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「おねー様。今日も天気だよ?」
そんな脈絡も無い台詞が聞こえて、頭をそっと撫でる手の感触がします。
「あ、そうなの?」
そう答えて目を開けましたが、我ながら口から出た声が酷く掠れていたことに驚きました。
ガタンと椅子が倒れる音と、心底驚いたようにこちらを見るコルステアくんの様子に目を瞬かせてしまいます。
「あれ〜? 喉カラカラ、お水欲しいかも。」
僅かに湧いた唾を飲み込んでみますが、掠れが取れません。
「あ、待って。直ぐ持ってくる!」
これまた大慌てで走り去って行くコルステアくんに首を傾げつつ、周囲を見渡しました。
何処かのお屋敷の一室なんでしょうが、寝かせられていたベッドはふかふかで中々の寝心地です。
半身を起こしてみると、大神殿を出る時着ていたスーラビダンの衣装ではなく、カダルシウスのお嬢様のネグリジェ的な寝巻きです。
部屋の調度を見てもカダルシウス風に見えるので、もしかして本当にカダルシウスに戻って来たのかもしれません。
「レイカ!」
「レイカくん!」
「レイカ様!」
「待って! 水が先!」
テンフラム王子、クイズナー隊長、バンフィードさん、コルステアくんの順で駆け込んで来た皆さんに、かなり腰が引けました。
「何? 寝起きの女子の部屋に皆んなで押し掛けてくるって何事?」
そう思わず口から出た言葉に、部屋に飛び込んで来た皆さんがガックリと肩を落として脱力しています。
「はい、おねー様。ゆっくり飲むんだよ?」
水差しからコップに水を注いで差し出すコルステアくんが、小さい子の面倒を見るような言葉を掛けてくれます。
腑に落ちないものを感じつつゆっくり飲んだお水は何故かとても美味しく感じました。
が、よくよく考えると。
「あ、ごめん。自分で美味しい天然水生成すれば良かったんだよね?」
何というか、頭の芯がぼおっとしているように働きが悪く感じるのは寝起きだからでしょうか。
「やめてよ、昏睡から覚めたばっかで魔法使うとか、どんな自虐趣味?」
微妙にじっとりした口調で言うコルステアくんの言葉に、ん?と首を傾げました。
「昏睡? ・・・てゆうか、ここ、何処?」
その台詞を待っていたかのように、コルステアくんの後ろから他3名がこちらを覗き込んで来ました。
「家です。」
その中から手を上げて答えたのはバンフィードさんでしたが、飲み込めなくて目を瞬かせてしまいました。
「えっと? ファデラート大神殿の領内とかスーラビダンにあるバンフィードさん家の別荘とかではなく?」
「はい。カダルシウス東国境の街ルウィニングにある実家ヒルデン伯爵家の屋敷です。因みに、我が家は他所の国に別荘はありませんよ?」
まあ、そうでしょうとも。
現実逃避は即行で終わってしまったようです。
「レイカは、ファデラート大神殿から下山途中で見付けた例の古代魔法陣を起動させて、直後にその場で倒れてから、ついさっきまで目を覚まさなかったんだぞ?」
テンフラム王子から少しだけ咎めるような口調で説明が入りました。
「あー、そうですか。いつもの時間感覚狂わされるあれですね。」
と、そこまで思い出したところで思わず顔を顰めてしまいました。
「えっと、あれから何日ですか? サヴィスティン王子とメルビアス公国の追手は振り切れたんですか? それからウチのク◯魔人見ました?」
色々聞きたい事があって脈絡のない聞き方になってしまいました。
「ん?? ああ、君が倒れた夜から4日だね。翌早朝からバンフィード殿が君を背負って下山を再開したが、昼を待たずに来たよ知らせが。」
クイズナー隊長の含みのある台詞に、こちらも眉を下げて気不味い気分になってしまいます。
「王都の守護の要が魔法と呪詛の混合魔法攻撃によって半壊したそうだ。」
やはりという話しは、知っていても気分の良いものではありません。
「君の読み通り、完全発動の直前で察知した王太子殿下とマユリ殿の活躍により、完全破壊は免れた。」
言葉を切ったクイズナー隊長が真っ直ぐこちらに目を向けて来ました。
「だが、王都でこのところ行われていた関連のありそうな事件現場で必ず見付かって来たシルヴェイン王子殿下の魔力痕跡が、今回の守護の要破壊の為に組まれた魔法や関連現場には全く見付けられなかったそうだ。」
そこで言葉を切ったクイズナー隊長は何かを見透かそうとするような目を向けて来ました。
「・・・君は、倒れていた間に何をして来た?」
クイズナー隊長、流石に色々悟って来ましたね。
中々の勘です。
「レイカ、あの古代魔法陣、起動させて何を願ったんだ?」
続けたテンフラム王子もここまでの4日で色んな想定をしていたんでしょうね。
「それは、きちんとお話ししますね。・・・クイズナー隊長、褒めて下さいよ!」
少し溜めを作ってからにっこり笑顔で言い切った途端に、目を見張ったクイズナー隊長が身を乗り出して来ました。
「ただその前に、ウチのク◯魔人ですよ!」
思わず握り締めた拳を震わせているとコルステアくんが頭をぽんぽんしながら低めの声を出しました。
「何? おねー様、あの虫けらがどうかしたの?」
カケラも容赦なく踏み潰す気満々のコルステアくんの発言には、いつもならちょっと腰が引けるところですが、今回は本当に踏み潰して貰っても構わないんじゃないかとチラッと思ってしまいましたね。
「ノワ! いるなら出て来なさい!」
腹に力を入れた声で呼ばわると、直ぐにノワが肩の上からこちらを覗き込んで来ました。
「わ〜がっきみっ!」
しかも弾む声とそれは可愛らしいにっこり笑顔は、間違いなくこちらの怒りを分かっていての確信犯ですね。
「あ、良い感じに魔力も落ち着いてますね! うんうん、我が君今日も世界一お可愛らしいですよ?」
その余計なことしか言わない口をムギュッと捕まえるつもりが、ひらりと躱わされました。
「ほら、戻る前に私が魔力を整えて差し上げましたから、最短3日で帰還可能だったんですよ? 感謝の返礼、受け付けてます。」
言いながら片目を瞑って自らの頰をツンツンするノワには、冗談じゃなく殺意が芽生えますね。
「絶対! 他の方法があったでしょ!」
「何を仰いますか。実体のない霊体の魔力交流は、良し悪しが精神に直に影響を与えるんですよ? 我が君と私の魔力は元から凄く相性が良いので、心地良かったでしょう? 王子様の中身と無防備に触れ合ったままだと、上手くこちらに戻れない懸念があったので、強制的に整える必要性があったのですよ。」
そう真面目に説明されると仕方ないのかという気がしないでもないですが。
「嫌でしたか?」
「・・・それは、嫌っていうか。いやいや、嫌でしょあれは! やり方!」
一瞬絆されかけましたが、振り払って力説しました。
「ええ? 強制的にこちらを向いて頂くんですから、あれくらいインパクトがないと! まあ、私にとっては役得でしたけど。柔らかかったです、我が君のくちび」
渾身の力とスピードを込めて振りかぶった拳はやはり宙を切ります。
が、こちらもいつまでもやられっぱなしと思って貰っちゃ困りますよ!
捕縛の魔法結界をノワの周りに急速展開して、コルステアくんがコップと水差しを乗せて運んで来た木製のお盆を拝借してハエ叩きを生成します。
「くらえ! この有害虫!」
振りかぶって今度こそクリーンヒットを狙いましたが。
「ふふ、まだまだですね、我が君。」
小憎らしい顔付きで言うなり、ノワが手を翳して魔法結界とハエ叩きに大穴が開きます。
呆然と見返していると、にやりと笑われました。




