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扉を叩く音にさっと席を立ったリーベンさんは、心当たりでもあったんでしょうか。
過剰に警戒する様子はなく、ですが慎重に少しだけ扉を開いて叩いた相手を覗き見たようです。
それから、扉の向こうの人物と小声で何か話しているようですが、これには要警戒ですね。
バンフィードさんがさっと席を立って隣りに回り込んで来ます。
いざとなったら逃亡する経路を確認するのに、思わず2人で窓のほうをチラ見してしまいました。
因みに、コルちゃんは抱っこ紐の中ですが、ジャックは誰にも気付かれないように部屋の隅から窓の下に移動したようです。
何か目眩し魔法でも使って周りに溶け込んでいるのか、恐らくリーベンさんはジャックの存在に気付いていないんじゃないかと思います。
第三騎士団の営所の団長室から飛び降りた時から、ジャックはこそっと付いてきていたんですが、イヴァンさんたちにも気付かれていなかったようなので、隠密スキルでも持っているのかもしれません。
キイと小さな音を立てて開いた扉から、するっと人が1人入って来たようです。
そちらから庇うように前に立ってくれたバンフィードさんの影で、しっかりとフードを引き下ろしておくことにします。
バンフィードさんの影からチラッと覗き見た来訪者は、あちらもフードで顔を隠していますが、背格好から男性のようです。
「盗聴防止魔石は効いているようだな。だが、お互い誰かに見られる可能性を考えて、顔は隠したままがいいだろう。」
そう躊躇いなく話し始めた声には聞き覚えがあります。
ただ、この場に現れるとは思えなくて、首を傾げてしまいました。
「えっ? こんなところまで来て、色々大丈夫なんですか?」
ついそうぽそっと口にしてしまうと、あちらからは深々と溜息を吐かれました。
「真っ直ぐ戻るようにと言ったものをあんなところまで寄り道して、直ぐどころか暫く戻りそうもないとなれば、こちらから出向くしかあるまい? 私もこんなところまで来る暇などないのだがな?」
嫌味満々に返って来た王弟殿下の言葉には、乾いた笑いと共に肩を竦めておきました。
「まあ、こちらにも色々と事情と下準備があるんです。察して下さい。」
ここは、悪びれずにそう返しておくことにしました。
「まあいい、無駄に出来る時間はないのだ。本題に入ろう。私の甥は何処にいる?」
本当に濁すことなく直球で来た問いに、苦い笑みが浮かびました。
「・・・魔力を人から強制的に取り出して利用する、呪詛と魔法を使った装置に掛けられていたところを救い出しました。魔力枯渇寸前まで魔力を抜き取られていたところを無理矢理身体を動かして逃がしたので、今のご様子や状態は分かりません。」
わざと居場所を濁した状況説明をしてみると、王弟殿下とリーベンさんが息を呑む音が聞こえて来ました。
「・・・・・・そんなことが、可能なのか?」
王弟殿下の漏らした問いはこれまで見て来た被検体だった孤児達が証明してくれるでしょうが、晒し者にするのは可哀想な気もします。
「これまで、上の方達が気付かない内に、この国では相当色んな人体実験が行われていたようなんです。」
「・・・そうか。確たる証拠があるようだな。それは、慎重に確保しておくように。もしも、それに手が必要なら言いなさい。」
流石は有能な王弟殿下、話しが早いですね。
「そうですね。困ったらお願いします。それから彼等のその後の支援もお願いします。」
「それは、出来る限りで約束しよう。」
シーラックくん達と双子のメリルちゃんとリムルくんの姿が頭に浮かびました。
これで、国から支援を受けられる環境で未来を模索出来ることになったかもしれませんが、それが新たな研究材料になる懸念は消せませんね。
「でも、何をするにしても彼等の意思は尊重してあげて下さいね。」
ここはしっかり釘を刺しておこうと思います。
「甥の無実の証明をしてくれるのならば、勿論その通りにしよう。」
「・・・あのですね。証明云々の前に、人としての尊厳の問題です。これを無視すると、今回暗躍してた人達とやってることは同じってことになりますからね!」
ここは語気を強めて主張しておきました。
「・・・・・・成る程な。あの甥が心を許す理由が分かった気がするな。王家の嫁として表立てても悪くない。」
「はい? 何故今そんな話しに?」
どうしてそう繋がったのか全く分かりませんでしたが、今はその方向じゃ無いはずです。
「そうだな。だが、ここからのお前の動きを確認しておきたい。一体この事態をどうする腹積りだ? 甥を引っ張り出すのか?」
最早、シルヴェイン王子の所在すら傍に置くことにした王弟殿下には、冷や汗が出る気がしました。
「昨日も説明しました。守護の要は私が何とかします。エダンミールが援助するよりも、私が応急措置的再稼働を行いながら長期戦で完全修復を目指したほうが早くて安全に元通りに出来るはずです。」
「それについては、王城魔法使い達の意見も聞かなくてはならないだろう。君は彼等の前で具体的な方法を示さなければならない。」
それはまあそうなるでしょうが、そこで邪魔されないようにする為には、始めから全てを晒したくないというのが本音ですね。
「私というか、この人の母方の血筋についてはご存知ですか?」
それに、王弟殿下はすっと目を細めたようです。
「守護の要の土台の装置を私が修復して稼働出来れば、一先ずこの王都の現状を打開出来る筈です。そしてそれは、今現在、私にしか出来ない一番な方法じゃないですか?」
「・・・出来るのか? そこまで言い切るということは、根拠と自信があるのだろうな?」
王弟殿下が慎重になるのも無理ないことでしょうが、根拠や自信などあるはずもありません。
「だから、オブザーバー呼んでる上に、下見をしてみたかったんですけどね。」
「それは、今の段階では許可が降りないだろうな。」
そこは、真正面から向かっても無理だということが分かった気がします。
そもそも王城魔法使いが信用出来ないので、なし崩しでこちらの思い通りに守護の要修復に入る方法を使うしかないでしょう。
「出来ればやりたくないと思っていたんですけど、強引に話を進める方法があります。その為には、以前チラッと提案していた案を採用して貰った方が効果的かもしれないので、検討しておいて貰えませんか?」
「・・・何をやるつもりだ? 失敗したら後の無い方法には手を貸せないが?」
王弟殿下の口調が冷たくなって来ますが、ここで引き下がる訳にはいきません。
「何を言ってらっしゃるんだか。始めから、私が介入しなければ後などないんですけど?」
強気の言葉には重い沈黙が来ます。
「ミルチミット、今日初めて見ましたけど、部下に呪詛付き魔石を使わせてましたよ? 砕いておきましたけど。それがなければ魔物が守護の要を目指してきて暴れるような呪詛が組まれてました。」
これにはまた、周りから息を呑む音が聞こえて来ました。
「確かに、あの男ならばエダンミールに繋がりがあってもおかしくはないが、そんな人目がある場所で思い切ったことをするとは信じられん。」
苦い口調で吐き出した王弟殿下にこちらも口元を苦くします。
「人目があったところで、呪詛を目視出来るのは聖なる魔力を持つ神殿関係者か私達のような異世界転移者だけでしょう? 発覚率はかなり低いですよ? それに、その部下は使い捨て予定で彼自身の命をかけた呪詛が組まれてましたから、成功しても死人に口無しですよ。何とでも言い訳出来る。例えば、その彼の独断でミルチミットは知らなかったとか被害者面すれば済む。」
「・・・・・・信じられないというのが本音だが、君の見立てが全て正しいとしたら、そこまでの思い切った手段を取っていたとしても不思議ではないな。」
漸く実感を持ってくれた様子の王弟殿下にはホッとする気持ちが生まれました。




