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庶民食堂とは程遠い個室のあるレストランの一室に通されて、テーブル一杯に料理を並べた給仕係が部屋を出て行くと、リーベンさんが盗聴防止の魔石を発動させてテーブルに置きました。
「さて、色々言いたいことも聞きたいこともあるが。まずはバンフィード、幾ら旅先とはいえ寵児殿の食事にくらい気を遣って差し上げろ?」
何を言い出すかと思えばと、バンフィードさんと顔を見合わせてしまいました。
「庶民食堂で良いから美味しいものが食べたいなんて、貴族のお嬢様が泣けるぞ?」
そう取られましたかと、乾いた笑いが浮かびましたが、バンフィードさんは何か衝撃を受けたような顔でこちらに目を向けました。
「そんなに我慢させていましたか? 申し訳ございませんでした。」
何かのスイッチが入ったように少し潤んだ目で謝ってくるバンフィードさんに、首を傾げてみせました。
「何がですか? 別に旅の途中が携帯食だったりするのは仕方がないことですよね? そんなことを一々謝らないで下さい。そうじゃなくて、せっかくご飯食べに行くなら、高級料理じゃなくてもいいから美味しいもの食べたいじゃないですか。」
そうきちんと主張してみると、リーベンさんもバンフィードさんもパチパチと目を瞬かせました。
「また随分と華奢になられたようだから、ろくな食事も出来なくてご苦労されたのかと思いましてな。」
そう言い訳してくれたリーベンさんの発言で、元のレイナード女性版のレイカから若干体格が変わったことを思い出しました。
「・・・それは食べ物の所為じゃないのでほっといて下さい。」
「いや、申し訳ない。色々と大変な思いをされたのだろうと。」
最後まで言及しなかったリーベンさんは、この王都での騒ぎのことやら色々と含んだ話題を持ち出そうとしているのかもしれません。
「リーベン副隊長さん、取り敢えずご飯冷めるので先に食べてからで良いですか?」
取り敢えずワンクッションと、本当にお腹も空いていたので、そう言ってみると、リーベンさんには肩を竦められました。
「そうですな。どうぞ遠慮なく召し上がって下さい。」
口にしてはそう勧められたので、ありがたく頂きますをすることにしました。
まずは彩りよく盛られた野菜とハムかテリーヌのような前菜です。
フォークでなるべく少量を取って、お上品に見えるように口に運びます。
少し苦味のある葉物野菜と、酸味のあるドレッシングと少し塩気のあるハムが、絶妙な味バランスで、とても美味しいです。
「騎士団を辞めて実家の領地に帰っていると聞いていたが、そのお前がまた何故レイカルディナ嬢と?」
どうやらリーベンさんはこちらは放っておいて、バンフィードさんから先に話しを聞くことにしたようです。
「呪詛にかかって死に掛けていたところを、レイカ様に助けて頂いたのです。」
「呪詛? 王都だけではなく同じような呪詛に遭うものがいるということか?」
やはりその辺りまでまだ報告が上がっていない状態なのでしょう。
前菜を食べ終わったところで、一度食事の手を止めることにしました。
「リーベン副隊長。私達は王都を出てから大神殿に向かう間に、色々見て来たんですよ。だからこそ気付けたことがあって。それに対して色々とやって来たこともあるんです。そこからの考察も出て来ましたし。結論としては、この国は今大きな脅威に晒されてます。言っておきますが、それは王都の守護の要がどうとかいう話しではなくて。この国全体に関わる話しです。」
かなり長い前置きになってしまいましたが、リーベンさんは少しだけ眉を顰めつつも黙ってこちらに目を向けてくれています。
「・・・レイカルディナ嬢、いきなりそこから始められますか。てっきり私を信用するのにバンフィードも絡めて一頻り話してからだろうと予想しておりましたから、ちょっと間に合いませんでしたな。」
何のことやらという言葉が返ってきましたが、時間を無駄にしている余裕はお互い無いはずです。
「バンフィードさんは、ちょっと思い込みが激しいというか、変態気質というか、まあちょっとアレなところもある方ですけど、そこに巧妙に隠しつつも実はかなり出来る部類の方だと思うんですよ。」
微妙な顔になったリーベンさんとバンフィードさんですが、気にせず続けたいと思います。
「そのバンフィードさんが、身バレしたのに慌てることもなく、私との接触を遮ろうとしなかったんです。それは多分、リーベン副隊長が信頼に値する人物だからだろうと思ったんです。」
それに、2人とも何処かむず痒いような顔になっています。
と、バンフィードさんがリーベンさんに向き直りました。
「レイカ様は、無茶も無謀も平気でする人ですけど、実はその裏で色々考えて行動している人ですから。私は一先ずお任せしてお守りする事に専念しようと思っています。」
「・・・ほぉ。お前がな。随分と惚れ込んだものだな。」
そんな微妙な話しに流れて行きましたが、バンフィードさんはふっと笑って首を振りました。
そのままフードを脱いだバンフィードさんは少しだけ怒ったような顔をしていました。
「冗談でも止めてください。レイカ様に敬意を抱く事は出来ますが、好きや惚れたは絶対に有り得ません。」
言い切ったバンフィードさんには、ホッとして良いのかムカつけば良いのか微妙に分かりませんね。
「んー、だがな、若い男女だ。絶対はないんじゃないか?」
そこでチラッとこちらを見るリーベンさん、物凄く余計なお世話です。
「本当に止めてください。アルティミアに誤解されてレイカ様のお側に居られなくなったら、恨みますよ?」
「いや待てそれは、何処から突っ込んだら良いんだ?」
混乱顔のリーベンさん、その気持ちよく分かりますよ?
「まあ、何となくですけどね、この意味分かんない人の思考回路を纏めるとですね。」
ここで割って入ることにします。
「バンフィードさんはアルティミアさんが大好きなんですよ。だから、遠からずアルティミアさんと結婚するんじゃないですか? それで、私の魔力はバンフィードさんにとっては猫にまたたび的な作用があるみたいなんですよ。だからその大事なマッサージ器を守ってくれようとしてるんですね。」
的確な解説じゃないでしょうか?
「は? レイカルディナ嬢に助けられた作用なのか?」
「まあ魔力につきましては。そのようなこともあるようです。」
そこでチラッと視線を逃がしたバンフィードさん、素直に認めてくれないでしょうか。
「ですが、私はレイカ様をやはり敬愛申し上げているのです。騎士としての忠誠を捧げたい唯一のお方です。」
「魔力が心地良いから?」
ここは即行で混ぜっ返しておきますよ!
何か怖いですからね。
「それは、ご褒美的なもので。それが理由ではありませんよ? 貴女と出会って貴女の魔力に触れて、貴女のお側に居る内に、貴女という人が周りに与える全てが尊いと思うようになったのです。」
「・・・ヤバい、宗教の教祖いけるかも。リーベンさん、私誓って洗脳とかしてませんからね!」
全力で逃亡に入りますが、リーベンさんは何か生暖かい視線をくれました。
「まあ、その内はっきりするだろう。それまでこれは放っておくことにするとして。そろそろ私を信用してくれるなら、レイカルディナ嬢もフードを取ってくれないだろうか?」
言われて初めてフードを被りっぱなしだったことに気付きました。
何かとトラブルの元になるこの容姿を隠す為に、旅の間中宿の部屋に入るまでフードを被りっぱなしだった所為で気にもなりませんでしたが、良く考えたらきちんとしたレストランで個室とはいえフード被りっぱなしで食事は宜しくなかったですね。
「あ、済みません。・・・でも、やっぱりこれはまだ隠しておきたいかも。」
そうお断りの言葉を口にしたところで、個室の扉を控えめに叩く音が聞こえて来ました。




