296
夜明けを迎えたばかりの街道脇の林の広場で、昨日の内に簡易な鞍代わりを用意してくれたライアットさんと2人掛かりでイース(お父さん)とエール(ヒヨコちゃん)に鞍を取り付け終わると、早速飛行開始です。
空に飛び上がったところで、街からそこまで護衛してくれた皆さんが馬で街道を走り去って行きました。
そのままタイナーさんの塔の天辺目指してエールを飛ばして行きます。
今回は本格飛行ということで、自分の周りに風魔法で保護結界を張ることをライアットさんに教えて貰ったので、前回の飛行よりもエールの上に乗っていることに不安はありません。
後は、エールの飛行速度を魔法で補助した状態で何処まで飛ばせるかになるそうです。
ただ、風魔法で浮力と推進力を補助したグライダーを牽引するのでそれがどうなるかは心配と言えば心配ですね。
今回の王都帰還の先行メンバーの選抜はかなり揉めたそうです。
決め手は、ライアットさんからのアドバイスと風魔法持ちかどうかでした。
使えそうなグライダーが結果2台2人乗りだったので、先行メンバーはイースとエールに乗る2人の他に4人です。
当然のことながらクイズナー隊長、そして一般魔法も実は使えると明かしたテンフラム王子が手を挙げて、一般魔法の風魔法は使えないザックバーンさんと大分揉めたようです。
それから、バンフィードさんは同行を譲らず、後のメンバーからコルステアくんとケインズさんのどちらかということになりましたが、出来ればケインズさんでとお願いしてみたところ、あっさり意見が通りました。
後でコルステアくんがスネ気味で若干面倒くさ可愛かったですが、王都に着いてからのことを考えてと真面目に答えたら、納得してくれました。
塔の屋根裏の一つ下の部屋の開口の大きい窓からグライダーを出せることも確認済みで、他4人はそこに待機してくれています。
「レイカさん、それじゃここから少し離れて飛ぶから、合図は覚えてるな?」
「はい! 大丈夫ですよ!」
予告通りライアットさんが慣れた手綱捌きでイースをエールから離していきます。
そのまま前に進めの合図をするライアットさんに合図を返しながらエールを真っ直ぐ塔に向かわせます。
近付いた塔の窓からグライダーが顔を出し始めていました。
ライアットさんの合図で塔の周りをゆっくりと旋回させて風魔法で浮かせたグライダーに2人ずつ乗り込むのを待ちます。
因みに、タイナーさんはもう他の皆さんと馬で出発しているので、クイズナー隊長が魔法行使の指示を出すようです。
慎重にグライダーにイースを寄せたライアットさんが、牽引ロープを受け取って鞍に繋いでいます。
それを見ながら、こちらも手順の確認をします。
鞍の金具に牽引ロープを繋ぐ練習は塔で何度もやってみましたが、動くエールの背中で上手く出来るかは不安ですね。
ライアットさんが繋ぎ終わったようで、ゆっくりと塔から離れて大きく旋回しつつ牽引具合を確かめているようです。
それを横目にエールをこれまたゆっくりとクイズナー隊長とバンフィードさんが乗るグライダーに近付けていきます。
「レイカくん! 良いかい?」
「はい! こっちに!」
慎重に投げ上げてくれたロープをきちんと受け止められてホッと一息です。
そのまま鞍の金具に取り付けると前を向きました。
「エール、行こうか!」
声を掛けてライアットさんにも合図を送ります。
応えてくれたライアットさん目指してゆっくり進んで、それから距離を空けて横並びになります。
この無理のない速度での飛行なら風魔法の消費はそれ程大きくないのだそうです。
なので、ここからのスピードアップがノワに手伝って貰ってのお仕事になるようです。
因みに、今日も前の抱っこ紐にはコルちゃんが、後ろのマントの中には背中にしがみ付くジャックがいます。
ノワは、明らかに風圧を無視して肩に当たり前のように座っていますが、どうなっているんでしょうね。
「それじゃ我が君、手始めに時速50キロくらいまで上げてみましょうか。」
「うん。大分速くなる?」
「ええ。まずは風圧拡散の魔法を重ねがけしときましょうか。」
言われて、ライアットさんから教わった風魔法の強化版を発動させます。
「ライアットさん! 風圧防御の魔法強くしたので、速度強制的に上げる魔法掛けますね!」
魔法で声を拡声して伝えてから、ノワやタイナーさんクイズナー隊長からレクチャーを受け済みの魔法をきちんと呪文を唱えて発動させます。
「抗力軽減!」
物理の法則を裏切った魔法の力って凄いです。
ノワ発案の魔法ですが、これを広範囲で使うと物凄い魔力消費になりそうですが、二つの飛行物体の周りだけなら行けるだろうと割り出してくれました。
推進力の法則とか普通に知識にあるノワって、本当に何者って突っ込みたくなりますが、まあそこはそっとしておきましょう!
そんなことを考えている内に、かなりな高速飛行に移行していったイースとエールですが、その中でライアットさんが進路確保にかなり気を使っているようです。
この世界の建物は塔の尖塔だけ避けていればそれ程高層のものはないので問題ないのですが、山や進行方向に飛行中の魔物や鳥などは避けなくてはいけません。
魔物も鳥も視界に高速飛行して近付いて来るイースとエールを認めると大抵大慌てで避けてくれるのですが、こちらに気付いていないものや大型魔物と遭遇するとこちらが避けるしかありません。
そんな飛行に数時間耐えたところで、王都が見えて来ました。
一度精神体で上空を飛んで行ったので、何となく景色に見覚えがあります。
因みに着地ですが、グライダーは鳥のような着地は出来ないですし、滑走路なしで素人が安全に着陸など出来ません。
その上、魔法のお陰でグライダーでは有り得ないようなスピードが出ています。
という訳で、グライダー自体は王都外れの湖に着水させて、乗っていた4人はそれぞれ風魔法で途中脱出することになっています。
かなりの速度で王都上空に近付いたところで、抗力軽減魔法を解除します。
速度が自然に落ちたところで牽引ロープを切り離して、イースとエールにはグライダーの後ろに周って前を滑空して行く二台を追わせます。
「あ、マズいですね我が君。」
みるみる近付いて来る前方に、着水予定の湖を囲むように林が見えてきます。
「え? グライダーは突っ込ませて4人には風魔法で逃げて貰う??」
焦って上擦った声でそう言うと、ノワが乾いた笑いを漏らしました。
「グライダーは大破、林も無事には済まないと思いますよ?」
残念ながらその通りで、グライダーのことはタイナーさんから嘆かれそうですし、林を薙ぎ倒したり下手をすると火事でも起こって大事になるかもしれません。
「グライダーの前に回り込んで逆噴射効果が掛かるような風でも起こす?」
「まあ、それしかないでしょうね。」
渋々認めるというような返事が返ってきたところで、背中の後ろがもそっと動いて、ジャックが前に回り込もうとしているようです。
「ちょ、ジャック! 危ないから動いちゃダメ!」
そう叫んだ途端に、マントの中から飛び出したジャックがエールの頭を踏み台に、ピョーンと前方に大きく跳躍して、空中で何度か踏み替えつつ、猛スピードでグライダーの前方に回り込むと、パーンと音を立てて衝撃波を飛ばしました。
途端にグライダーが少し押し戻されてからその場で停止してバランスを崩すと、垂直滑落に入ります。
が、今度はピョンと地面まで降り立ったジャックが下からやや控えめな衝撃波を飛ばして真下に向いていた機首をやや頭下がりの水平になるように押し戻しました。
その間に乗っていた4人は機体から脱出を図ったようです。
かなり高度が下がっていたので、タイナーさんの塔の3階から4階くらいの高さから風魔法補助を付けながら飛び降りた状態になりました。
グライダーのほうは、時折ジャックが軌道修正をかけつつ、何とか大破せずに地面に胴体着地出来たようです。
赤茶の地面に長く引き摺った跡を残しつつその先の草原に頭を突っ込んだ状態で止まっています。
イースとエールも4人の側で地面に降ろしてその背中から降りることにします。
グライダーが止まった辺りから猛ダッシュで戻って来るジャックは、どうやら風魔法補助でスピード強化しているのか、普通の猿には有り得ない速度です。
目の前でキッと音を立てて止まったジャックがこちらをキラキラした目で見上げて来ます。
ここはやっぱり、ずいっと前に出て笑顔で頭を撫で撫でですね!
「ジャック凄かったよ! ありがとうね!」
「キーィ!」
嬉しそうに鳴き返して来るジャックが中々に可愛いです。
と、ツンツンと背中をつつかれて振り返るとエールとイースが並んで胸を逸らしています。
「あ、そうだね。イースとエールも長距離をありがとうね! しかもちょっと無茶な飛ばせ方をしちゃったから、ゆっくり休んでね!」
頭を近付けて来るイースとエールの頭もわしわしと撫でて労ってあげることにします。
と、そんなやり取りをしている間に、後方ではそれは苦い顔の4人とライアットさんが今回の計画の無謀さについてヒートアップ気味な反省会をしているようです。
「ま、とにかく、2度とないな。」
そんな結論を出したテンフラム王子に皆が一斉に頷き返していて、危険過ぎるフライトをもう二度としなくていいかと思うとこちらも両手を挙げて大賛成ですね。




