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 静かに開いた扉の向こうにはベッドが一つ、箪笥や椅子などの家具が幾つか置かれていましたが、それだけで手狭だと思えるような小ぢんまりとした寝室でした。


 その寝室の奥のベッドには誰か人が寝ているシルエットが見えます。


 ドキドキと自らの心臓の打つ音が聞こえるような気がしながら、慎重に近寄ったベッドの中を覗き込むと、微かに上下する胸元と、深く静かな寝息が微かに聞こえて来ました。


 そして、その様子とは裏腹に。


「あ〜そういうことね。」


 呟いてから、肩の辺りを振り向きました。


「ノワ。こうなること分かってたでしょあんた。」


 確信をもって言い切ると、途端に姿を見せたノワがふっと微笑みました。


「それはそうでしょう。条件は同じなんですから、王子様の魔力も混迷を極めてるに決まってます。我が君と違って私が整えた訳じゃありませんから。」


 当たり前のように言い切ってくれたノワに、深々と溜息が出ました。


「ホントろくでも魔人よね、あんたって。」


 つい言わずには居られなくて口にしてしまうと、それは嬉しそうに微笑み返されました。


「お褒めに預かりまして〜。」


「褒めてない。それならそれで、何で殿下の魔力も整えてくれなかったのよ。」


 恨みがましく詰ってみせると、小さな肩を竦められました。


「ええ、嫌ですよ。我が君だから役得感もありましたけど、王子様となんて絶対に嫌です。」


「いや、あの手段以外にも方法あるでしょ?」


 確かにシルヴェイン王子相手にノワがキスするシーンなど想像したくもありませんけどね。


「そう仰いますが、あれが一番効率の良い調整法なんですよ? それに、何事も中途半端が一番厄介で面倒事を引き起こすんですよ。」


 そんな事を言い出したノワに精々じっとりした目を向け続けます。


「良いですか?我が君。王子様が我が君の帰還前に中途半端に元気になって動き回ったり捕まったりされると、我が君も身動きが取れなくなる可能性が高かったんですよ? 我が君が帰るまで大人しくここで待たせた方が結果良かった筈なんです。」


 尤もらしく語り切ったノワですが、変わらないこちらの態度に、すっと目を逸らしました。


「気を揉ませたヒーリックさんにも申し訳ないと思わないの? それに、殿下がこの状態のまま捕まってたら? 何よりも殿下がそういう状態になってるって私に言わなかったのはダメだよね?」


 冷静を装ってそう糾弾すると、少しだけ口を尖らせたノワがコツンと腕に頭をすり寄せて来ました。


 その様子がちょっと可愛い、とか絆されたりしませんからね!


「ぐっ! とにかく、殿下何とかしなきゃ!」


 無理やりそんなノワから目を逸らしてシルヴェイン王子の方に目を向けます。


 相変わらず身体の中に、最近知った自分の真珠色の魔力と、シルヴェイン王子の金色の魔力が混在していて、混ざり切らないそれが絡まり合っているようです。


「・・・我が君が、何とかしてあげれば良いんですよ。ご自分の魔力なんですから、取り戻すのも使うのも、自在でしょう?」


 そう少しだけ不貞腐れたような口調で言うノワの言葉に、確かにと目を瞬かせてしまいました。


「ふうん? で、具体的な方法は?」


 いつの間にか後ろにいたテンフラム王子がシルヴェイン王子を覗き込みつつそう問い掛けています。


「だから、魔力は呼気を通すと一番扱い易くなるんですよ。」


「はい?」


 嫌な予感がして問い返すと、チラッとこちらを見上げたノワの顔がにやりと笑っています。


「また担ぐつもり? その手は食わないわよ?」


「我が君、幾ら何でも失礼ですよ? 私は役得だったと言っただけで、他のを捨てて無理やりその手段をとった訳ではありませんよ? 嘘偽りなく、成功率が一番高いからです。」


 言い切ったノワは頑なな表情をしていて、これは嘘じゃないなと判断出来たのですが。


 それはそれで、とても困ったというのが本音です。


「ええ? えっと、いやその。そんな本人の同意もないのに、ね? いやいや無理でしょ。」


「人命救助なのに? 人工呼吸だと思えば。」


 そんな台詞で乗せてこようとするノワに、やはり踏ん切りが付かずに後ろを振り返りました。


 と、部屋の入り口からこちらを覗くヒーリックさんがそれは気まずそうにケインズさんをチラチラ見ています。


 その隣で、あからさまに横を向いて目を逸らしたケインズさんに、こちらも物凄く複雑な気分になります。


 そして、その後ろからこちらを覗き見ているリーベンさんは、遠慮のカケラもなくこちらをガン見です。


「うん。無理。混ざってる私の魔力を使って促進魔法掛けて、身体の調子と魔力を整える。」


 目を戻してそう宣言すると、ノワが腕を伝って手に近付いて来ます。


「ですから、その手段は?」


「手を握って、殿下に混ざってる私の魔力を集まれって引き寄せればいいでしょ?」


 途端に、ノワが微妙に渋い顔になりました。


「また我が君は、それ転移魔法だって分かってますか? 一度我が君の元を離れてる魔力ですから、ご自分の魔力を手の中に集めるのとは訳が違うんですよ?」


 そこで、そういえばケインズさんが魔物討伐任務で大怪我をした時の治療の事を思い出しました。


 ケインズさんの体内にあった毒を、転移魔法で身体の外に取り出したんでした。


 あの時は転移させたものが人ではなく、距離も触れられる程に近かったから、消費は多めでもそれ程の負担も感じませんでした。


 それなら、今回も直ぐ側のシルヴェイン王子から元自分の魔力だけ引き寄せるのだから不可能ではないような気がします。


「うん、出来る気がする。」


 そう宣言してから、上掛けの下に収まっているシルヴェイン王子の手をそっと引き出して握りました。


 と、今日も大人しく抱っこ紐収納されていたコルちゃんがパッと飛び出して来て、シルヴェイン王子の眠るベッドに飛び乗ります。


 同時にこれまたいつの間にかベッドの上のシルヴェイン王子を挟んで向こう側に、ジャックがちょこんと座り込んでいます。


「あ、そうか。コルちゃんとジャックは、もしかして殿下の中の私の魔力を吸い出せたりする?」


 こちらの余剰魔力を取り込んで聖獣化しているという2匹なら、殿下の中から引き出すことも出来るのかもしれません。


「うーん。はっきりとは分かりませんが、王子様の中にある我が君の魔力は、元々王子様のものじゃありませんからね。もしかしたら我が君から離れた余剰魔力扱いで、この2匹には吸い出したり出来るかもしれませんね。」


 ノワからもはっきりしないながらもそれらしい言葉が貰えて、ちょっとホッとするような気がしました。


「それじゃ、私が殿下の中の魔力で促進魔法をかけるのと並行して、コルちゃんとジャックも殿下の中から私の魔力だけを吸い出してくれる?」


「キュウ!」


「キーィ!」


 元気な鳴き声に頷き返してから、シルヴェイン王子の手を改めて両手で包み込んでから、額を寄せてその先にある自分の魔力を意識しながら呪文を唱えます。


「殿下の中を流れる私の魔力、殿下の魔力から離れて、殿下の魔力の通常活動を補助して。それから、休止中の身体の活動を促進。」


 唱えてみたものの、やはり一度こちらを離れた魔力は元通りとはいかずに使おうとすると反発感があります。


 王都を出る前に見た殿下の様子を思い浮かべながら、殿下の中の魔力に圧をかけて従わせていきます。


「キュウ!」


「キーィ!」


 コルちゃんとジャックの声が聞こえた気がして目を開いたところで、殿下の片手を包み込んでいた両手の上からはしっと大きな手に包み込まれました。


「行くな。」


 掠れたような声は驚く程近く、前方から聞こえて、はっと目を上げると、潤んだような赤紫色の瞳と目が合いました。

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