302
「ほ〜らポチ! 今度は垣根を壊すなよ! 取って、こおーい!」
かなりの大声量で叫んで風魔法付加までして投げ上げた茶色のボールは、目で軌道を追えないような速さで、それに襟巻きトカゲの魔物は嬉々としたギャッという声を上げつつ追い掛けて走って行きます。
かれこれ6回目のボール投げをしたバンフィードさんは、心底疲れたような目でこちらを振り返りました。
「まだ、ですか?」
その不満そうな問いは、リーベン副隊長さんに丸投げすることにして、そちらに視線を流しました。
「もうしばらく・・・」
「リーベン副隊長! 王城魔法使いの方が到着されました!」
リーベン副隊長が宥めるような言葉を言い掛けたところで、リーベン副隊長の部下の人がこちらへ慌てて向かって来つつ報告するのが聞こえて来ました。
襟巻きトカゲな魔物がボール遊びをしている通りとは別の道から王城魔法使いがやって来たようですね。
漸くこれでお役御免でしょうか。
という訳でそちらに向かって行くリーベン副隊長をそれとなく見守っていると、王城魔法使いのローブを着た魔法使いが3名、騎士達に混じって話しているのが見えました。
前に立って代表して話しているのは、50歳前後に見える偉そうな魔法使いです。
そして、その後ろに控えて守護の要の収められた建物をじっくり観察するように見ている魔法使いには見覚えがあります。
王城魔法使いの塔で雷を閉じ込めた球を見せた時から、ちょくちょく顔を合わせることになったジオラスさんですね。
時折、レイナードを研究対象にしたそうな顔をしていたので要警戒対象として頭に入っている人です。
もう1人の魔法使いに見覚えはないですが、まだ新人なのか何処かオドオドした様子に見えます。
「何? 一般人の魔法使いの協力で? 勝手な事をして守護の要に何かあっては! こうしてはいられない、ここは一つ扉を開いて中の様子を確認してみた方が良い!」
「いえ、お待ち下さい。王弟殿下や王太子殿下よりも、今守護の要の中には誰も立ち入らせないようにと厳命を受けております。」
王城魔法使いの代表者の人とリーベン副隊長さんとの間で交わされる会話が聞こえて来ます。
王城魔法使い代表の初めの発言から、警戒するような空気を放ち始めたバンフィードさんが、さり気なくこちらを隠すような位置取りに入ってくれました。
「何を? 守護の要とはいえ結局は魔法装置ですぞ? 王城魔法使いの我々が見て判断せずして、誰が修復の指揮を取るというのだ。殿下がたも直にそのことに思い至る筈。こうして結界を張りに来たついでに様子を窺って何が悪い?」
「ですから、許可が出るまでお待ち願いたいと申し上げているのです。ミルチミット副王城魔法使い長殿、ご理解頂きたい。」
聞こえて来たその名前に、思わず振り返ってしまいました。
出た!本当のエセ賢者!と心の中でツッコミを入れつつ、そろっとその様子を見ていると、バンフィードさんに頭をぐいっとこちらに回されました。
「この場を離れましょう。なるべく不自然ではないように。案内役の3人は、さり気なく次の辻に隠れてくれていますから、彼らと合流しましょう。」
声を低めてそう言ってくれるバンフィードさんに頷き返しましたが、どうしてもミルチミットの動向が気になります。
呪詛付きの小型魔石をこちらに投げ込んだのは、恐らく王都に潜伏している魔王信者の1人でしょうが、投げてからのドサクサでいつの間にか姿を消していました。
いつかは彼らも探し当てて罪を償わせなければいけませんが、今は守護の要をこれ以上破壊させないようにすることと、安全に修復を開始するのが先決でしょう。
リーベン副隊長は、どうやら王弟殿下から何か指令を受けていそうです。
それに従って、こちらを見逃してくれたと見て間違いないでしょう。
王弟殿下には、真っ直ぐ王城に戻らず守護の要を下見に来るのは想定内だったようですね。
「まあ良い。オルヴィンくん、始めなさい。」
ミルチミットが明らかに守護の要の方を向きながら、適当な仕草で新人くんに何か命じていますが、まさか彼に結界を張らせるつもりでしょうか。
「え? 僕がですか? 1人でやるんですか?」
「ん?まずは君がやってみなさいと言っているんだ。ダメならジオラスと私が張り直すからまずは試しなさい。」
「あ、はい。でも、僕自信が。」
「何だ? 君、結界魔法使いになりたいのだろう? 私と張り合うとか持ち上げられているランバスティス伯爵家の三男に負けたくないのだろう?」
何か聞き捨てならない台詞が聞こえて、やはりそちらに耳をそば立ててしまいます。
「あの若造は実際大したことはないが、財務次官の息子だからチヤホヤされているだけのことよ。私の見立てではお前の方が余程見込みがあると言っているではないか。」
「はあ、でも。コルステアさんの魔法結界、凄く緻密で。僕も直ぐにあんな風に張れるようになるでしょうか?」
そんな少々ムッとする内容のやり取りに黙って聞き入っていると、バンフィードさんにそっと手を握られました。
「だから、試してみなさいと副王城魔法使い長が仰っておられるのだ。実践が魔法の上達には一番だからな。」
そうジオラスさんの声が割り込んで、とにかく襟巻きトカゲの魔物が戻って来る前にと結界魔法の展開が行われるようです。
オルヴィンくんがこちらに向かって来るのに、バンフィードさんが手を引いて場所を空けることになりました。
丁度先程までいた辺りを境界に結界魔法を展開するようです。
オルヴィンくんは、肩掛けポーチから何か取り出して握り込み、反対の手を掲げてオドオドした声音のままでつっかえながら呪文を唱え始めます。
無意味に長い言葉を唱える間に魔物の通り抜けを禁じる文言がチラッと込められていました。
使う魔石は一つきりなのか、それに魔力を流して起点にするつもりなのか、そっと地面に魔石を置きました。
が、途端に感じた悪寒に似た感覚に目を凝らすと、魔石の中からゆらりと立ち上がった呪詛の帯が上に向かって伸びていきます。
ギョッとしてオルヴィンくんを始め周りの皆様を見回しますが、誰も呪詛の帯には気付いていないようです。
それもそのはず、良く考えたら呪詛が見えるのは、神官さんや転移者だけではないでしょうか。
呪詛の帯に目を凝らして文字を読み取ってみると、魔物を惹き寄せることと、触れると理性を失わせ凶暴化すること、そしてその対価として発動者つまりオルヴィンくんの生命力を使うことと読み取れました。
「あーダメでしょ、ほっとけないわ。」
そう呟いてから、そっとオルヴィンくんが置いた魔石に手を伸ばして魔力を流し込みます。
途端にパリンと甲高い音を立てて魔石が砕け散ったので、アフターケアもしておこうと思います。
「綺麗に結界張りたいなら、この魔石一つじゃ不十分だよ。」
「な、何するんですか! 魔石が!」
狼狽えるオルヴィンくんの隣で、手の平に乗るサイズの球形の結界魔法を作り込みます。
旅の途中で休憩所などにあった魔物避け結界を参考に、作用が外側を向くような結界を作っていきます。
小さな球の割に魔力消費は中々ですが、持続させるとなると維持の為の魔力媒体が必要になりそうです。
「はい。これを守護の要の前に置いとけば、暫くは魔物が寄って来なくなるよ。持続させたいなら、ここから魔力注いで。」
「・・・え? はい?」
混乱した顔になっているオルヴィンくんの手の上に魔物避け結界を置いて、バンフィードさんに目配せします。
「それじゃ、一般人は退散しますんで。」
そう言って足早に歩き始めましたが、直ぐにその背中を呼び止められます。
それを更に聞こえなかったふりでスタスタ歩きますよ?
「いやいや、待ちなさいそこの一般人、私はこの場の責任者だが、協力のお礼に昼食でも奢るから、すこーし話しも聞こうかな?」
追って来たのはリーベン副隊長さんのようです。
「は? 現場の責任者さんが現場離れて良いんですか?」
「うん。部下に任せたから大丈夫だ。因みに騒いでる王城魔法使い共のお守りもな。暫くは貴女の与えた玩具を弄るのに夢中になってくれるだろうしな。」
そう言ってにやりと笑い掛けてきたリーベンさんとは、ちょっとお話しした方がいいかもしれませんね。
「分かりました。庶民食堂で良いので、料理美味しいとこでお願いします。」
その要求に、リーベンさんはチラッとバンフィードさんと目を見交わして肩を竦め合ったようでした。




