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いつもより他愛無い話の聞こえる夕食を食べ終えて、半分残してあった冷めたパンを再度試食です。
「なあ、温かい美味しい内に食べるべきだったんじゃないのか?」
呆れ顔で突っ込んでくれたオンサーさんに、ふっと笑ってみせます。
「それじゃ美味しいに決まってるじゃないですか。」
料理長に言った台詞を繰り返します。
残してあったパンをまた半分に割って、料理長と半分こで試食します。
冷めたとはいえ、時間の経過がまだ浅いので、食べれなくはない代物なのですが、明らかに落ちた味には残念感が拭えません。
焼き立ての味を知るだけに残念さがひとしおですね。
「うーん。こうなるのは分かってたんだ。レイナード様はそれを何故私に再確認させたんで?」
皆んなで和やかな会話を楽しんだ後なので、料理長の態度がかなり軟化しています。
「第二騎士団の食堂に割り振られてる予算が幾らかは知らないけど、その中で主食のパンに掛けられる値段は他の食堂とそう変わらない筈だ。それなのに、ここの食堂は不味くて有名だって言われてる。それが、予算が他所と比べてケチられた結果だったなら、上に掛け合って増やして貰う事も可能だと思う。」
ここで一度言葉を切って料理長に目を合わせておきます。
「だけど、もしも他所の食堂と同じ値段をつぎ込んでるのにこの出来だとしたら、何が悪いと思う?」
ここまで話すと、料理長がハッとした顔になりました。
「仕入れ? あの商人! まさかそんなとこでぼったくってるんじゃ!」
ようやく、こちらの言いたかったことに辿り着いてくれたようで何よりです。
あの商人の態度は、明らかにこちらを馬鹿にして足元を見たものでした。
騎士団の中でも激務だと有名で第二王子直属の騎士団である第二騎士団が、食堂の予算をケチられているとは正直思えないんです。
かと言って、この真面目で頑固そうな料理長が、料理に手を抜いてるとも思えない。
今のままなら、例え上に掛け合って予算を増やして貰っても、あの商人の懐を不当に肥えさせるだけでしょう。
「他所の仕入れてる材料を調べてみた方が良い。質と値段、それと市場調査も偶にはしておくべきだな。その上で、締め上げてやるなりもっとガツンとやりたいなら、上を動かせ。」
ここまでやれば、主食のパンくらいはまず食べられるものに改善されるはずです。
ぐっと拳を握って良い笑顔になったところで、ケインズさんが呆れ顔になっているのが目に入りました。
可笑しいですね、トイトニー隊長と王子様のご命令通り、皆んなの食事が改善される方向で、テコ入れをしてみたんですけど。
「これまで疑ってたけど、お前ってやっぱりランバスティス伯爵家の人間なんだな。」
しみじみとした言い方で、オンサーさんにレイナードの実家の名前を教えて貰いました。
「頭の造りはやっぱり伯爵譲りなんだろうな。財務次官で、陛下や王弟殿下の覚えもめでたい、実質的な王城の金庫番。それも忘れたのか? お前の親父さんは、相当凄いお方だ。」
成る程、レイナード父は、かなり偉い人物のようです。
ただし、偉い人だから子育て上手とは限りません。
レイナードは、その出来るお父さんからの重過ぎる期待に押し潰されて、殻に篭った人なのでしょう。
お父さんと会う機会があったら、ちょっとどうしてやろうか考える人物ですね。
「レイナード様!」
呼び掛けて来た料理長の目がキラキラしてます。
「早速言われた通りに調べてみます。良い結果が出たら、新しいパンの試食、お願いしますよ!」
やる気満々続ける料理長に、曖昧な笑みを返しておきます。
100パーそうだとは言えませんが、良い結果を期待してますよ!
料理長が去ると共に、夕食を終えた3人で兵舎の方へ向かいました。
お腹も膨れてまったりと宿舎の玄関に向かっていると、その玄関の外で中をチラチラ覗き見る不審者発見です。
同様にそれに気付いた様子のケインズさんとオンサーさんも警戒の眼差しになっています。
「おい、そこで何してる?」
声を掛けたのはオンサーさんです。
さり気なく退路を阻むように回り込むケインズさん流石です。
ちょっと刑事ドラマっぽくてカッコいいですよ。
えーと、ここでレイナードの役回りは??
やっぱ後学の為に見学ですかね?
邪魔にならないようにオンサーさんの後ろに居ることにします。
「あ、その・・・。レイナード様は、まだ宿舎にお戻りではないでしょうか。」
ん? 不審者がレイナード呼んでるみたいなんですけど。
え? とばっちりはごめんですよ?
過去は知りませんが、新生レイナードは清廉潔白、悪事とは無縁の生活を送りますからね!
「あ、お前。よく見たらレイナードの元従者じゃないか。」
オンサーさんが呆れ声で言うので覗き込んでみます。
「あ! レイナード様!」
何だかやつれてげっそりした若者が躊躇いがちにチラチラこっちを見てます。
「何だ。レイナード捨てて出てった従者な。」
ケインズさんも寄って来て会話に加わります。
よおくその元従者の顔を見てみると、チラッと記憶の中にありました。
そういえば、冒頭で辞めるって啖呵切って出て行った、何とこの世界で始めてお会いした人物でしたね。
再就職、上手くいかなかったんでしょうか。
折角、幸あれって一瞬でしたけど祈ってあげたんですけどね。
「まあ、覚えてないわな。」
オンサーさんがいつの間にかこっちを振り返ってしみじみと溢して下さってます。
「ええ!? 私のこと、忘れたんですか? もう? 10年もお側に仕えて来たんですよ?」
呆然と涙目で語る従者くんには申し訳ないですが、その10年がカケラも記憶の中にないんですよ。
「誰ですかね?」
追い討ちを掛けることになってしまいましたが、仕方ないですよね?
大きく項垂れた従者くんを、オンサーさんが肩を叩いて宥めます。
「まあまあ、そう落ち込むな。ちょっと中で話そうか。」
オンサーさん主導で、どうやら事情説明会が開かれるようです。
玄関から入って、来客室に向かうことになりました。




