281
山小屋に辿り着いて、荷物を置いて宿泊と晩御飯の用意を始める傍ら、テンフラム王子とザックバーンさんに呼ばれて魔法陣を見に行く事になりました。
当然のように付いてくるバンフィードさんと、フォーラスさんも興味を惹かれたようで付いてきてくれました。
魔法陣の円の外に立ってしげしげと眺めているテンフラム王子とザックバーンさんは一様に首を傾げています。
というのも、その魔法陣の真ん中には鎮座なさってるんですよね。
「女神像ですよね?」
と、呟きながらやはり魔法陣の中心を眺めているのはフォーラスさんです。
「流石はファデラート大神殿の領域内、なのでしょうか。古代魔法陣に女神像の組み合わせとは初めて見ますね。」
ザックバーンさんの発言にテンフラム王子も頷いています。
さて、これはどうしたものか、とちょっとだけ目を逸らして小さく息を吐いていると、バンフィードさんに訝しげな目を向けられました。
「古代魔法陣なのは間違いないんですよね?」
気を取り直してそうテンフラム王子に問い掛けてみると、頷き返されました。
「ああ、間違いない。魔法陣の外周の直ぐ内側にあるこの文字は古代魔法文字だ。掠れていて解読は難しい状態だが、魔法陣である以上、この中でなら古代魔法が強化されるから使える筈だ。」
言われて目を凝らしてみると、文字が翻訳されていきます。
“神の叡智を崇めよ。聖なる魔力を捧げ我を起こす者に神の奇跡を。これは代行者より相応しき神の奇跡を一度切り引き出す盟約の台座なり。”
あれ?と思うような内容でしたが、それで真ん中の方の説明も分かるというものでしょう。
何故か、女神像ではなく古い巫女さんのような服装の女性が目を閉じて座っているように見えますからね。
ぱっと見幽霊みたいでちょっと怖かったことは内緒です。
そしてあの方多分、魔人さんなんじゃないでしょうか。
チラッと見た肩の上で、ノワがにっこり含みのある笑みを浮かべているので間違いないでしょう。
「う〜ん、願い事一つ叶うなら〜。今なら何を願うべきなんでしょうね? しかも、相応しいって。どういう意味だろ。」
ブツブツと呟いていると、ばっと皆様に振り返られました。
「レイカ。本当にお前は、・・・分かった事があるなら、きちんと言葉にして言え。」
テンフラム王子の呆れたような言葉に、目を瞬かせつつそちらを向きました。
「えっとですね。この魔法陣、本当に起動させるなら聖なる魔力を流さないといけないみたいです。そうするとあのひとがお願いを、出来る範囲で聞いてくれるシステムみたいです。あ、しかも一回だけってことでした。」
「・・・それはまた、酷く抽象的ですね。」
フォーラスさんの感想に、うんうんと頷き返します。
「そうか。古代魔法陣としての通常の使用は不可能なのか?」
それは、ちょっと分かりませんね。
「うーん。その辺は書いてないです。」
その答えに、テンフラム王子は困ったように眉を寄せて考え込んでしまいました。
「あの。取り敢えず起動して中のひとに話し聞いてみます?」
どう考えてもそれが手っ取り早いと思うのですが。
「いや待て。その取り敢えずは危険な臭いがする。」
「はあ。でも、魔法陣あてにして降りて来た以上、ここで何かしなきゃもう後がないんじゃないですか?」
正論を吐いてみると、テンフラム王子がむっと押し黙ってしまいました。
「あの、取り敢えずクイズナー殿にも相談してから、どうするか決めては如何でしょう?」
フォーラスさんの意見は尤もですが、そうすると絶対反対されそうな気がします。
と、不意に抱っこ紐の中でコルちゃんが身動ぎしました。
「キュウッ。」
久々に鳴き声を立てたコルちゃんが、するっと飛び出して来ました。
耳をピンと立てて警戒するように毛も逆立っているようです。
足元にピッタリと張り付きつつも、ジッと何処かを見詰めている様子でしたが、その視線の先を辿った途端に、こちらもギョッとしました。
「猿。」
と思わず呟いてしまいましたが、恐らく先程のクワランカーが魔法陣を挟んだ向こうに大人しく座ってこちらを見ています。
「うわっ。猿山の猿とは目を合わせちゃいけないんだよね? コルちゃん睨み合っちゃダメだよ?」
そっとコルちゃんに声を掛けてみますが、身動ぎもせず見つめ合う2匹は目を逸らそうとしません。
「ノワ、どうしよう?」
思わず肩の上のノワに助けを求めてしまいましたが、にっこりと微笑まれました。
「我が君。私は我が君が桃太郎と改名されても、変わらず愛して差し上げますよ?」
「ちょっとノワ! まだ名付けの時のこと、根に持ってるの?」
こちらもムッとしつつ返すと、これまた良い笑顔のノワさんにサクッと切り込まれました。
「我が君のク◯なネーミングセンスは、しもべ一同愛ある試練と受け入れております。ですから、我が君も是非、仲間入りしましょう。」
「くっ! 慎んでお断り! 鬼ヶ島行く予定ないし!」
「そこですか?」
そんなくだらないやり取りの間に、フォーラスさんは大急ぎで山小屋の中に知らせに入って行き、少し下がったテンフラム王子を庇うようにザックバーンさんが剣を抜いて構えています。
「レイカ様、クワランカーがどういうつもりか分かりませんが、一先ずゆっくりと下がりましょう。」
隣からバンフィードさんの声が掛かって、ここは素直に頷き返しつつじりっと一歩下がったところで、それと入れ替わるようにコルちゃんがパッと前に飛び出しました。
「コルちゃん! ダメだよ!」
魔法陣の上を堂々と通ってクワランカーの方へ真っ直ぐ歩み出したコルちゃんに、クワランカーの方もお座り体勢から腰を上げて前に進み始めます。
「や、ダメだって! 何が起こるか分からない魔法陣の上であんた達何しようとしてるのよ!」
思わず大声で突っ込んでしまいましたが、全く聞いている節がありません。
「しょうがないなぁ、もう!」
ここは仲裁に入るしかないとコルちゃんを追い掛けて足を踏み出したところで、後ろからバンフィードさんが慌てて追い掛けて来てくれます。
「レイカ様!いけません、戻って!」
そのバンフィードさんの手が腕に触れそうになった瞬間パァッと辺りに白い光が広がって、バンフィードさんは弾き出されたようです。
えっと見渡すと、足元の魔法陣が最近知った自分の魔力色の真珠色に染まって浮かび上がっています。
「あれ? 何で起動してるの?」
魔力を注いだつもりは全くなかったのですが。
「まあ我が君、魔力が余り散らかしてるので、余剰魔力常に周りに発散してますからね。」
ノワの何でもないような言葉に、聞き捨てならないと睨むような視線を向けました。
「そんなに?」
「ええ。だから、魔物を呼び寄せるんだって私言いましたよ?」
確かに、サラッとそんなような事を言われた気がしますが、ここまでとは思わないですよね?
「ちょっと待って。私って、立ってるだけで周りに魔力撒いてるスプリンクラー状態なの?」
「はい。流石は魔王の魔力を作り出せる身体ですよね?」
余りの衝撃に、思わず座り込んでイジイジと地面にのの字を描き始めてしまいました。
「あのさぁ。それって私、物凄く恥ずかしい人間じゃない? 自意識過剰っていうか、俺様崇め奉れみたいなキャラしか許されないような裏設定じゃない? 私、どっちかって言うと、地味にひっそり目立たずに埋没して生きたい人間なんですけど。」
「・・・それは、誰のお話しでしょうか?」
にっこりと突っ込んでくれるノワですが、本当失礼ですよね?
気を取り直して溜息と共に立ち上がると、前方魔法陣の中心辺りで、何故かコルちゃんと猿が大人しく並んで座ってこちらを待つように振り返っています。
「ああやだ。何あれ?」
最早嫌な予感では済まされないお膳立てされた道を歩かされてる感満載です。
「我が君、諦めて。上手くすれば今の我が君の役に立ってくれますよ? アレは。」
「ノワ、後でお話しがあります。あんたはもうちょっと色々最初から説明しなさいよ! 不親切が過ぎる! その上、分かってて面白がって振り回してるでしょ!」
爆発した不満をぶちまけ始めてしまいましたが、ノワは嬉しそうにふっと笑うだけです。
「仕方ないですよ。やっと、漸く、我が君の専属魔人になれたんですよ? これでいつまでもいつまでも、我が君のお側にいられます。嬉しくて嬉しくて、つい我が君を驚かせたりちょっとだけ困らせてみたり、私だけが堪能出来る瞬間を噛み締めたいじゃないですか!」
「・・・帰れ、システムに。しっかり混ぜ捏ねて貰って、その壊れた人格も均して貰っておいで。」
冷たく言い放ってやりますが、ニコニコ笑顔のノワは懲りた風もありませんでした。




