321
「やっぱり1人じゃ無理だよね。でも最低でも解呪だけは掛けときたいんだけどなぁ。じゃないと、明日には取り返しのつかない事態になってそうだし。」
「では、王弟殿下に報告して王城魔法使いを派遣して貰うのは?」
と、ここでリーベンさんからの提案が入りました。
至極当然の提案でしょうが、ここで一番の問題が、誰が信用出来るかなんですよね。
ミルチミットの息が掛かっていない者で過激な王太子派閥じゃない人の振り分けが分からないのに、安易に王城魔法使いには頼りたくないというのが本音です。
「うーん。絶対信用出来る人が来てくれるなら。一緒に危険地帯に入るのに背中任せられない人は論外ですよ? それなら第二騎士団のトイトニー隊長とかクイズナー隊長が良いです。まあ、一番はシルヴェイン王子ですけど。」
「・・・第二騎士団隊長か殿下では流石に無理でしょうな。」
小さく肩を竦めて言ったリーベンさんは、徐にポケットから紙とペンのようなものを取り出すと、ささっと書き付けを始めました。
「非常事態です。王弟殿下に信用出来る応援をと話しを通してみましょうか。」
言いながら書き終えたリーベンさんは小さく笑みを向けてからさっと折り畳んだ紙に魔法を掛けて飛ばしていました。
クイズナー隊長に、伝紙鳥は魔力の乗り易い特殊加工の紙を使用することで、魔力消費が極僅かで済むようになっているのだと聞いたことがあります。
誰にでも使える非常連絡手段は中々使えますよね。
「レイ様。いっそテン殿も呼んで来て貰いますか?」
バンフィードさんにもそう声を掛けられましたが、それには少し躊躇ってしまいます。
「それは、やっぱり明日にしておきましょうか。なし崩しに始まってしまいそうで。一旦今晩は休んで魔力回復させておきたいし。」
「・・・それはそうですね。明日仕切り直しましょう。」
という訳で、古代魔法を使わないとなると、今1人で出来ることは限られてきます。
扉の前から数歩離れて振り返った前庭では第一騎士団のリーベンさんの部下の騎士さん達がこちらを心配そうにチラチラ見ているようです。
更に視線を外に向けると、暗闇に沈んだ街の上空に星空が広がっています。
時刻は午後9時前後でしょうか。
そういえばコルちゃんとジャックは守護の要の敷地内に入った辺りから見掛けていませんが、守護の要の側には近寄りにくいのかもしれません。
コルちゃんだけでも抱っこ紐に入れて来るべきでしたね。
「何処までやるつもりなんでしょうね。黒幕さん達。」
ポツリと漏らしてしまうと、バンフィードさんがこちらを覗き込んで来ました。
「心細くなりましたか? お一人で全てに対処される必要はありませんよ。」
続いてリーベンさんも扉から離れてこちらに近寄って来ました。
「左様ですよ。これは最早国家を揺るがす一大事なのですから、本来なら国を挙げて各界の第一人者達を揃えて陛下の号令の下で対処していくような事案だ。そこまで大きくすれば、悪事を企む者にも迂闊に手出し出来なくなる筈ですからな。」
それはその通りだと納得出来るのですが、その過程で色々と盛り込もうと暗躍する者達がそれとは分からないように手を加えて来るのが分かり切っていて、それがシルヴェイン王子にとって宜しくない結果を生みそうで怖いと思ってしまうんです。
と、そんな暗澹とした気持ちに傾いて来たところで、パタパタと伝紙鳥が飛んでくる音が聞こえて来ました。
さっと目の前を横切った伝紙鳥は、リーベンさんの手の上に落ちてその役割を終えたようです。
手早く開いて目を通したリーベンさんが小さく眉を寄せてこちらに視線を投げて来ました。
「あちらでは刻々と事態が動いているようだ。貴女の焦りは王弟殿下にきちんと伝わっているから安心されると良い。」
リーベンさんの意味深な言葉には期待したくなりますが、詳細を聞きたい気持ちになってしまいます。
勿論こんなところで垂れ流す訳にはいかない中身ですけどね。
「まあそんな訳で、殿下方が駆け付けて下さるそうですよ。」
「王弟殿下がですか?」
驚いて問い返してしまうとリーベンさんは苦笑しながら首を振りました。
「いいえ、まさか。王太子殿下を始め、頼りになる方々だそうですよ。」
「え?」
これには、別の意味で色々心配になってしまいますね。
「まあまあ、楽しみに待っておきましょうか。」
チラッとニヤリ笑顔を浮かべたリーベンさん、詳しく内訳を話してくれるつもりは無さそうですね。
「レイ様、寒くはありませんか?」
「大丈夫ですけど。これから身も凍る極寒状態にならなければ良いんですけど。」
普通に秋の夜冷えを心配してくれたバンフィードさんに、ついそんな言葉を返してしまいました。
「ははは。警戒し過ぎですな。レイ様にとって王太子殿下はそのような存在なんでしょうかね。ですが、心配ご無用ですよ。」
リーベンさんはそれに楽しそうに返してくれましたが、何がそんなに面白いのやらと半眼を向けてしまいました。
「あの〜。リーベン副隊長、扉一度閉めておきますか? 何か出て来たらマズイんですよね?」
及び腰に問い掛けて来たのは、躊躇い躊躇い扉を開けてくれた騎士さんです。
「いや、王太子殿下が向かって来ておられるのでこのままに。レイ様、アレらはこちらに出て来る可能性はないのですかな?」
騎士さんに待ったを掛けつつこちらに問い掛けて来たリーベンさんに曖昧な笑みを返します。
「さあ。と言いたいところですが、守護の要の側まで誘導されて、離れられないんじゃないかと思います。それでも心配なら、いっそここから遠隔で睡眠の魔法でもかけるとか?」
ぽろっと出た提案でしたが、自分でもどうなるか考えてみます。
以前一度だけ眠りの魔法を使うつもりで、サヴィスティン王子に体内時間の還元魔法を掛けてしまったことを思い出しました。
物凄い魔力消費で倒れ掛けたことを思い出すと、ここで試してみようという気には全くなりませんね。
それに、あの事件の所為でサヴィスティン王子の状態が普通じゃないということに後々気付いたんでした。
それはともかく、睡眠薬のメカニズムは確か脳の活動を抑制して睡眠を促すんだったと思います。
生き物の臓器の中でもデリケートな脳に手を出すのはちょっと怖いですね。
いや待って下さいよ、これはこのまま脳や心臓の活動を強制的に止める魔法を使えば、殺害が出来るってことじゃないでしょうか。
黒魔術っぽいしモラル的に絶対に試したいとは思いませんけど、一気に魔法が怖くなって来ました。
思わず寒気が走って腕を抱えてしまうと途端に気付いた様子のバンフィードさんが首を傾げながらまた覗き込んで来ました。
「やっぱり寒いですか? 顔色が良くないようですが?」
「いえ。色々考えてたら、魔法って怖いなぁって思っただけです。」
曖昧表現に眉を寄せたバンフィードさんににへらと笑って追求を躱すことにして、再び扉の中に視線を向けました。
ネズミ魔物達は相変わらず守護の要の台座の周りを囲むように動いているだけで、こちらに向かって来ようとする個体はいないようです。
それにホッとしつつ、小さく溜息を漏らしました。
魔王の魔力持ちが魔人に監視誘導される意味が分かって来た気がしました。
魔法の難易度が魔力消費で制御されているなら、魔王の魔力を持つ人間が危険視されるのも納得出来るかもしれません。
やるかどうかは別として、凡ゆる禁忌を犯すことが出来る程の魔力持ちって、恐怖の対象になったでしょうとも。
今回の守護の要の修復に総魔力の半分を使い捨てることにしたのは賢明な判断だったと思いたいです。
まあそれも、本当に神様に受け入れられていたらということになりそうですが。




