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ふらふらしながら向かった食堂に足を踏み入れるなり、またいつもの騒つきと視線が来ました。
本当毎度毎度飽きないですね。
やる気なくそんな感想を抱いてから列に並ぼうとしたところで、口数少なく隣を歩いていたケインズさんが軽く肩に手を乗せて来ました。
「お前の分、今日は持ってってやるから先に座ってろ。」
テーブルの方に顎を向けてそう言ってくれるケインズさんは、余りのボロボロぶりに気遣ってくれたのでしょうか。
安定の良い人ぶりですね。
やっぱり魔法の使い過ぎなのでしょうか、かなり身体がキツイです。
空腹感もありますが、とにかく横になってダラダラウダウダしたい気分ですね。
今も左手の中にあるピンポン球ですが、何が起こるか分からないので、責任を持って管理保管するように王子様から言い渡されました。
そして、明日朝一で王城に詰める魔法使いの研究職の方達に見てもらうことになりました。
まあ、今日の魔法訓練は、平たく言うと、やらかした感満載ってことですね。
調子に乗ったことは事実ですが、王子様ももうちょっとあの大人気ない扱き方をなんとかして欲しいと思います。
そんな事を考えながら、ふらふらと空いてるテーブルに歩み寄って危なっかしく椅子を引いて腰を下ろします。
ケインズさんが持って来てくれる夕飯を待ってあくびを噛み殺していると、こちらにズンズンと近付いてくる大きな人影に気付きました。
ちょっと面倒でしたが、仕方なく目を上げてそちらを向くと、勤務明け訓練前に厨房で会った強面の料理長が目の前に立っています。
そして、無言でこちらに差し出してくる小皿には、拳大くらいの焼き立てパンが一つだけ乗っていました。
「試食だ。」
目を瞬かせていると、料理長は一つ咳払いしました。
「ここのパンを不味いと言ってるようだが、焼き立てはそこそこだ。だが、いつも焼き立てなどは出せない。」
むすっとした表情の料理長は、あれから色々と考えてくれていたようです。
ただ、向かった先が残念。
そうじゃないんです。
「炙ったって美味しいんだから、焼き立てなら美味しいに決まってる。いつも焼き立てが提供出来ないのも当たり前だ。」
そう返すと、料理長は訝しげな顔をしました。
小皿を受け取って、半分に割ります。
それをまた更に半分にしてから、取り敢えず美味しく頂きます。
それから、片方を料理長に差し出しました。
「試食なら、料理長も食べるべきだ。」
目を瞬かせる料理長の手に無理矢理押し付けると、戸惑い顔の料理長にふっと笑ってみせました。
「時間の経過でどれだけ味が変わるか試す為の試食じゃないのか?」
ダメ押しをして始めて意図を悟った料理長は、何とも言えない顔でパンを口に入れました。
その間に夕食を運んで来たケインズさんが料理長とこちらを交互に眺めています。
その後ろからひょこっと一つ顔が覗きます。
「まあ、今日だけは、レイナードに特別メニューがあっても許されるんじゃないか?」
言っていきなり隣に座って来たのは、魔法訓練必須組の同じ隊の先輩騎士さんです。
当然お隣するのは初めてですし、何ならまともに話し掛けられたのもお初じゃないでしょうか。
そんな雰囲気が伝わったんでしょうか、先輩騎士さんは自己紹介してきました。
「記憶喪失なんだったな。俺はお前と同じ隊のオンサーだ。」
オンサーさん、いきなりどうしたんでしょうか。
レイナードに対して好意的な態度なのは、びっくりです。
驚きが全面に出ていたんでしょう、オンサーさんは苦笑を浮かべて更に話しかけて来ました。
「あのな。まあ何ていうか、今日のあれを見て、俺もお前を感心して見直したって事だ。お前変な奴だよな? 記憶が飛んだら、全く真逆の性格になるなんてな。」
真逆、でしょうか。
まあ、話を聞く限り、絶対真似出来ない性格だとは思いますが。
向かいの席にはレイナードの夕食トレイを置いてから回り込んだケインズさんが座ってうんうん頷いています。
オンサーさん、ケインズさんよりは少し年上の30歳くらいでしょうか。
「レイナードはまだ19歳ですし、まだまだ人格矯正も可能だったってことじゃないですか?」
ケインズさんの発言で、レイナードの年齢が発覚しました。
何と20歳未満だったとは、男性の年齢って分からないものですね。
そういえば、ここでの成人って何歳なんでしょう。
平均寿命が短いと次世代を早く残す為に成人認定年齢が低くなる傾向があるんですよね。
魔法を使って戦う騎士団があるくらいですから、戦争で命を落とす率は高いんじゃないでしょうか。
そうなると、やはりレイナードは成人済みの可能性が高いですかね。
幾らコネで騎士団にぽいされたとしても、見習いじゃなく正規の騎士身分のようですから、年齢的にやはり成人しているんでしょう。
「レイナード様が記憶喪失で人が変わったみたいになったって噂は本当だったんですね。」
とこれは、いつの間にかオンサーさんの反対隣に座った料理長です。
「ああ本当にな。中身別人になったって言われても驚かないな。」
オンサーさん、思いっきり冗談を言ってみたようですが、笑えません。
ぎくりですよ。
でも、表面上はレイナードの美貌にキョトンとした表情を浮かべて、コテンです。
ほら、周りの皆様、黙りました。
「何だかなぁ。この顔で無邪気で無自覚とか、逆に心配になるな。レイナードお前な、変な女に捕まるなよ。」
え? 心配症ですね。
以前のレイナードは、真逆だったんじゃ?
「そうなんですよ。迂闊に兵舎から出さない方が良いんじゃないかと思う時があって。でもコイツ、そうかと思うと中々良い根性してますから、そう簡単には捕まりっこないとも思うんですよ。」
ケインズさんが同意してるかと思いきや、自棄っぱちの行動に言及されてますね。
「あー、確かに。殿下に対しても遠慮なしだからな。別の意味で心配だわ。」
あれ? 結局心配なんじゃないですか。
何気に、騎士団の人達良い人達なんじゃないかっていう気がしてきました。




