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「殿下! 標的の魔獣出現! 斜め後方から突っ込んで来ます!」
「いきなり魔法攻撃です! 回避防御魔法結界、展開間に合いません!」
「殿下ここは一度引いて下さい!」
混乱を極める戦場で、部下の1人に愛馬の腹を蹴って無理矢理離脱させられて、前線を離れた途端に背中にいきなり来た衝撃で落馬した。
そのまま意識を失って、気が付いた時には目隠し猿轡をされて全く身動きが取れなくされていた。
一体誰に、どの勢力に囚われたのかも分からないまま、逃げ出す隙など全く与えられないまま、いつの間にかかけられた呪詛に雁字絡めに縛られて、強制的に魔力を抜き取る呪詛と魔法を組み合わせた見たことも無い装置にかけられていた。
これが周到に用意された罠にかけられた末だったのだと気付いたのは、強制的に取り出された自らの魔力が犯罪に使われたのだと知った時だった。
常に魔力をギリギリまで搾り取られて殆ど意識を失いっ放しだったが、時折浮上する意識の中に、周りで作業に当たる人間が話す声が聞こえて来たのだ。
時折拾うその声からレイカの名前が聞こえて来た時には、渾身の力を込めて起き上がろうとして、瞬時に押さえ付けられた。
永遠と思えるような暗闇の中で、何度も何度も彼女の無事を願った。
自らの力と地位で必ず守ると誓い、信じろと言い聞かせ、そう出来ると、してみせると思っていた彼女を、今の無力な自分には守ることはおろか、見つけることも託すことも出来ない。
ただただ祈り続けて、遠からず消えて行く自分と世界に無気力に目を瞑ってしまおうと思っていた矢先だった。
暖かくて懐かしい愛おしくて美しい波動が何処か遠くからじんわりと伝わって来た。
ああ、どうか無事でいて欲しい、それだけを願い続けた大事な愛おしい彼女の魔力の波動だ。
ぼんやりと開いた目に映る薄暗い部屋、揺れる視界に伸ばした手の先から自分のものではない魔力と共に驚く程精密な魔法結界が出来上がる。
そこには、離れた筈の自分が囚われた姿のまま横たわっているのが見えた。
精巧な目眩しの魔法だ。
そのまま視界は揺れ続け、低くなった視界が扉が開く音と共にジリジリと動いて、また高くなったと思うと、人の騒ぐ声を後ろに残して遠ざかって行った。
動かずにいた所為で動かしづらい筈の身体は動き続けて何処とも知れない建物を出ると、ふらふらと通りの端を歩き始めた。
フードで顔を隠すようにして、上がる息を整えながら、慎重に何処かを目指して進んでいるようだ。
俯き加減に人の多い繁華街を抜けて、時折何かをやり過ごすように身を潜めつつ、慎重に進んだ先には何処かの飲食店の裏口が見えて来た。
控えめに叩いた戸口が開いて、男が1人顔を出した。
「誰だ? 裏口から何の用だ?」
警戒を滲ませた少し鋭い声は、腹から声を出す鍛えた者特有のものだ。
「ヒーリックさん、レイカです。お願いです。この人匿って下さい! 他に頼れる人が居なくて! 私が戻るまでで良いので!」
間違いなく自分の声で発せられるレイカの言葉にハッと手足に感覚が戻って来る。
「・・・レイ、カ?」
呟いた声は酷く掠れていた。
「・・・っ!まさか! 冗談じゃないぞお嬢ちゃん! どうなってるのか知らんが、なんつうもん持って来たんだよ。」
途中から声音を抑えたヒーリックという男は、それでも溜息を幾度か吐いて落ち着いたのか、こちらに目を向けて来た。
「報酬はツケでお願いします。必ず、お支払いしますから。」
それに、自分の口からレイカがそう言って、男は仕方なくというように頷き返した。
「それじゃ殿下。私が戻るまで大人しくヒーリックさんのところで待ってて下さいね。絶対ですからね。しっかり身体休めて、いざとなったら動けるように療養しといて下さいよ。」
お小言のようなレイカの言葉が自分の口から発せられるのは妙な気分だ。
それなのに、堪らなくなるほど嬉しくて愛おしい。
「とにかく、さっさと入ってくれ。」
男に促されて足を進めようとしたが、レイカの温かな魔力が抜けて行くと共に、足がもつれたように力が入らなくなって、男に倒れ掛かってしまった。
「何だかよく分からんが、貴方を助けなきゃならないらしい。歩けないならしっかり凭れかかってくれ。」
男に促されるまま男の肩に腕を回して凭れると、裏口から中に入って行った。




