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両サイドを温かなフワモフに挟まれての朝の穏やかな目覚めの時間は、『ギャー!』という何処か聞き覚えのある魔物の鳴き声と、大勢の人間の叫び声に一瞬にして掻き消されてしまいました。
「おはようございます、レイ様。早速ですが、朝のお支度の後、外でポチがお散歩を待っておりますのでお急ぎ下さい。」
起き抜けに決して直視したくなかった現実を突き付けてくれるのは、是非やめて欲しいものです。
そして、手、離して下さい。
握り込まれた右手をバンフィードさんの手の中から抜き取って、上掛けの中に仕舞い込みます。
その手にスリっと寄って来るモフ毛が堪りません。
「レイ様。寝起きはイマイチですか? 上掛け剥がしますよ?」
「いやいや、待って。バンさん、やってることかなり変態じみてるからね?分かってる?」
思わず口に出して言ってしまうと、キョトンとした顔をされました。
「レイ様の手ですか? 上掛けから出ていましたから、お風邪をひかれてはと僭越ながら私が包んで温めておりましたが?」
「はい? いつから?」
「さあ、夜明け頃からでしょうか? 外が騒がしくなって参りましたので、やむ無くお声を掛けましたが。」
「・・・・・・」
悪びれる風もなく言い切ってくれたバンフィードさんの思考回路は、是非アルティミアさんに泣きついて解析掛けて貰いたいところですが、ここは気を取り直して、宿の外の騒ぎと向き合うべきでしょうね。
気合いを入れてよいしょと起き上がったところで、バンと部屋の扉が勢いよく開きました。
すかさずシュッとジャックが視界から消えたのはまあ余談です。
「レイさん! 起きてますか? 外が凄い騒ぎになってて! 起きて来れます?」
イヴァンさんの声に、大慌てでフードを被り直して戸口を振り向きました。
「イヴァンくん、婦女子の部屋をノックもなくいきなり開けるのは、失礼ですよ?」
隣でしれっとイヴァンさんに注意しているバンフィードさんには色々と言いたいこともありますが、ここは堪えて扉に向かうことにしました。
「テュールズさんとザクリスさんは?」
「ザクリスさんはレイさんが休まれてから宿の周辺を見回りつつご自宅に帰宅されてて。テュールズさんは朝一で営所にこっそり戻ってるとこです。」
結果、第三騎士団の営所にはテュールズさんが知らせに走ってくれたようですね。
「イヴァンさんは? 外が騒がしいから見に行ってくれてたんですか?」
「あーいえ。目が覚めたらバンさんが起きててレイさんの側についてずっと見守ってらっしゃるので、対人護衛の騎士って凄いなって。」
キラキラした目になったイヴァンさんにちょっとだけ遠い目になりつつ、チラッと振り返ってバンフィードさんに冷たい目を向けておきました。
対人護衛の騎士の皆さんのお仕事ぶりがどんな風か知りませんが、間違いなく眠っている護衛対象の側で手を握ったりはしないはずですから。
「俺も頑張ろって起き出したんですけど、宿から出たら・・・」
そこで言い澱むように言葉を切ったイヴァンさんが困ったような目を向けて来ました。
「とにかく様子見に行きましょうか。」
コルちゃんを抱っこ紐に素早く収納してから部屋を出ると、宿屋の階段を降りて宿屋の出入り口に向かいました。
宿の外からは時折聞こえる魔物の鳴き声に加えて、宿屋の主人と第三騎士団の人達の話し声が聞こえて来ます。
外に出ると、バンフィードさんが聞き分けた通り襟巻きトカゲな魔物のポチがお座りで丁度泊まっていた部屋を見上げるように大人しく待っています。
そのポチが足を揃えた先の地面には、昨日守護の要前で急拵えした蔓巻きのボールが転がっていましたが、かなり激しく損傷した状態ですね。
「レイ様、これはいつまで続けてやる必要のある遊びでしょうか?」
「え? それはポチの飼い主バンさんが決めれば良いんじゃ?」
何か怖い濡れ衣を着せてこようとしているバンフィードさんに大慌てで主導権を投げ返しますよ。
「何を仰ってるのか? ポチはレイ様に遊んで貰ってるつもりですよ?」
「は? 何で? ボール投げてるのバンさんじゃないですか。」
何かこんな怖いことになりそうだから、あの時バンフィードさんに擦りつけた筈ですよ?
「拾って来た時のポチの視線の先は、毎回間違いなくレイ様ですが? 私は只の代理投手です。」
冷静な声で淡々と言ってくるの、何とかならないでしょうか。
「いや、ですけど? ペットは飼い始めたら責任もってお世話しないといけないんですよ? 遊んであげたらもうバンさんのペット認定ですって。」
苦しい言い訳をしていると、こちらに気付いた様子のポチの目が輝き出しました。
「ギャッギャッギャー!」
段々と興奮して来たのか、立ち上がって足を踏み鳴らしつつ、王都中に響き渡るのではないかという大音響で鳴き始めました。
と、それに合わせたように遠く鳴き声が返って来て、ゾッとしました。
「え? 他にもいる?」
「竜種の鳴き返しですねぇ。」
と、これはいつの間にやら出て来たノワです。
「鳴き返し? 狼の遠吠えみたいな?」
「そうですね。竜種間では珍しい行動ですが。まあ、我が君に対する期待値の問題でしょうね。」
これまた何か不穏なことを言い出したノワに、半眼を向けてやりました。
「聞きたくないけど、何の期待値?」
「聞きたくない、ですか?我が君可愛い。ふふふ。」
にやり笑顔で不穏な声を立てるノワとは、一刻も早くお別れしたいところですが、今は我慢です。
「古代魔法と守護の要について王宮図書館の文献を漁って来ましたが、面白いことが分かりましたよ?」
ほら、こういう無駄に有能なところですよ。
「詳しい話しは後にしますが、守護の要は魔物達にとっては縄張りの一種という認識のようですね。だから、我が君が新たな縄張り主張をするなら、竜種達は従うつもりのようですね。」
「・・・は? 意味が分かりませんが?」
何というか、色んな意味で分かりたくないお話しですが、今ここで確認すべきことは一つですね。
「守護の要を目指してた竜種達は、ここに縄張り主張に来てたってこと?」
「敵がどこまで把握して王都に放ったのか分かりませんが、今の彼らは敵の意図とは関係無く本能に従って守護の要の成り行きを見届けに集まろうとしているようですね。」
つまり、王都に出現した竜種達は、元は敵が王都撹乱の為に放ったもので、ただし守護の要が半壊したことで、本能に従いその行方を見届けに集まって来たと。
そして、守護の要が完全消失したなら、その中のどれかが縄張り主張を始めるつもりだったのでしょうか?
「まあ、敵にとって我が君の存在が想定外過ぎるってことでしょう。この調子で押していきましょう。」
そんなよく分からない激励を貰って微妙な気分になっていたところで、不意にポチを含めその場の皆さんの視線を一身に集めていたことに気付きました。
「あの、レイさん。どうしますか?」
イヴァンさんに躊躇いがちに声を掛けられて、物凄く仕方なくポチに目を向けました。
「ポチ、ご飯は王都の外で食べて来なさいね。それから、これから貴方のお遊び係のバンさんに王都の外までボール投げて貰うから、拾ったら外周をゆっくりドリブルで一周ね。ゆっくり遊んでおいでね〜。」
視線を若干逸らしつつ言って、バンフィードさんに目配せします。
小さく肩を竦めたバンフィードさんがポチに近付いてボールに手を伸ばすと、ポチはブンブンと尻尾を振って目を輝かせ興奮状態に入ったようです。
「ほ〜らポチ! これ追い掛けて王都の外で遊んでこ〜い!」
叫ぶなり、バンフィードさんがボールを持って大きく振りかぶります。
そのまま何やら口元で呪文を呟きつつ、これまたお手本のように綺麗なピッチングフォームで、華麗な投球からの風魔法での追い風により空高く飛んで行ったボールは、恐らく王都の外壁を超えて飛んでいったと思われます。
額に手を当てて見守ってみましたが、途中から分からなくなってしまいました。
そしてお約束のように飛び出して行ったポチが立てた砂煙が晴れた頃、目の前には第三騎士団の偉そうな方が立っていました。
「失礼だがそこのお二人、営所までお越し願えますね。少々お話しを伺いたい。」
優しげな口調の任意同行でしたが、和やかな笑顔のふりのかなりの圧が加わっていて、これは断れないヤツですね。




