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「レイカ、氷漬けにして、病の元は完全に封じられるのか?」
そう話しを進めてくれたのはシルヴェイン王子です。
「一時凌ぎにしかならないです。氷漬けにして進行を一時停止してる間に、解呪と病原体の死滅方法を模索しないといけないです。」
「それに、この建屋ごと氷漬けするとなると、かなりの魔力消費だ。しかも、それを維持する必要があるのだろう?」
これはカリアンさんですね。
「ええ。だから、現実的にどうなのかって思うところもあるんですけど、他に止める方法を思い付かなくて。」
「・・・そうですか。」
カリアンさんも何か考え込むように目を伏せてしまいました。
「魔物達を今直ぐあそこから引き離せるなら、何処かに閉じ込めて完全結界の中で凡ゆる死滅方法を試せるが。」
コルステアくんの上司のモルデンさんも考えてくれているようです。
「いや、病気持ちの魔物に誰かが近寄ることがそもそも危険なのだろう?」
シルヴェイン王子がそれに答えていて、視線がこちらに来ました。
「そうなんですよ。運び出そうとしても、呪詛で守護の要の側に行くように仕向けられてるはずだから、かなり抵抗されて本当に危険だと思います。」
「であれば、やはり今直ぐ奴らを根絶やしにするべきでは?」
モルデンさんの言い分も分かりますが、そこにトラップがあったらもう取り返しが付かない気がして、思い切ってやってみようという気にはならないんです。
「その辺も対策してる気がして。あちらの思い付かないような方法で裏をかかない限り、勝ち目はないような。」
と言った途端に、ふと降りて来ました。
「ノワ! 病院の感染症対策室、あれの構造を真似た箱を作って中に閉じ込める。物理防御と呪詛不透過の結界を張って、そこから解呪と病原体への対策をじっくり練ることにするのは?」
『陰圧室ですか。確かに、風魔法を駆使すれば、出来なくはないですね。構造を描き込んだ魔石で結界構築して魔力供給し続けることで結界を維持すれば。空気の排出と吸入のコントロールをして陰圧を保てば良い。それだけで病原体の増殖を劇的に抑えられる。』
へぇ、そんな構造だったんですね、と感心しつつ思考を進めていきます。
「その中で、必要なら魔物だけ凍結すれば、そこからの増殖は一時停止になるでしょ?」
『・・・確かに。ですが、我が君お忘れでは? どうやって魔物をその陰圧室に入れるんです? 先程、近付くのは危険だとご自分で言われたはずですが?」
それに、精々無害そうに微笑んで見せます。
「この部屋の隅に多重結界付きの陰圧室を設置して、・・・転移魔法で魔物さん達を無理矢理放り込む。」
最後は声を落として言い切ると、耳を済ませていた様子の周りの皆様の顔が引きつりました。
「冗談ではありませんよ! 今の我が君がそんな大業使ったら、倒れますよ!」
ノワが思わずというように声を出して姿も見える状態で言い返して来ました。
「出力調整宜しくノワ。」
「全く、最後の最後の決め技はいつもいつも捨て身の投げ技ですからね! まあ良いですけどね、倒れた我が君は、等身大の私が抱き止めて差し上げますから。覚えておいて下さいよ。どうなっても知りませんからね?」
そんな寒いことを言い出すノワには乾いた笑いが浮かびます。
「何を言うかと思えば。私には婚約者様がいらっしゃるので、抱き止め役は間に合ってまーす。てゆーか、二度と勝手に大きくならないでくれる?」
「は! 王子様には別の重要なお仕事振るから悪しからず。風魔法でも氷魔法でも、全力で使って貰いましょうか!」
「・・・レイカ、何だその小さいのは。」
とここでシルヴェイン王子がノワのことに言及して来ました。
「・・・えっと、私の契約魔人のノワです。口が悪くて性格は歪んでますけど、知識量とか頭の回転とか早くて、とにかく有能です。」
端的に説明しておくと、シルヴェイン王子の片眉がぴくりと上がりました。
「契約、したのか?」
「ええ、はい。やむなく?」
何となくシルヴェイン王子から圧を感じつつ、しれっと視線を逸らしました。
「・・・お前。レイカから魔力を貰って生きている分際で、立場を弁えろ。レイカに邪な目を向けるな。」
低い、それは低いシルヴェイン王子の声がノワに向けられたようで、鳥肌が立ちます。
「ふふん。我が君の第一夫は譲ってあげるんだから、愛人枠には目を瞑るべきでは? どうせ、このままなら長い長い命を紡ぐことになる我が君の、ほんの一瞬の間だけ側にいる旦那の癖に。長く我が君の一生をお側で過ごす愛人」
「ノ〜ワ〜!」
叫びつつガッシリとノワを掴んだ手の先からピシピシと冷気が漏れ始めます。
「んたはどさくさで何とんでもないこと言い出すのよ! 愛人枠とかない! 一生そんなもの存在しないの! あんたと結んだのは魔人と主としての契約だけだからね!」
「ふっ、可愛いですね我が君、慌てて。仕方ないので今はそういうことにしておいてあげます。」
胃に穴が開きそうです。
「レイカ、それ燃やしても良いか?」
「止めてください。タンパク質燃えると臭いので。」
まぜっ返してみますが、シルヴェイン王子の据わった目が直りません。
「では超高温で一瞬で消し炭にすれば良いな?」
「だから! ダメですって! こんなダメ魔人でも時には有能で助かるんです!」
途端に小さくシルヴェイン王子の舌打ちが聞こえて来ました。
「と、とにかく! ノワ、これからやる事説明して!」
「はあい、仕方ありませんね。我が君は転移魔法と呪詛不透過魔法を結界に付与することだけに専念して貰いますから、他の準備と魔法は王城魔法使いと王子様達にやって貰います。」
漸く真面目モードに入ったノワが、先程2人で話した隔離陰圧室のことを説明し始めました。
「転移魔法の魔力消費は移動距離に直結するので、建屋内の古代魔法陣のギリギリ外に当たる部屋の隅のこちら側に部屋を生成します。」
「簡易な鉄格子の檻なら、私が生成しましょうか。」
手を挙げてくれたのは、意外なことにリーベンさんでした。
「ああ、リーベン殿は土魔法特化で鉄の生成が出来ると聞いていましたが、まさか鉄格子の檻まで生成出来るとは。」
カリアンさんがほろ苦い顔付きで溢しました。
「まあ、何かと便利なんですよ。」
頭を軽く掻きながらそんなことを言うリーベンさんですが、この人の捕獲対象になっていなくて良かったと思ったことは内緒です。
「では、内外からの物理衝撃と魔法を無効化する結界魔法は、私が受け待とう。」
カリアンさんがそう申し出てくれて、次に視線をモルデンさんに流しました。
「風魔法は? どう使えば良いのかな?」
モルデンさんの問いにノワが魔石を起点に風魔法で排気量と吸気量をコントロールする特殊結界を刻み、定期的に魔力補填が必要だと説明しています。
魔法物理無効化結界とは別に陰圧結界を張るようですが、呪詛不透過結界も別張りした方が良さそうです。
「まずは、陰圧室を作るのが一番で、先に呪詛不透過結界も張っておきましょう。それから魔物を転移させたら即行で凍らせて。」
そこでノワがシルヴェイン王子をチラ見しましたが、氷魔法はシルヴェイン王子がかけるということで良いんでしょうか?
それにシルヴェイン王子も頷き返しています。
「氷魔法も得意なんですか?」
そっと問いかけてみると、ふっと微笑み返されました。
「水に干渉して温度調整魔法を使う。これは火の魔法の威力調整にも繋がっていて、割と得意だ。」
「へぇ。突き詰めるとそういうものなんですね。」
という訳で、本人がいいというならお任せすることしましょう。
「次に風魔法魔石の発動後、魔法物理無効化結界の発動、の順でいきましょう。」
ノワが段取り説明を終えたところで、何故かバンフィードさんから手が上がります。
「では、レイカ様がお倒れになった際には私が受け止める役を致しますので。どうぞ皆様お気兼ねなく。」
その宣言に、リーベンさんと一緒に乾いた笑いを浮かべることになりました。




