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翌朝早くにルウィニングの街を出発して、向かった先は大魔法使いタイナーが待つラフィツリタです。
同行メンバーは、ファデラート大神殿から帰って来た全員が欠けることなくそのまま、ということになりました。
バンフィードさんは何となく付いてきてくれる気がしていましたが、ナッキンズさんはまた泣く泣く同行してくれるようです。
テンフラム王子とザックバーンさんはお忍び仕様で旅人風ですが、レイカ(改)もフードで出来るだけ顔と髪を隠すようにと言い渡されました。
確かに、スーラビダンの人達に知られていない(改)の外見は、ちょっとした切り札になるかもしれません。
ただ、魔力は変わっていないので、サヴィスティン王子にはバレバレのような気もしますが。
そんな訳で行きよりも急いで進める道中でしたが、昼休憩に久しぶりに再会したヒヨコちゃん達親子は、何故か以前よりも逞しい雰囲気になっているように見えました。
その上、何よりも驚きなのは、ライアットさんの指示に従ってスマートに地上に降り立ったことでしょうか。
「・・・やっぱり舐められまくってたってことですか。」
思わず低い声で溢してしまうと、ライアットさんに何か申し訳なさそうな微苦笑を貰いました。
「いや、騎獣としての躾はされてなかったけど、物凄く懐いてたのは間違いないと思う。倒れたまま運ばれてた貴女のことを相当気にしていたようだから。」
そう気遣ってくれたライアットさんの言葉には居た堪れない気分になります。
「その、こいつらに名前を付けてはいけないか? 暫定でもいいが、お父さんヒヨコちゃんでは呼び掛け辛くて。」
その申し訳なさそうな申し出には、こちらが申し訳ない気持ちになります。
ライアットさん、ヒヨコちゃん達のことを相談していた手前、色々と考えて責任も感じてくれていたのかもしれません。
「良いです。名付けお願いします。」
ノワに散々名付けのセンスがないと言われているので、ちょっとだけ卑屈な気持ちで、名付けはライアットさんに丸投げしてしまおうと思います。
「え? 本当に良いのか? その、余り面倒を見過ぎると、これからこいつらの一生に責任を持たなければならなくなるが、構わないのか?」
そう言われると、良いと言って良いのか分からなくなります。
「ライアットさんが手伝ってくれるなら。もうなんか色々と諦めて来たので、ヒヨコちゃん達も外飼いのペットとして受け入れようと思います。そういう訳で、ライアットさんとの雇用契約は後程詰めましょうか。」
「・・・そうだよな。そうなるよな。貴族のお嬢さんならそのくらい資産はあるだろうが。出来れば一日中べったりじゃなく副業的な扱いで雇って貰えると助かる。」
確かに、獣騎士としてのライアットさんをこれからの懐事情も分からないのに雇うと言い切るのはちょっと無謀かもしれません。
「そうですね。私の身の置き場がはっきりしてからその辺りは決めましょうか。最悪、私が雇いきれないとなったら、お父さんとヒヨコちゃんはライアットさんに託しますね。」
「うーん。それは微妙だが、その辺りは仕事に連れ出して良いなら、格安料金で面倒見ても良い。こいつらは、あくまで貴女の側に居たいようだからな。」
そんなこちらに都合の良い話しで良いのか気が引けましたが、ライアットさんの割り切ったような顔を見て、取り敢えず甘えようと思いました。
「済みませんがお願いします。」
話しがついたところで、早速ライアットさんがヒヨコちゃん達を眺めて名付けに入ってくれるようですね。
その間にクイズナー隊長とフォーラスさんやバンフィードさんはテンフラム王子達とこれからの色々を話し合っているようです。
その話題の一番は、王都に着いてからどう動くか、誰を信じて接触するかになるようです。
チラチラ漏れ聞こえて来るその話題に、問答無用でシルヴェイン王子を押し付けて来たヒーリックさんの顔が浮かびました。
人となりをみる限り、シルヴェイン王子をいきなり放り出すようなことはしないと思うのですが、一方的に物凄く迷惑を掛けてしまったのは間違いありません。
王都の状況やシルヴェイン王子の様子次第では、どうなっているか分からないのも事実です。
ですが、今の段階でこちらから伝紙鳥を送ったりするのは危険だとこれだけははっきりしています。
「レイカさん、ちょっとだけ良い?」
そんな中でそっと近寄って来て話し掛けてきたケインズさんに、ちょっとだけギクっとしてしまいました。
「あ、はい? どうかしました?」
何でもないように装って返すと、ケインズさんが少しだけ首を傾げつつ、手を開いて伝紙鳥で送られてきた手紙を見せてくれました。
「実は、物凄く珍しく父から手紙が来て。その中にレイカさんのことだろうなっていう一文があったから。父と面識があったんだなって。」
そう何でもないように話しだしたケインズさんに、思わず顔色が変わりそうになりました。
なるべく平静を装って覗き込んだ手紙には、レイ殿に同行しての任務は順調だろうかと書かれていました。
その中に、ヒーリックも王都の騒ぎのこともあるし、この時期に被った特別任務と聞いて案じているようだと添えられていました。
これは、と跳ねる心臓を何とか宥めます。
ヒーリックさんは、どうやらシルヴェイン王子のことをケインズさんのお父さんの第三騎士団副隊長のマーシーズさんに相談したようだと読み取れました。
あとは、マーシーズさんが何処まで他の人に明かしたかですが、王都を出る前に営所でシルヴェイン王子と関わった呪詛のことや怪事件のことも、第三騎士団の人達は知っています。
それが下地にあったことを考慮してくれるなら、第三騎士団の一部は味方に付いてくれるかもしれません。
「ああ、少しだけ王都を出る前に営所でお会いしましたよ? ケインズさんのお父さんだと知ってちょっとびっくりしつつご挨拶もしました。」
なんでもないように返すと、ケインズさんが少し照れ臭そうに顔を赤くしました。
「そうなんだ。」
「あはは。ケインズさんお父さんに似てますよね? お会いした時、直ぐにもしかしてって思いました。」
「うーん、似てる、かなぁ。」
少しだけ嬉しそうに言うケインズさんは、お父さんとの関係も良好なようですね。
「ケインズさんがもう少し歳を取ったらあんなイケおじになるんだろうなっていう。」
それに更に顔を赤くしたケインズさんがこちらに恥ずかしそうに少し熱い視線を投げて来て、ただそれが直ぐに訝しげな表情に変わりました。
「レイカさん?」
「あー、名前、決まったが良いか?」
と、ライアットさんがそこへ少しだけ気まずそうに割り込んで来ました。
「あ、はい。」
こちらも渡りに船とヒヨコちゃん達親子に視線を向けました。
「親鶏はイース、若鶏はエール。でどうかな?」
確認を取ってくれたライアットさんににっこり頷き返します。
「流石です。良いと思いますよ? それならウチの偉そうな魔人様からもダメ出し出ないだろうし。」
「あーレイカ殿の魔人な、何と言うか結果仲良さそうだからな。」
そう見えますかという不本意な感想が来ましたね。
「あはは、そうですか? 性格物凄く歪んでるんですけどねぇ。」
「レイカさんが物凄く大好きで大事なことだけは確かだと思うけどね。」
ケインズさんまでそんな事を言い出して、壊れたノワとの物凄く怖かった会話をご披露したくなりました。
あれは、間違いなく第一級の危険物です。
「それじゃ、貴女も名前呼んで話し掛けてやってくれるか?」
気を取り直したようにライアットさんに言われて、ヒヨコちゃん達親子の元に向かう事になりました。




