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上空を放物線を描きながら飛んでくるのは、小さなキラッと光る魔石のようです。
それにはお約束通り呪詛の帯が絡み付いていて、明らかに守護の要の建物に突っ込んで行く軌道です。
投げ上げただけでそんな飛び方はしないので、呪詛で飛行の補助もされているのでしょう。
あれに手を触れずに捕獲するとなると、虫網とか玉網とかラクロスのクロスとか、そんな道具が要りそうですね。
「退け!」
「マズい、誰かあれを止めろ!」
そんな声が第一騎士団の騎士さん達の間で上がっているのを尻目に、建物を囲む庭木に絡む蔓植物に目を向けて魔力を練って働きかける魔法を使っていきます。
「細くしなやかに伸びて絡まれ。防魔防呪付与!」
呪文と共に、蔓がシュルッと伸び上がって絡まり合いながらその範囲を広げて行きます。
「何だ? 魔法?」
第一騎士団の人達が騒ついて、その視線が上空に伸び上がって網を作りあげていく蔓を辿っていきます。
蔓で作った巨大捕獲網に例の魔石がキャッチされてくるりと包み込まれます。
それがゆっくりとこちらに傾いて降りて来る頃には、それを追って来た様子の襟巻きトカゲの魔物が武器を構えた警備の騎士達を挟んで直ぐ目の前まで来ていました。
じいっとこちらを覗き見る目は爬虫類特有の縦長の瞳孔で、のっぺりとした顔には表情が見られません。
同じ竜種でも愛嬌のあるカランジュを知っているだけに、混じり気のない魔物はやはり怖いと感じてしまいますね。
その間に蔓草のほうは、魔石を球状に包んだ部分をポロリと切り離して縮んでいくと、元の蔓草に戻ったようです。
魔石を包んだまま切り離された蔓草は、硬化してくすんだ茶色のボールのようになっています。
足元に転がるそれを、どうしたものかと見下ろしていましたが、じいっと感じる視線に仕方なく顔を上げてみると、襟巻きトカゲの魔物と目が合いました。
その強い視線の中に、ゆらゆらと揺れるように期待の色が滲んでいるように見えたりだとか、無意味に足を踏み替えていたりとか、襟巻きの端が待ち切れないように時折ピクッと動いていたりするのは、きっと気の所為です。
「・・・バンさん。ほら、何かあの子待ってますよ?」
「・・・何でしょうか?レイ様。」
何かを分かりたくないのっぺりした表情のバンフィードさん、諦めて慣れるって大事な事だと思います。
でもその役目は、今回は絶対バンフィードさんにお譲りしようと思います。
「足元のボール。今こそ、ほ〜らポチ取ってこ〜い、の時間ですよ? 早く!」
指先でツンツン隣のバンフィードさんを突くと、物凄く嫌そうな顔をされました。
「ご自分でなさった方が効果的かと?」
「・・・無理。第一今の私の貧弱な膂力じゃ、ポチが満足する程飛ばせないし。」
これは嘘偽りなく事実です。
「・・・ポチ、なんですか?あれ。」
「ん? 気にしちゃダメ。ボール拾ってくる子はポチなの。」
何処かの誰かにダメ出しされる前に押し切りますよ?
「・・・拾って戻ってくるんですか? その後は?」
「何言ってるの? それは、もう一回っていう名のエンドレスコードでしょ?」
これはもう、言い切った者勝ちでしょう!
「・・・レイ様のご命令じゃなければ、胸倉掴んでふざけるなって叫びつつ地面に叩き付けてるところです。」
「・・・今だけは正気に戻らないで下さい。お願い。」
ゾッとしつつ反射でお願いすると、溜息付きでバンフィードさんが地面にしゃがんで茶色のボールを拾ってくれました。
「わ、分かりましたって。特別、握手券10枚付けますから。」
「・・・では、月に10枚で手を打ちましょう。」
ここでしっかり人の足下見て来るところ、本当はきっと侮れない人なんですよね。
「何それ月給? てゆうか、来月も? 今回のが落ち着いたらもう放っておいて貰って良いんですけど。」
「はい? 仰る意味が理解出来ません。貴女の護衛が不要になる日など来る訳がないでしょう? しっかりして下さい。」
何故お説教モードに入られたのか、こちらの方が理解出来ません。
「あっそうですか〜。早く投げてあげて下さい〜。ポチ待ってますから〜。」
やる気なくそう促すと、バンフィードさんがフードの隙間から、チラッとこちらを覗き見たようです。
それからボールを持つのと反対の手がポンとフード越しに頭に乗ってから、前に出ました。
「ポチ! 取って来〜い!」
言うなり大きく振りかぶったバンフィードさんは、綺麗なピッチングスタイルでかなり投げ上げ気味に前方にボールを飛ばしました。
途端に目にも止まらぬ速さで踵を返した襟巻きトカゲの魔物が、ボールを追ってキラキラした目で走って行きました。
そして、その場に残された納得出来なさそうな空気が居た堪れませんね。
「あれは、戻って来るんだな?」
気を取り直したように寄って来た第一騎士団の責任者っぽい人に言われてこくりと頷き返します。
「それは、取って来いって言いましたからね。もしかして、持ってけ泥棒〜って言った方が良かったですか?」
「・・・まあ、どちらかと言えばな。」
何か疲れたような口調で言った第一騎士団の人は、気を取り直したようにこちらを向きました。
「何はともあれ、魔法使い殿、ご協力感謝する。こうして魔物の気を逸らして貰っている間に、結界魔法を張れる王城魔法使いが駆け付けて来る筈だ。」
それには、首を傾げてしまいます。
「結界魔法を張って入れなくなったら、魔物は諦めて帰るんですか?」
黙っていられずにそう問い返すと、第一騎士団の人は少しだけ皮肉な笑みを浮かべました。
「何故かは分からんが、王都に出没している魔物達は、長くは生きられないようなのだ。」
「それは、微弱でも継続している守護の要の作用のお陰?」
腑に落ちなくてそうすかさず問い返すと、考え込む顔付きになった第一騎士団の人がボソボソと続けます。
「・・・それは、何とも言えないそうだ。本来王都に出没する筈のないああいった魔物の場合は、だからな。守護の要が弱体化したお陰で王都に入り込んでしまった小型の魔物などはその限りではなく。だから第三の連中が殲滅している。それに、その小型魔物達は、ここを目指して来る訳ではないからな。」
「ん? その本来は王都に出没する筈のない魔物は、守護の要を目指して来るんですか? 絶対に?」
それは確実に何か仕掛けがあるってことじゃないでしょうか。
「守護の要が弱体化する事件があってからな。っと、これはしゃべり過ぎたな。」
そう目を逸らしつつ溢し終わった第一騎士団の人は、ほんの一瞬だけチラッとバンフィードさんに目を向けたようです。
「お前が付いてるとは思わなかったが、しっかりお守り申し上げろ。まあ、帰ったら私の口から上には報告を入れることになるがな。」
「・・・バレましたか、リーベン副隊長。」
「お前なぁ。元上司相手にフード被ったくらいで誤魔化せると思ったのか?」
どうやらリーベン副隊長様、第一騎士団に所属してた頃のバンフィードさんの上司さんだったみたいですね。
そして、こちらの身元は完全にバレているようです。
「あのぉ。捕まえられたりしないですよね?」
「ん? 何のことかな? 貴女がどなたか名乗ったり特定されるようなことでもされましたかな? 守護の要を守る為に協力してくれたどなたかも知らない一般人を捕える理由はないのでは?」
この念押しには、ぐっと押し黙るしかないですね。
何故かは分かりませんが、リーベン副隊長さんはこの場は見ないふりをしてくれるようなので、ここは大人しく退散した方が良さそうです。
与えられる猶予期間はそう長くはなさそうですが、今の内に出来ることは全てやってしまいたいところですね。




