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『ごめんね。愛してるよ、僕だけの愛しい人。』
耳元で囁かれる声は、愛しげで甘やかだ。
それが薄れて行くと、また何処かからボソボソと囁かれる声が聞こえて来る。
「魔法に変換出来ない魔力でここまでの質と量。正直、これまで出会った事もない程ですよ。彼は何か意味が有ってこれを持って生まれたのでしょうが。さて、これは幸運と言うべきか。彼のこの力が必要になる未来が用意されているという事でしょうか?」
「それは、大いなる禍いの到来を予見させるものなのかもしれません。力の発現は注意深く見守る必要がある。決して、使い方を誤る事がないようしっかりと導かなければ。」
「力の発現と共に、研究所へ引き取るのが妥当では?」
「そうですな。伯爵家の子息では、かえって身分が邪魔をして制御出来なくなる可能性がありますな。」
語られる残酷な言葉の数々に、心が冷えて行く。
『力が発現しなければ、このまま居られる? 奥底に封じて、静かな魔力の湖面が揺らぐ事がないように。』
呪縛のように、心の中で繰り返し繰り返し唱えながら、封じ続けていく。
「何故、魔力が魔法に変換出来ない? どんな魔法の教師を付けても、どうしても引き出せないのは何故だ?」
「我が家は魔法使いの血が濃い一族だ。お前の魔力が強いことは分かっている。私のようにきちんと制御出来れば、様々な場面で役立てる事が出来る。」
「魔法に変換出来ない、いつあの時のように暴走するか分からない魔力を身の内に秘めているなど、それは呪いと一緒だ。」
「何故、この子はこうなった? いっそ魔力など・・・」
聞くに堪えない近しい人の苦悩が、より一層心を重く深く沈めて行く。
強く深く心を揺さぶる事がないように、奥底に封じ込めたものが噴き出す事がないように。
全てに対して興味を持たず、欲張らず頑張らず、いつも皮肉げに笑って流し、来る者にも去る者にも拘らず。
利用されようが、馬鹿にされようが、嫌われようが、関心を持たない。
心の奥底で、嵐が去るのを待つように膝を抱えて座り込んでいれば良い。
虚な色褪せた灰色の世界を揺蕩うように過ごし。
それなのに、差し込んで来た強烈な光に、目を上げてしまった。
異世界から来た美しい少女。
目が離せない程の輝きに包まれたその姿に、魅入られてしまった。




