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第三騎士団営所の団長部屋に入って、盗聴防止魔石を発動させてから、漸く話しが出来る雰囲気になりました。
第三騎士団側からは団長のルーディックさんとマーシーズさん、この間営所訪問の時にお世話になったケミルズ隊長さんが参加のようです。
応接のソファを勧められて、クイズナー隊長と一緒に座ることになりました。
その隣にケインズさんと後ろにはバンフィードさんが付いて待機してくれています。
「さて、当初の予定より随分と早い戻りだったが、無事に解呪に成功しての帰還だと思って良いのだな?」
いきなり始まったルーディック団長からの追求はあちらも余裕がないのか、優しくなさそうです。
「・・・それは、一応成功ではないかと思っておりますが、詳しくは今ここでは控えさせていただければと。」
「それで、肝心の殿下の婚約者殿が顔を見せて下さらないという訳か?」
突っ込みどころ満載ですが、ここはぐっと堪えて口を挟まないことにします。
「まあ、そういうことだとご認識いただければ。」
クイズナー隊長もその辺りは適当に流すことにしたようです。
取り敢えず、レイナードが女性化した元の姿からも変わってしまったことは、今のところ隠しておくことで話しが付いています。
この変化がどう受け取られてどう転ぶか分からないということと、もし万が一があった時に、素顔で逃げれば敵を欺ける可能性があるからです。
髪色やちょっとした印象の変化で、意外と誤魔化しが効く場合もありますからね。
「成る程。ではそれは一先ず捨て置くとして、ブライン団長からはレイカルディナ嬢は、今の王都の諸問題を解決する切り札を持つと連絡を受けているが、詳しくは本人に聞くようにと丸投げだった。あとは、思わせぶりに、この機に恩を売ろうとする他国に気を付けろと。これは、どういうことだ?」
本当に単刀直入に訊いてくれるルーディック団長に、クイズナー隊長が苦笑いです。
「・・・随分と油断ならない方のようだ。ブライン団長殿は。」
溜息混じりにぽそっと漏らしたクイズナー隊長に、ルーディック団長はふっと失笑したようでした。
「第二騎士団に所属のシルヴェイン王子の腹心と言われる長命種のクイズナー隊長。王宮に戻り次第貴様は重要参考人として第一騎士団に拘束される予定だ。その前にここで洗いざらい知ってる事を全部吐いて行け。王都内の状態を見たのだろう?こちらも今、全く余裕がないのだ。」
「・・・そのようなことに。まあ、殿下の政敵にも都合良く利用されているのでしょうな。」
クイズナー隊長がぼやくようにそう答えてからこちらを向きました。
「君の企んでいるシナリオもあるだろう。何を明かすかは、君が決めた方が良さそうだな。どうやら私はここから助けにはなれないようだからな。」
クイズナー隊長は、犯罪者疑惑のあるシルヴェイン王子の腹心と言われている以上そういうことになるのも無理もないことなんでしょう。
「・・・そうですか。それじゃ、ルーディック団長には中途半端はやめてどっぷり浸かって貰って足場にさせて貰いましょうか。」
精々太々しくそう言い切ってみせると、後ろからバンフィードさんに小さく吹き出されたようですが、納得出来ません。
「また君は。どうしてそう、怖いもの知らずにあちこち噛みつけるんだろうね。」
クイズナー隊長は呆れたようにそう返して来ましたが、何か覚悟を決めたような顔付きです。
「それでも、君の予測はここまで正しかった。そして、恐らく事態を覆せるのも君だけだろう。私は、君に賭けてみようと思う。思うようにやってみなさい。私も出来る範囲で協力しよう。」
「クイズナー隊長・・・」
ちょっと良い雰囲気になりかけたところで、そのクイズナー隊長がクイクイと指を盗聴防止の魔石に向けているのが目に入りました。
そして、魔石が内側からジワジワと黒っぽく変色していきながらヒビが入り初めています。
「ダメですね。ここから別れて行動しましょうか。私は彼と一緒にアレの確認と対策を優先に動きます。」
バンフィードさんを指して言って、ケインズさんに目を向けます。
隣に立つケインズさんの手を両手で包むように持って驚いたようにこちらを見返して来るケインズさんに真っ直ぐ視線を返します。
「お願いします。」
言葉にする以上の願いを強い視線に込めて、それから手を離しました。
その行動に、クイズナー隊長が眉を寄せて難しい顔で考え込んでいます。
そして、テーブルを挟んだ向こうのマーシーズさんの顔色がやや蒼ざめているように見えます。
これはヒーリックさんから話しが回っていそうですね。
それをルーディック団長に共有済みかどうかは分かりませんが、ここはもう信じてお任せするしかありません。
少し話してみた感じではルーディック団長自身がシルヴェイン王子を疑っていたり陥れようとしている勢力に属している様子はなさそうです。
「出来れば師匠と合流してから始めたいところですけど、間に合わなければ向こうが動き始めたところで割り込みます。」
クイズナー隊長に向けてそれだけ告げると、さっと席を立ちました。
そのまま扉に向かい掛けたところで、パシンッと盗聴防止の魔石が弾け飛んだ音と部屋の扉の向こうから聞こえて来る人の荒々しい話し声と複数の足音が聞こえて来ました。
「あーもう。いきなり素敵に四面楚歌状態なんですけど。嫌になるなぁ。」
踵を返してそのまま窓に向かいます。
「バンさんちょっと無茶しますよ? くっ付いて来て下さいね。」
バンフィードさんの身元は知られない方が良さそうなので、勝手に略して呼んでみます。
途端に、何故かはっしと手を握られますが、もうここは良しとしましょう。
「は?」
徐に窓を開けたところで、ルーディック団長に呆れたような声を上げられましたが、それもそのはず、ここ3階です。
「ジャック。」
背中の温もりに声を掛けると、すっと前にジャックが出て来て顔を覗かせました。
「ひき肉にはなりたくないから、宜しくね。」
窓枠に上りながら言うと、溜息混じりなバンフィードさんがこちらを抱えながら一緒に窓枠に上ってくれました。
「私が魔法使いましょうか?」
その申し出に首を振りました。
「極力なしで。魔力で身元特定されると後で厄介だから。」
「いやいや待て、飛び降りて無事には済まないぞ?」
ケミルズ隊長の突っ込みを背中に聞きつつ、バンフィードさんと共に窓枠を踏み越えます。
と、怖すぎる落下感とギュッと包み込んでくれるバンフィードさんの腕と、止められなかった絶叫、そしてバンと下方から来る衝撃波が何度か来て、いつの間にか地面に降り立っていました。
プルプル震える足を後ろから何事もなかったかのように支えてくれるバンフィードさん、いつまでも離してくれませんが、今程頼もしいと思ったことはありません。
本当、凄い人です。
「うん。2度目となるとジャックの衝撃波着地にも少し慣れましたね。」
そんな冷静な感想が来て、ちょっと尊敬の念が湧きました。
この人、実はかなり出来る騎士様で間違いないですね。
見直したところで、一度包み込んでいた手が離れて、気がつくと視界が揺れていつの間にかお姫様抱っこされていました。
「走って脱出しますから、捕まっていて下さい。」
そんな台詞と共に強制的に移動が始まりました。




