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イヴァンさん達に宿の確保をして貰ってから、遂に守護の要を見に行ってみることにしようと思います。
「あとは、食料の買い出しなどなさいますか?」
「えっと、それも行きたいですけど、その前に行っておきたいところがあって。」
そう曖昧に返してから、精神体の時に上空から見た守護の要のあった方へ向かいます。
精神体だった時は、魔力がダイレクトに見えたので、行き先に迷うこともなかったのですか、実際に道を歩いて行くと建物で前を塞がれたり、道が曲がっていたりと、中々目的地に辿り着くのは難解でした。
「あの。何処に向かってるんですか?」
遂にはイヴァンさんにそう問い掛けられて、正直に答えて良いものか迷ってしまいます。
「このまま真っ直ぐ進んで次の辻を左です。ただ、そこからは警備がいる筈ですが、どうします?」
行き先の予想が付いていた様子のバンフィードさんが答えてくれますが、それに他の3人も驚いたように目を見開いています。
「えっと? 今あそこは第一の連中が厳重警戒してて、物凄い警備体制ですよ? 俺達がちょっと近付いただけで、飛んで来て追い払われるんですよ。」
「うーん。それはそうだよねぇ。下見したかったのに。これはぶっつけで行くしかないのかなぁ。」
ぼやいてみせると、バンフィードさんに少しだけ鋭い目を向けられました。
「レイ様。気が緩み過ぎです。こんなところで垂れ流さない。」
珍しく真面目モードのバンフィードさんにお説教されてしまいました。
確かに、イヴァンさん達の前で溢すことじゃなかったですね。
「はあい。分かりました〜。はあ、これは今夜は美味しいミンジャーの唐揚げでも食べながらエール飲まなきゃやってられませんよ。」
「・・・レイ様。庶民的ですね。」
「ええ、根が小市民なので。」
そんなバンフィードさんとのやり取りを、イヴァンさん達が不思議そうな目で見ている視線を感じます。
「ミンジャーって、庶民の居酒屋料理だよな?」
そんな言葉をボソッと呟くザクリスさんにテュールズさんとイヴァンさんもうんうんと頷き返しています。
「レイさんって謎ですよね? 男装であれだけ綺麗な人だから、実物はもう俺達なんかがジロジロ見ちゃいけないような凄い美人さんなんだと思うんですけど。」
「性格が、自由だよなぁ。」
「でもほら、悪い意味じゃなくてな。それにまあ、どんな風でも俺達は何処までもお供して行って、従うだけだ。」
そんな斜め方向な纏めにこれまた3人がうんうんと頷き合っているのが、こちらとして全くもって納得出来ません。
「うん。分かっていますね、同志達よ。」
それにいきなり同調し始めるバンフィードさん、凍える寒さですからやめて下さい。
「私も、あなた方と同じくレイ様に命を助けて頂いたんです。ですから、これからはレイ様をお守りするのが私の使命だと。」
「いえ、重い重い!ないからそんな使命! ホントやめてください要りません。とにかく、バンさんはどさくさで握って来るその手離して下さい。今直ぐに!」
油断すると手を握りに来るバンフィードさんから離れようと試みつつきっちりしっかり返していきますよ?
「そっか、バンさんもレイさんに。それでレイさんを守るのが使命かぁ。何かこれぞ騎士って感じで憧れますね。」
いや、イヴァン青年、人の話聞こうか?
「そうかもなぁ。王都警備の俺達と違って、バン殿は第一や第二の正統派騎士に近い印象の人だなぁ。」
テュールズさん、無駄に鋭いですね。
これにはバンフィードさんも答えずに流すことにしたようです。
「さて、冗談はともかく、見えてきましたよ? ほら、あそこ。第一の連中が張り込んでるでしょう?」
ザクリスさんの視線の先を辿ると、確かに見覚えのある第一騎士団の制服の向こうに、博物館のようなカッチリした建物が見えて来ます。
「お城の中と神殿以外であんなしっかりした建物初めて見ました。」
「・・・それは、何処の街でも守護の要は一番大事ですから。街の中心部にあって、堅固な建物の中に収められていますよ。実家の街でも領主屋敷よりも守護の要を守る建物のほうが立派だったくらいです。」
確かに守護の要が機能していないだけで街中であれ程騒ぎが起きているくらいですから、大事にする訳です。
それで、肝心の守護の要ですが、遠目で見たところでは、呪詛の気配は感じませんが、前程魔力の気配も感じません。
あの時精神体だったことを差っ引いたとしても、守護の要から魔力が大幅に抜けたのは間違い無さそうですね。
道の端に寄って立ち止まってもう少し中の様子を透視してみようとしたところで、守護の要とは反対の後ろの方から何か叫び声が聞こえて来ます。
「あれは、ちょっと大きな魔物が出たかもしれません。」
第三騎士団の3人が途端に深刻そうな表情になって後方に向き直っています。
「レイさんは、逃げた方が良い。」
「いや、ここは留まらずにレイさん優先で全員で下がって様子を見るべきだ。」
目の前で後方を向きながらそんな相談を始めた3人ですが、その間にも人の騒ぐ声と少々重めのドンッドンッという足音が近付いて来ます。
象ほどではなくとも、牛くらいの重みがありそうなその足音が、曲がった道の先から真っ直ぐこちらに来ているのが分かります。
「逃げましょう。」
冷静に言葉にしたバンフィードさんに手を引かれて、真っ直ぐ前方の博物館のような建物に向かって走り出します。
後ろを3人が追って来ますが、直ぐにその後ろから乱れた人の足音と叫び声や掛け声、ドシンとはいかなくともトシンくらいの重い足音が絶え間なく聞こえて来ます。
チラッと振り返った先で、逃げて来る一般人に混じって第三騎士団の制服姿が幾つか見えます。
武器を片手に誘導と魔物への牽制を行なっているようですが、その人垣が切れたところで覗いた問題の魔物は。
「巨大襟巻きトカゲ?」
「また、竜種か。」
忌々しそうな声でザクリスさんが溢して、舌打ちしています。
人の背丈くらいの襟巻きトカゲさんは、竜の一種みたいですね。
途端にスピードアップしたバンフィードさんに合わせて頑張って足を動かします。
「辛くなったら言って下さい。抱えて走りますから。」
と、そう声を掛けてくれるバンフィードさんですが、その優しさをちょっとだけ疑わしく思ってしまうのは、人として宜しくないことでしょうか?
「まずいぞ! 守護の要に向かってる!」
襟巻きトカゲな魔物と対峙しつつこちらに向かって来る第三騎士団の人達が叫んでいるのが聞こえて来ます。
そして、同じく完全に目視出来るところまで来た第一騎士団の警護の人達が険しい顔で止まれと叫んでいるようです。
が、後ろから魔物に追われた集団が止まれる筈がないじゃないですか。
バンフィードさんと先頭切って第一騎士団の人達のところまで駆け込んだところで、第一騎士団の人達の一部が前に出て魔法を使うようです。
「ほら、一般人はあっちだ。」
言われて守護の要の建物から別方向へ向かう脇道の方に追いやられそうになりますが、バンフィードさんがさり気なく他の騎士さん達の間に滑り込んでその手を躱します。
野次馬のふりで襟巻きトカゲの魔物の方を振り返って見ていましたが、何故か目的を持ったように真っ直ぐこちらを目指して来る魔物に嫌な感じがしますね。
と、魔物の前を逃げて来た一般人の1人が徐に立ち止まって握り込んだ手を上に掲げると、その手をこちらに向かって振りかぶりました。
途端に何か小さなものがこちらに飛んで来ます。
「我が君! あれ捕まえて破壊して!」
王都に入ってからずっと姿を消していたノワの焦った声が上がりました。




