんですよ? 皆さんに祈りとして願って貰った承認は、正しくこの国の安寧の為に使われる訳だから。」
何とも未消化なこの気持ち悪さは、祈ってくれた人達と自分の中の温度差の所為でしょうか。
「我が君は真面目ですからねぇ。」
そんな茶々を入れるのは肩の上のノワです。
「そう? ノワだって元の立場の時は、真面目腐って頑張ってた訳でしょ? そんなこと思わなかった?」
「それはまあ。彼等の純粋な祈りとしての承認を受けながら、こちらは実際には聖なる魔法の後押しとして、現実的な魔法行使に転用している訳ですからね。何とはない罪悪感めいたことを感じたこともあったと思いますよ?」
そんなノワの言葉にうんうんと頷き返します。
「同じ温度で祈り願ってれば済む訳じゃないっていうのが複雑。結果として願いの一助にはなってると思うんだけど。」
複雑な胸中を漏らしてみると、テンフラム王子が腕組みしました。
「ああ、成る程な。徴税と施策みたいな齟齬か。」
「うーん。まあある意味近いかも? 募金と実運用とか? 口当たりの良い事言ってお金集めて、実際には収支不透明とかあるみたいだしね。そう思えば神様から承認認定されるかフィルターがあるからまだマシ?」
悩み悩み溢していると、ノワにふっと笑われました。
「我が君、それはですね。祈って貰った人々に皆さんのお陰でこの国は救われましたよっていう後始末までしっかりして完結するものなんですよ。そこまでしたら、きっと我が君のモヤモヤも晴れると思いますけど?」
「ほらそういうこと言い出すと、ちょっとペテンっぽいでしょ?」
これには、馬車の中に微かに笑い声が立ちました。
「レイカ様、不安でしたら手を握っていましょうか?」
ここでドサクサに公式許可を取ってこようとするバンフィードさん、本当油断なりませんね。
「いえ良いです。間に合ってます。」
言いながら、足元にちょこんと座り込んでいるコルちゃんを抱き上げました。
と、いつの間にか座席の隣に座っているジャックもフワフワ頭を擦り寄せて来ます。
真っ白フワモフな2匹には、今日はこの後しっかりお手伝いして貰う予定ですが、それがなくても癒し成分の補給に必須ですね。
「レイカ様、そろそろ神殿に到着です。第三騎士団が神殿正面に馬車の駐車スペースを確保して立入り規制してくれている筈ですが、それでもレイカ様が降りれば人が殺到するでしょうからお気を付け下さい。」
王城正面門前で演説してから馬車で神殿に向かって来ましたが、これを走って追い掛けてくれている人達もいるようです。
熱狂した民衆は時に危険な暴徒と紙一重の場合がありますからね。
特に王都に潜んでいる魔王信者さん達が何か仕掛けて来るとしたらここでしょう。
第三騎士団の人達もリーベンさん達もそれが分かっていて警戒してくれているようです。
因みに、王太子は危険分散の為に別馬車別ルートで先行して守護の要に向かっています。
馬車はゆっくりと速度を落として、神殿正面に乗り付ける形で止まりました。
馬車の扉を開けてくれたのは馬で馬車の隣を並走護衛してくれていたリーベンさんで、バンフィードさんに続いて馬車を降りていきます。
その前後を挟むようにコルちゃんとジャックが続くのですが、取り敢えず馬車から外に頭を出した途端に上がった歓声に分かっていてもビクッとしてしまいますね。
地面に降り立ったところで気付きましたが、こちらを囲むように警護してくれるリーベンさん達第一騎士団の護衛騎士さんの外側で第三騎士団のマーシーズさん達が人壁でバリケードを築いてくれています。
ただでさえ忙しい第三騎士団の皆さんのお仕事を増やしてしまう形になってしまいましたが、今日の守護の要での聖なる魔法行使の成功の為にはこれは避けては通れない工程です。
一杯に開かれた神殿の入り口を潜ると、礼拝堂正面の祭壇前に神殿長とソライドさん他主だった神官さん達が待機してくれていました。
「神が今、未曾有の危機を迎えたこの地にお遣わしになった尊い聖女レイカ殿。お待ち申し上げておりました。この試練を乗り越える為に、共に祈り悪きものに立ち向かいましょう。」
婉曲表現で場の空気を盛り立ててくれた神殿長は、これからこちらが何に立ち向かうのか分かっているのでしょう。
敢えて呪いとは言い切らず、祈りの力を広義に扱い易く誘導してくれたのだと思っておきましょう。
静かに頷き返して祭壇前に進むと、不意に隣を着いて歩いていたコルちゃんがふわりと飛ぶように前に走り出て、祭壇の前でこちらに向き直りました。
何処か優雅な仕草で前脚を揃えて座るその姿は、ファデラート大神殿でのあの時とそっくりな雰囲気を醸し出しています。
「聖獣様・・・」
そんな呟きが周りからポロポロ溢れるように聞こえて来ます。
コルちゃんを前にして立ち止まると、こちらも真面目な顔付きのままでコルちゃんと目を合わせました。
「我等が祈りを聖獣様が神へ届けて下さる。有難いことだ。」
「どうか神よ、我等をお救い下さい。」
「この地に光を。悪きものを打ち払い安寧を齎し給え。」
礼拝堂に幾つも祈りの言葉が呟かれ始めました。
その声が高まるごとに、気の所為かコルちゃんの真っ白な毛の毛艶が増して輝き、額の中央から伸びる真珠色の角がこれは比喩表現ではなく淡く輝き始めています。
引きつりそうになる顔を引き締めて、こちらも手を組んで祈りの姿勢に入ります。
途端に頭に浮かぶのは、守護の要の装置に絡み付いた真っ黒な呪詛の帯、これまで見て来た身体中を呪詛の帯で取り巻かれた人達と、守護の要の魔法陣の上でネズミ魔物達から伸びて形作られていこうとしていた大きな呪詛の帯で出来た円、そしてネズミ魔物から生み出されていた無数の病原体のマーク。
これが人為的に引き起こされたものだとしたら、これはやはり人の手で、この手で、跡形も無く消し去ってやるべきものだとはっきりと気持ちの整理がついた気がしました。
祈りの姿勢を崩して真っ直ぐ立つと、目の前に座るコルちゃんに両手を伸ばしました。
「おいでコルちゃん。そろそろ行こうか。」
途端に広げた手の中に聖獣様仕様のコルちゃんがふわりと飛び込んで来ました。
何故か、全く重みを感じないコルちゃんを抱えて踵を返すと、途端に息を呑むような声がそこら中から上がったようです。
が、こちらはこちらで上がり切ったモチベーション重視で気にせず神殿入り口に向かいます。
神殿の扉を出た途端また来た歓声には、ゆっくりと口角を上げて微かに微笑むだけにして、護衛騎士さん達が開けてくれた馬車に乗り込みました。
馬車から降りずに待っていたテンフラム王子が微かに眉を寄せて、いつの間にか隣を死守しているジャックの隣に座ったバンフィードさんも無言のままです。
第三騎士団の人達が誘導してくれるのに従って馬車はゆっくりと走り始めました。




