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しばらく黙っていたノワがふいと目を上げてこちらを見ました。
「私は、我が君が全部に責任を感じる必要はないように思いますけど。まあそれでも、我が君のお気が済むようにお手助けするのは私にしか出来ない務めではありますが。」
言ったノワは不本意そうながら、シルヴェイン王子の魔力が取り出された装置の方に近付いて行きます。
それを追って近付いた装置は、ドス黒い呪詛の帯で構成されていました。
その先を辿って行くと、例の場所に繋がるようです。
「・・・我が君。いっそ今ここで一つ、派手に逆らってやりますか?」
ふと振り返って言い出したノワの顔がにやりと企み顔になっています。
「え?」
こちらが及び腰になって問い返すと、ノワが取り繕うようににこりと笑いました。
「我が君好みに、最低限の条件を満たしてやりつつ、こちらの痛みは最小限に。挑んでみましょうか。」
「ノワ?」
何を言い出すのかとノワを上目遣いに伺っていると、優しげに目を細めて、イケメンスマイルが来ました。
「今から守護の要の破壊の完全回避は我々には不可能です。完成間近のあれだけ大掛かりな破壊装置は還元魔法では分解出来ない。ですが、一部分解なら未だ可能です。」
「でも、それはマユリさんの使命の妨害にはならない?」
一番の懸念点はそこで、それがあるからこれまで手を出せずにいた問題なんです。
「私が拝見したところ、寵児マユリ殿の魔力量はそこまで多くない。それでも、限界まで聖なる魔力を注ぎ込めば、守護の要の完全破壊は防げる。」
エダンミールもそれを狙ってる筈なので、間違いないでしょう。
「そのハードルをもう少しだけ下げてあげるだけです。そう、王子様由来の魔力をあの破壊装置から完全に抜き取るとかね。」
言ってにやりと笑ったノワは、やはり策士タイプでしたね。
ですが、それに合わせてこちらもにやりと笑ってしまったので、同罪でしょうか。
「分かった、それやろう。でも、ノワと私だけで出来る?」
「もう1人そういうのが好きなのがいましてね。預かって来ているでしょう? 今ここで使って構わないのならば、出来るとお約束出来ますよ。」
その頼もしい言葉に胸元を確認すると、実体じゃない筈なのに、マルキスさんから預かったピンク色の水晶柱が首からしっかり下がっています。
「構わないわ。今が使い時でしょう?」
気持ちをしっかり切り替えてキリッと引き締めた表情で答えると、ノワがまた心が波立つような心臓に悪い優しい笑みを浮かべて返して来ました。
「ふふ。夫婦の共同作業のようですね。愛おしいですよ?我が君。」
「その壊れた発言がないと、絶賛イケメンキャラで行けそうなのにね? 残念残念。」
熱気に当てられ気味な顔を横向けて吐き捨てると、気を取り直すように息を吐いて、装置に改めて向き直りました。
胸元でマルキスさんの水晶柱を握り込むと、片手を前に出しました。
すかさず重なるノワの手が温かくて、緊張で冷えた指先が解れていくようです。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、バンフィードさんの気持ちが分かったかもしれないと思ったことは、内緒です。
「じゃ、まずは殿下の魔力を指す呪詛の指定語句の還元をこっち側から掛けて行ってみようか。」
そう口にして、魔力を練り上げていきます。
「魔力消費は効率化を測って最低限に、シルヴェイン王子の魔力を表す呪詛語句の還元、魔力を持ち主に巻き戻して返還。」
シルヴェイン王子の魔力を思い浮かべながら、声高に唱えた呪文に、ごっそりと魔力が抜けていきます。
マルキスさんの水晶の中の魔力も熱を伝えながらかなりの勢いで流れて行くのを感じます。
それでも深呼吸して真っ直ぐ装置の中のシルヴェイン王子の魔力を見つめ続けます。
装置の中からキラキラと金色に輝くシルヴェイン王子の魔力が抜けていくのが目視出来て、ホッとすると共に、呪詛の装置の中で呪詛の帯が消失と出現を繰り返しながら膨れ上がって行くのには嫌悪感を覚えます。
「我が君。撤収の用意を始めた方が良さそうです。」
そうでした。
シルヴェイン王子の魔力が抜かれたことには敵さんも直ぐに気付くでしょうから、早く起こして逃亡を図らないとマズいですね。
「でも、まだ完全に終わってないよ?」
「あとはマルキスの水晶に任せましょう。貸して下さい。」
言われて素直に差し出すと、ノワは水晶を掲げて何か呪文を唱えたようでした。
ピンク色が少し薄くなったように見える水晶柱は、宙に浮かび上がって装置に少しずつ蓄積した魔力を注ぎ続けます。
それを見届けてからシルヴェイン王子の元に戻りますが、まだ目を開ける様子はありません。
「どうしよう。触れないから揺すり起こせないし。声も聞こえないよね?」
『あらあら、人が戻って来る気配がするわよ?』
女魔人に言われて更に焦ってしまいます。
「あの! 何かシルヴェイン王子を動かす手はありませんか? 何に宿れば行けます?」
『そうねぇ。ああそうだわ。貴女が入って動かせば良いのではないかしら? 私達魔人は人の中には入れないけれど、貴女なら入れるわ。』
それは何というか、ちょっとだけどうだろうと思うところもなくはないですが、非常事態ってことで、考えない事にしようと思います。
「分かりました。レイナードに入れたんですから、殿下にでもきっと入れます。殿下、お邪魔しますね!」
宣言して、シルヴェイン王子の身体にダイブしてみました。
潜り込んで行くと、途中から何かが絡み付くように纏わり付いてきて、グングン奥深くに沈められて行きます。
少しだけ怖いような気がして身を硬くしていると、唐突に金色のシルヴェイン王子の魔力に取り囲まれて、そっと包み込むように覆われて、温かな場所に導かれました。
『無事で、どうか無事でいてくれ。』
耳の奥に響くように、微かな声が聞こえてはっとします。
シルヴェイン王子の声だったと思います。
「殿下! シルヴェイン王子! 起きて下さい! もう大丈夫ですから!」
声を上げて叫びますが、それきり声が聞こえることはなく、ただ、温かな場所に揺蕩うように閉じ込められてしまいました。
「やばい。とにかく逃げなきゃいけないし。取り敢えず台から降りて、目眩しの結界魔法で呪詛の帯に繋がれて寝てるシルヴェイン王子が見えるように誤魔化しとこうか。」
呟いてみると、視界がぐらっと揺れて、唐突に外の景色が見えるようになりました。
「これは、ロボット操ってるみたいで、微妙。」
呟いた声は、何とシルヴェイン王子の声で耳に届きました。
そこからは無言を貫く事にして、台座から降りて目眩しの結界魔法を張りました。




