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「カリアン、昨日の件についても対策が必要ではないのか?」
そう口を挟んだのは王太子でした。
そして、その視線が直ぐにこちらに移って来ました。
「レイカには、何か考えがあるのか?」
そう問い掛けて来る王太子が柔らかい口調を心掛けているのが分かって少しだけむず痒くなります。
確かに、これからはツンツンすると兄弟喧嘩扱いになって、王族が非常にみっともないですからね。
これはそういう仕様と思ってこちらも態度軟化に努めたいと思います。
「あれの始末はカリアン達にお願いするとして、守護の要に施されている呪詛は解呪の必要がありますね。」
「レイカが解呪したとして、あれは完全結界に閉じ込めた上で焼却処分で問題ないのか?」
恐らく焼却滅菌でいいかとは思いますが、変異して病原体が色んな耐性を持っていたりしたら厄介かもしれません。
病原体マークを見守りつつ、色々一通り試して貰うのがいいかもしれません。
「私が立ち会って見てるので、各種魔法の得意な方を集めて、徹底的に滅菌しましょう。」
と、そんな会話を王太子と交わしている間にチラッとサヴィスティン王子を窺ってみますが、何かピンと来ていないような顔をしています。
これには、深々と溜息を吐きたくなりました。
昨日も見掛けた例の魔人は、このサヴィスティン王子には昨晩の出来事を報告していないということでしょう。
今回の件の裏は何処まで根が深いのかと嫌な気分になりましたが、それを探るのはこちらのお仕事ではないと今は割り切ることにしようと思います。
「宜しい。それでは、レイカルディナは直ぐになすべき行動を開始しなさい。それにはカリアンを始めとした王城魔法使い達も同行するように。それから。」
国王はそこで一度言葉を切ると、第一騎士団の新しい騎士団長らしき人に目を向けました。
「レイカルディナに護衛を。」
それに恭しく頷き返した騎士団長さんが目を向けた先から、リーベンさんが数名の騎士さん達を連れてこちらに近付いて来ました。
どの段階で養女話が確定していたのか分かりませんが、恐らく昨晩リーベンさんが迎えに来てくれた時には国王と王弟殿下の間では本決まりになっていたのでしょう。
何となく釈然としないものを感じつつも、目の前に並んで騎士の礼を取ってくれたリーベンさん達に頷き返しつつ、謁見の間を出るべく移動が始まりました。
謁見の間を出た途端、追い掛けて来た様子のバンフィードさんがリーベンさんに合流したようです。
「バンフィード、今日中に復職願いを事務方に提出しておくようにな。」
リーベンさんに軽い口調でそんなことを言われているバンフィードさんは、懐から折り畳んだ紙を取り出しています。
「提出して制服に着替えて正門で合流します。」
当たり前のようにそう答えているバンフィードさんの準備の良さには、呆れるしかありません。
それより、正門に着くまでに諸々こなして合流すると言い切るバンフィードさん、元から手回ししてあったのかもしれませんね。
そういうところが有能の無駄遣いだと思うのは、気の所為でしょうか?
まあ、頼もしいことは頼もしいかもしれませんが。
こちらと別れてあっという間に背中が遠ざかって行ったバンフィードさんを見送りつつ、移動が続きます。
「それで?殿下、このまま真っ直ぐ守護の要に向かうということで宜しいでしょうか?」
リーベンさんにさも当たり前のように殿下呼びされるのが、何と言うか今更ながらむず痒いです。
「えっと、物凄くガラじゃないので、そう呼ばなきゃいけないところ以外では、レイカでお願いします。」
「はあ。では、我々だけの場ではレイカ様とお呼び致しましょう。」
不本意そうにリーベンさんに返されましたが、この養女の件は、守護の要の修復が完了する推定10年限定ってことで、後で王弟殿下に交渉しようと思います。
「それでお願いします。それと、守護の要に向かう前に、王都市街の神殿に寄って行きますね。」
「それは、下手をすると身動きが取れなくなりませんか? 昨日のご活躍からかなりの騒ぎで、お姿を見せた途端に殺到されますよ?」
そこは予想の範疇ですが、だからこそ寄る必要があるんです。
「守護の要修復に関わる聖なる魔法を使う一連作業に、市民の皆様の祈りの力でご協力頂く為です。」
手を組んでちょっと作った声音で言ってみせると、リーベンさんにチラッと呆れたような目を向けられました。
「左様ですか。では、人壁が厚めに必要ですな。第三からも少し人を出して貰いましょうか。」
それでも前向きに要望を叶えてくれる辺り、流石は王弟殿下が密かに抱えていた出来る隊長さんですね。
歩きながら部下を使って人や馬車の手配を進めて行くリーベンさんについて歩く内に、後ろからバタバタと足音が追って来ました。
「レイカ!」
後ろから呼び止めたのは王太子の声で、これには驚いて振り返りました。
「私も守護の要の修復に立ち会う。父上から許可を貰って抜けて来た。謁見の間では叔父上主導で話しが続けられる。引き付けておいてくれる内に、こちらは強引にでも事を進める。」
強い瞳で語り掛けて来る王太子は、びっくりする程引き締まった良い顔になっています。
「その為には、王族として知名度の無いお前1人ではやり難いこともあるだろう? それを兄として補佐しよう。」
マユリさんとレイナードが関わってないと、この人案外しっかりした人物なのかもしれません。
そうでなければあの一癖も二癖もあるシルヴェイン王子が無条件に立てて下につく選択をする筈がなかったですよね。
ちょっと見くびってたことを反省しようと思います。
「ありがとうございます。お兄様、頼りにしてます。ところで、今日はマユリさんは一緒じゃないんですか?」
チラッと周りを窺うと、側にはにやにや笑みを口元に浮かべたテンフラム王子と護衛の第一騎士団の人達しか見えません。
「お前は気付いているかどうか分からないが、今日のこれからの行動はかなり危険を伴う。自力で身を守れないマユリを連れて行くのは危険だ。」
「まあ、最悪殺到する市民の皆さんから強制脱出しなきゃいけなくなるかもしれないですからねぇ。」
チラッと視線を他所に逃しながら溢すと、王太子の顔が苦くなりました。
「まあ、それを少しでも軽減する為に、王城正門前でこれから軽く演説の時間だ。いいな?」
これに物凄く嫌そうな顔になったのに気付かれたのか、王太子の顔にイラッと来たような表情が浮かびます。
「お前な。これを狙って昨日の内から顔を晒して下準備をしていたのだろう? 民心を掴んでその祈りを聖なる魔法の足しにしようとは、全く末恐ろしいヤツだ。危なくて野放しに出来る筈がない。」
「はあ、そうですか。お手柔らかにお願いしまーす。」
ここは目を逸らしたまま適当にスルーの方向で行こうと思います。
深々と溜息が来ましたが、気にしたら負けです。
「アーティフォート王太子、手に余るようならいつでも引き取るので、遠慮なく声を掛けて頂きたい。」
そこへしれっと口を挟んだテンフラム王子には、じっとりした目を向けておきました。
そうしている内にカリアンさんを始め王城魔法使いのローブを来た人達が合流して来たようです。
それに気付いた王太子が促してまた移動が始まりましたが、王城建屋を出て外を進み始めると、正門方面に別にも大勢の人が集まっているのが見えて来ました。
そのお揃いの服装は、第二騎士団の制服だと気付いてはっと目を凝らしてしまいました。
と、こちらに気付いた第二騎士団の皆さんの方からも驚いたような視線と共にざわ付きが聞こえて来ます。
それを先頭で待機する見覚えのある隊長達が叱り飛ばしていて、思わず微笑ましくなってしまいますね。
と、その更に前列に居た様子のシルヴェイン王子がこちらを迎えるように列から外れてこちらに向かって来ます。
「兄上、こちらは準備完了です。」
「そうか、ご苦労。・・・では、始めるか。」
中々息の合ったやり取りの後、こちらに2人の視線が来ました。




