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「さて、それをもっと確実にする為にも、甥から直接話しを聞きたい。いきなり捕まえたりはしないと約束するから、居場所を明かしなさい。」
と、油断したところに捩じ込んで来た王弟殿下、流石ですね。
「クイズナー隊長も捕まえたんですから、そこから聞き出すつもりだったんじゃないんですか?」
シルヴェイン王子の様子が分からない以上、少しでも時間稼ぎが必要でしょう。
実際には、シルヴェイン王子の所在を大凡でしか掴めていないはずのクイズナー隊長からはどんな手段を使っても正確には聞き出せないはずです。
ルーディック団長も踏み込んで来た第一騎士団の人達にクイズナー隊長を引き渡すのは仕方のないこととしても、ケインズさんのことは庇って渡さなかったのではないでしょうか。
それくらいのことは汲み取ってくれたと信じています。
だからこそこちらは踏み込んでくる前に窓から逃亡するという暴挙に出たのですから。
マーシーズさんも大凡を察していたようですし。
「・・・全く油断ならないな。つまりクイズナーからは甥の所在は聞き出せないということだな。」
王弟殿下、やはり侮れないですね。
「ならば誰が知っている? 捕らえて尋問するから言ってみなさい。」
「・・・こわ。遊びは全くなしですか?」
少しだけその空気を緩めてみようとしますが、王弟殿下からは凍れる冷気が漂って来るだけです。
「これでも余裕のないこちらが大幅に譲歩しているのが分からないのか? お前自身に準備の猶予が欲しいなら、甥は引き渡せ。」
「直ぐには捕まえないって言ったじゃないですか。」
そうぐちぐちと濁してみますが、深々とした溜息が返って来ました。
「甥がまだ身動き出来ない状況ならば、勿論動かすようなことはしない。話しを聞くだけだと言ったはずだ。それだけでも上を説得する材料に出来るだろうと折れているのだぞ? 逆に動けるのならば、アレも戻って自らの口で弁明したい筈だ。」
「安全が保障されるかも分からないのに?」
シルヴェイン王子を陥れようとしている者達にとっては、今回は一世一代の好機になる筈で、万全ではないシルヴェイン王子をそんなことで煩わせなくないというのが本音です。
「それに尻込みするくらいなら、アレも今の地位など捨てれば良いのだ。逃げられない場面というのは誰にでも存在する。それを乗り切れなければ、どの道この先はない。お前に庇われて隠れているようではアレに未来はないのだ。」
冷たい口調で言い切った王弟殿下の言うことにも、確かに一理はあると思います。
ですが、どう考えてもこちらのとばっちりであんな目に遭ったシルヴェイン王子を、ここで放り出すことなど出来ません。
「分かりました。現状を確かめて本人の意思に従います。だから、こちらも少しだけお時間下さい。」
途端に来たそれは深々とした溜息に、チラッと目を上げて窺い見てしまいます。
「まあ良い。とにかく、食事を終わらせなさい。その間に私の話しに耳を傾けるように。」
そう言って、王弟殿下はバンフィードさんにも着席を促した上で、リーベンさんの隣に座りました。
という訳で再開された昼食ですが、メインのお肉料理はすっかり冷めてしまっています。
が、それでもカトラリーを丁寧に使って食べたお肉は美味しかったです。
旅食との違いに感動しつつ噛み締めていると、ふっと失笑するような声が聞こえて来ました。
「マユリ殿にも聞いたが、食への追求に余念の無いお国柄なのだそうだな。」
この王弟殿下相手にそんな話しの出来たマユリさんは中々に大物かもしれません。
「そうみたいですね。狭い独立した島国だったから、昔からその限られた領土と資源を有効活用して、様々な工夫を凝らして少しでもいい暮らしを追求する気質が育まれたみたいですね。」
そんな世話話を挟みながら食事が終わり掛けまで進んだところで、また王弟殿下の視線を感じました。
見返した先で、何かを思い悩んでいた様子の王弟殿下と目が合いました。
「もう一度聞いておこう。お前は、アーティフォートでは駄目なのだな?」
前置きなしのその問いに、王弟殿下が何を考えていたのか分かった気がします。
「今、私が王太子殿下の元に着くのが一番国として都合が良いのは分かりますよ? それを取引き条件に出せば、王太子殿下擁護派閥が安心してシルヴェイン王子のことから手を引いてくれるだろうってことも。」
内の敵を減らして本命と当たるのが一番だというのは理解出来ますが、そこまでお国一番で動ける程の非情さも愛国心も持ち合わせていません。
「でも、無理です。私、シルヴェイン王子からの求婚にまだきちんと向き合えてないですし。落ち着いたところで2人できちんと話してみたいんです。」
「ふむ。それもそうか、まだ若いのだったな。」
息を吐きながらそう言った王弟殿下の雰囲気が少し緩んだようでした。
「エダンミールが駆け付けて来たら、事態は動き出す。恐らくあちらも、お前の暗躍に焦っているはずだからな、猶予もないだろうし、攻め口も巧妙に付け入る隙など見せないだろう。精々切り口は鮮やかに、磨き上げておくように。」
言いながら王弟殿下が席を立ちました。
「リーベンを我々の連絡係に。甥の元を訪れる時に連れて行くように。それで、今は目を瞑ってやる。」
これが王弟殿下としては最大限の譲歩なのでしょう。
「はい。それじゃリーベンさん、今日はこれから一日お時間貰いますね。騎士団の方は大丈夫ですか?」
折れて見せたこちらに、リーベンさんは少し驚いたようでした。
「あーはい。部下に任せたので大丈夫です。後々色んな筋から探りを入れられないように、妻に仮病でも使って貰うことにしますので、お気遣いなく。」
少しこちらに丁寧な口調を使い出したリーベンさん、何を元にどう考えたのやら少し複雑な気分になります。
その様子を確認してから、王弟殿下は頷き返すと扉に向かって行きました。
静かに部屋を出て行った王弟殿下を見送って、シメのデザート的なフルーツのゼリー寄せを食べていると、バンフィードさんの視線を感じました。
「レイ様。お腹一杯になりましたか? 私のデザートも食べますか?」
フードの中を覗き込むようにして言われて、目を瞬かせてしまいます。
「え? お腹一杯になりましたよ? 久々のちゃんとしたご飯で幸せ一杯です。デザートは大丈夫ですからバンフィードさんが食べて下さい。」
そう返しておくと、本当に大丈夫かと疑うような視線が来ました。
「食べ過ぎると晩御飯が食べれなくなるじゃないですか。夜は絶対ミンジャーの唐揚げとエールですから。」
「・・・渋すぎますね。庶民居酒屋ですか?」
リーベンさんが少しだけ呆れたような顔になっています。
「出発前に一回だけ行ったお店なんですけど、物凄く美味しくて。ただ、途中で魔物出現騒ぎがあって結局途中で帰ることになったので。旅から帰ったら絶対って決めてたんです。だから、付き合って下さい。」
バンフィードさんに向けて言うと、リーベンさんと顔を見合わせてから肩を竦められました。
「そこまで言われるならお供しますが、もっと良い店にもお連れ出来ますよ?」
「良いんです。こういうきちんとしたところのご飯も美味しくて好きですけど、庶民居酒屋の気取らない雰囲気も割と好きなんですよね。」
これは、根っからの良い家の出のバンフィードさんには分かって貰いにくい感覚かもしれません。
「そういうものですか。」
そう引き下がってくれたバンフィードさんに感謝しつつ、これからどうしたものかと考え巡らせ始めました。




