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馬の嘶きと共に守護の要の敷地内に乗り込んで来た馬は10頭前後でしょうか。
その中から王太子とマユリさんの声も聞こえて来ます。
王太子夜中にマユリさんも連れ出したんですね。
まあ、また変な勘繰りをされるよりも王太子とマユリさんとはセットでお会いするのが良いんでしょう。
馬から降りた王太子達がこちらに向かって来ます。
並んで歩いて来る王太子とマユリさん、その後ろを王城魔法使いのローブを来た人が2人、それから護衛の第一騎士団の人達が固まって歩いて来るようですね。
「レイカさん! 大神殿で無事に解呪が出来たんですね!」
言いながら近付いて来るマユリさん、王太子がその隣にぴたりと寄り添っています。
「まあ、そうですね。諸事情で元の通りじゃないんですけど。」
それに首を傾げるマユリさんに苦笑いしつつ、その話は置いておくことにしょうと思います。
「それより、王太子殿下は王城魔法使いの方を連れて来て下さったんですか? どなたですか?」
顔の良く見えない王太子の後ろの魔法使い達に目を向けて問うと、その内1人が前に出て来ました。
「お久しぶりだ、レイカルディナ嬢。王城魔法使い長のカリアンだ。それから、こちらは副魔法使い長のモルデンだ。」
王宮の夜会でお会いしたカリアンさんは、魔法使い長だったんですね。
まさか王城魔法使いのトップツーが来るとは思わずにちょっと驚きました。
それに、副魔法使い長はミルチミットだけじゃなかったんですね。
「お久しぶりですカリアンさん。それから始めましてモルデンさん。」
一先ずご挨拶してみることにします。
このお二人信用出来る人達だと良いですね。
「初めましてレイカルディナ嬢。君の弟のコルステアくんから報告を受けているよ。彼は私の直弟子でね。今回の旅で判明した魔力強制取り出しと転用の件も実例を連れて帰るという話と共に詳しく聞いているから、もう心配しなくても大丈夫だ。」
モルデンさんからのその言葉に正直ホッとして目頭が熱くなり掛けました。
コルステアくんは王城魔法使いなので、当然同僚の中にはっきりと信用出来る人もいたはずなんです。
それに思い至らなかった自分も阿保だと思いますが、一気に展望が開けて来た気がします。
「良かった。」
しみじみと溢したところで、後ろからそのモルデンさんの隣に出て来た人影が見えました。
「レイカ済まなかった。君1人に随分と重荷を背負わせてしまっていたと聞いた。」
その声に目を見開いている内に、シルヴェイン王子が暗がりから姿を現しました。
「でんか?」
思わず声が震えてしまいました。
「もう大丈夫だ。父上や叔父上、兄上の前でしっかり話をして来た。明日の朝から第二騎士団の活動も再開される。王都の魔物を明日中に駆逐する予定だ。」
さらっと話した以上にそれは大変だった筈です。
「良かった、です。」
これまた感極まり気味になってしまいました。
そこで王太子の咳払いが割り込みました。
「うん。レイカルディナ嬢、君に言われたことをあの後私なりに考えてみた。そこから、今回の解決策が見えて来たのだ。シルヴェインには、今回私が全面的に庇うことと引き換えに、王太子としての私に絶対の忠誠を誓って貰った。私の派閥を代表する者達の前で正式な宣誓を交わしたので、彼等もこれ以上シルヴェインに何かを仕掛けることはない筈だ。」
そう言った王太子は少し硬い表情でした。
「私は、シルヴェインを弟として大事にすると共に、将来の絶対の協力者として囲い込むことに決めた。シルヴェインにとっては頼りない主かもしれないが、助けてもらう代わりに守ると誓ったのだ。君が言ったことは、そういうことだろう?」
そう問い掛けて来た王太子に、少しだけ苦い笑みが口元に浮かびました。
「良いんじゃないかと思います。あとは、それを盾にこれから先ウチの殿下に無茶振りばっかりしないで下さいね。」
これまたつい余計な一言を挟んでしまいましたが、王太子はそれに肩を竦めただけで許してくれるようです。
「・・・実はな、その時にシルヴェインにはもう一つ要求したことがある。」
言いにくそうに話し出した王太子に、シルヴェイン王子が一歩前に出ます。
「兄上、それは私の口から言わせて下さい。」
「いや、私がレイカルディナ嬢に言うべきだ。私からの要求だからな。」
そんなやり取りに微妙に嫌な予感がしながら2人をチラチラ窺ってしまいます。
「シルヴェインに、レイカルディナ・セリダイン嬢と結婚して、夫婦共に末永くこの国に貢献するようにと要求した。」
これには成る程と苦々しい気持ちになりました。
そうやってシルヴェイン王子のみならず、こちらのことも支配下に置こうとしている訳ですね。
王族らしいやり方じゃないでしょうか。
まあ、ちょっと頼りなく見えた王太子が成長したってことでしょうが、そのダシになったのには、かなり思うところがありますね。
「へぇ、成る程〜。でも王太子殿下に私が使い熟せますかねぇ。まあ期待してますよ。因みに、もうお分かりかと思いますが、私は自分が納得出来ないことはしない主義ですから。精々頑張って説得してモチベーション上げて下さいね〜。」
物凄く不敬だと分かっていますが、言うなら今しかないって台詞でもあります。
案の定、王太子の顔から表情が消えましたが、知った事ではありません。
「王太子殿下。今からちょっとシルヴェイン王子借りますね。」
にっこり笑顔でそう宣言して、返事を待たずにシルヴェイン王子に近付いて行きます。
気まずそうに避けてくれた王城魔法使いのお二人の側を通って、これまた気まずそうな顔になっているシルヴェイン王子の目の前に立つと、その腕を掴んでその場から離れるように連れ出すことにしました。
こんな時に何ですが、いえこんな時だからこそでしょうか?
周りからなし崩しに全てを整えられてしまう前に、シルヴェイン王子と本音トークをしてみた方が良いでしょう。
その中で、こちらの気持ちも固まって来るかもしれません。
そんな訳で、遠巻きに囲んでいる護衛さん以外に声が届かない場所まで離れることにしました。




