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「え?」
揃って向けられた2人の視線に思わず及び腰で返すと、王太子が呆れたような溜息を吐いて、シルヴェイン王子には目を細めて微笑まれました。
「お前を真ん中にして3人で並ぶ。第二騎士団の出動宣言の後に、我々の妹王女として王家がお前を迎え入れたことを宣言する。その後、お前からの挨拶とこれからの役割について演説しろ。」
「え? いきなり振ってきます?」
じっとりした目を向けつつ王太子に返すと、ふんと鼻を鳴らして肩を竦められました。
「元から何処かでそんな演説を打つつもりでいたのだろう? でなければ民の承認など得られない。」
まあ確かにその通りですけども。
「神殿で昨日の成果を利用しようとは思ってましたけど。」
「であれば、ここで王家の名も使え。王家の聖女として押し上げてやる。」
これには露骨に嫌な顔を向け返してしまいました。
「いえ。その看板は、是非マユリさんに背負って欲しいんですけど。私は今回だけのスペシャルゲストの立ち位置で十分なので。」
「何を言う。遠慮なく受け取れ。マユリは私だけの聖女で良い。力を失ってまでこの国を救ってくれたマユリをこれ以上つまらぬことで煩わせたくない。マユリは私の愛する妃、それだけでもう良いのだ。」
愛おしげな顔でそんなことを垂れ流してくれる王太子には、軽く殺気が芽生えましたね。
「へぇ。ポッと出の妹は、晒し者でスケープゴートで良いと? その影でマユリさんとひっそり幸せにって。舐めてるんですか? ひっそり幸せは、私の人生指針なんですけど?」
ムッと来て遠慮なく返すと、王太子の片眉がピクリと上がりました。
「お前、自分の言動を顧みろ? 何処にひっそりの要素があった? まあ、正直お前の思惑などどうでも良い。今は、この国家的危機を脱するのが先だ。後の事はその内気が向いたら相談に乗ってやる。」
この人、やっぱりシルヴェイン王子の兄でしたね。
ただ、何故かシルヴェイン王子と違って苛立ちしか感じませんけど。
「レイカ、とにかく今を乗り切ろう。」
そこでポンと手を乗せて頭を撫でてくれるシルヴェイン王子の優しさがジンと胸に沁みます。
「はーい。頑張ります。理不尽を跳ね除けて平和を手に入れる為には、尊い皆様の協力が必要不可欠なんですよ。」
拳をギュッと握って気持ちを切り替えて行きますよ?
「割り切れ私、ランバスティス伯爵家の顔面兵器を搭載してるんだから、笑顔一つで向かうところ敵なしの筈。怖くないよ、周りは笑顔のハロウィンランタンの顔だと思え〜。いややっぱそれはちょっと微妙に気味が悪い?」
と、斜め上からぷっと吹き出されます。
それから、目を優しく細めたシルヴェイン王子が低めの心地良い声で続けます。
「レイカ、大丈夫だ。私が隣に付いてるから。いつも通り、言いたいことを言って良い。君が私の為にしてくれたことを私は一生忘れない。何があっても君の助けになると誓おう。そして、昨日も王都で皆の為にしてくれたことは広く知られている。門前に集まる者の中にも君に好意的な者が多くいる筈だ。胸を張って進んでいけば良い。」
そっと背中を押すように支える手は大きくて、何処かホッとするような気がしました。
ふと緩みそうになった目元に力を入れて、こくりと頷き返します。
「よし、では進むぞ。」
やや呆れ気味な顔の王太子でしたが、何も文句を言わずにいてくれたことには感謝です。
元が小市民なので、野外演説はかなりハードル高めなんですよね。
深呼吸で身体の力を抜くと、王太子に続いて背中をそっと支えてくれるシルヴェイン王子と一緒に、騒つく門前に向かって行きました。
門前に用意されていた仮設の台に3人で上って、集まっていた王都の人々を見下ろすことになりました。
「王太子アーティフォートより、皆に伝えたいことがある。これを聞いた者は、ここに来られなかった他の皆にも広めて欲しい。」
手を挙げて前置きをした王太子に門前の人々の視線が集中しています。
「今王都で起こっている様々な事件解決の為、王家より発表がある。まず、療養より復帰した第二王子シルヴェインが第二騎士団を率いてこれより王都の魔物退治を開始する。」
人々の歓声を受けて、シルヴェイン王子が一歩前に出て手を挙げました。
「私の不徳の致すところで、出動が遅れて済まなかった。これより、王都に巣食う魔物共を駆逐すべく、第三騎士団と合同で殲滅に乗り出す。どうか、魔物出現の情報を正確に第三騎士団まで知らせて欲しい。」
これまた高い歓声に頷き返してからシルヴェイン王子が一歩下がると、王太子がこちらにチラッと視線を向けてから一歩前に出ました。
いよいよということで、頑張ってこちらも一歩前に足を進めます。
「そして、王家から大事な発表となる。彼女の姿を目にした事がある者もいるだろう。この度、国王陛下の養女となった王女レイカルディナだ。神々がお遣わしになった寵児であり、非常に強い魔力の持ち主だ。昨日は王都の魔物退治と神殿で聖なる魔法で呪詛の解呪を行ったことを知る者もいるだろう。」
これに、ざわざわと話し声が聞こえて、それからパラパラと聖女様という言葉が聞こえて来ました。
「そのレイカルディナは、これから何よりも大事な務めを果たしてくれることとなった。」
そこまで話してから、王太子の視線がこちらに来ます。
腹を括って半歩だけ前に踏み出しました。
「皆さん。この度国王陛下の養女となりましたレイカルディナです。王女となったわたくしの始めの務めは、現在半壊状態となっている守護の要の修復と早急に再稼働を行うことです。」
これには同意の声がパラパラと聞こえて来ます。
「これよりわたくしは、神殿に赴いて神に祈り、神から授かりし聖なる魔法にて守護の要の修復を試みます。」
一般的には守護の要が担う役割は正確には知られていないのか、これに対する人々の反応は薄いような気がします。
「この王都に今も潜む犯罪者達が守護の要の破壊を試み、王太子の婚約者マユリ様が神々から授かった聖なる魔力の全てを捧げて完全破壊を阻止して下さったことを皆さんはご存知でしょうか?」
これさえ知らなかった人が多かったのか、戸惑うような騒めきも起こります。
「そのお陰で、この王都を魔物から守る力が完全に失われずに済んでいるのです。現在小型の魔物は出没していますが、大型の魔獣などが王都に入り込んでいないのは、守護の要が微弱ながらも力を保っているからなのだそうです。」
真実を語ることで起こった不安な空気は次の言葉で払拭していきます。
「マユリ様の偉大なるお力の全てをもってしても破壊の完全な阻止は出来なかったことを鑑みて、わたくしは事前に神に祈って後押しを願おうと思い立ちました。それには同じく守護の要の修復を願う皆様の真摯な祈りが必要です。神がそれを受けてわたくしの聖なる魔法をより後押ししてくれると信じています。どうか皆様、わたくしと一緒に神に願いましょう。この王都の安寧を。」
語り終えたところで、サラリと上着を脱いで、祈りのポーズを取ります。
因みに、フード付き上着の下には今朝ハイドナーさんが持ち込んでくれた聖女のローブを着込んできました。
ローブには光を受けてキラリと光るスパンコールみたいな飾りがところどころ取り付けられています。
ヘロヘロな様子で持ち込んだハイドナーを見る限り、恐らく夜鍋して縫い付けてくれたんでしょう。
こんな演出の時でもなければ恥ずかしくて着れないかもしれない聖女のローブですが、今日はしっかりお世話になりましたからね。
祈りのポーズを続けつつチラ見したところでは、集まった人々の大半がこちらに合わせて祈りのポーズを取ってくれているようです。
皆さんの願いは無駄にしませんからね!
王都の安寧の為に、お仕事に取り掛かろうと思います。




