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一つ目の山小屋には魔法陣跡は見付からなかったということで、また山降りが再開されました。
この辺りから所々道幅が狭くなったり勾配がキツくなったり、馬を引いての山降りが大変になって来ました。
そして、それに一番苦戦していたのは申し訳ないことに自分でした。
「バンフィードさん済みません。」
ナシーダちゃんの手綱も代わりに引いてくれるバンフィードさんに、申し訳なくて拝み倒す勢いです。
「仕方ないですよ。軍属や護衛経験者ならともかく、一般人がこんな山降りは経験しませんからね。」
その一言に、一応軍属の身としてはめり込みそうな程落ち込みます。
「う。帰ったらもっと訓練頑張ります。」
ついそう溢してしまうと、バンフィードさんが一瞬動きを止めてこちらを見上げました。
「ああ、第二騎士団に入っていたんでしたか?」
「ええ。ほんの少しだけですけどね。」
冷やかし程度って言うんでしょうね、あれは。
「・・・もう辞めた方が良いですよ? 貴女にはもっと他に活躍出来る道があると思いますし。じゃないと、貴女に張り付いて離れませんよ?」
「はい?」
またおかしなことを言い出したバンフィードさんに戦慄しつつ問い返します。
「日常訓練は、まあちょっと離れて見守る程度で済ませられそうですけど、遠征にでも駆り出されようものなら、必ず隣に護衛として付いて行きますから。」
何かよく分からない宣言に、ザッと鳥肌が立ちます。
「はい? ちょっと大丈夫ですかバンフィードさん、めちゃくちゃ怖いんですけど?」
「大丈夫です。アルティミアも同意してくれる筈です。侯爵は、説得にちょっと手間取るかもしれませんが、きっと分かってくれる筈です。」
力を込めて言い切ったバンフィードさんが、最早理解不能な未知の生物のように感じ始めました。
「いや、分かってくれなくて良いです。てゆうか、本当におかしいですからね? 冷静になって、今回の件が終わったら、ちょっと距離を置きましょうね? アルティミアさんの元に戻って貰って、早く結婚でもして2度と会わない方向でどうでしょう?」
「え?」
物凄く驚いた顔になったバンフィードさん、こちらが驚きですよ!
「あの、マッサージ機は別に探してもらって。私の魔力のことは早く忘れましょう!」
「・・・・・・分かりました。」
そのバンフィードさんの声が物凄く不自然に低くて、何が分かったのかきちんと問いただしたいような、聞きたくないような微妙な空気になりました。
取り敢えず怖いのでこの話題は封印しつつ、なるべく距離を取る努力をしてみようと思います。
「我が君!」
唐突に上がったノワの叫び声に驚いていると、手綱から手を離したバンフィードさんが背に庇ってくれながら剣を抜いて構えています。
「レイカ様、ゆっくり後ろに下がって後列と入れ替わって下さい。」
前を向いたまま冷静な声で告げるバンフィードさんの向こうに、木の上からこちらを見下ろす血走った目の猿のような魔物の姿が見えました。
そういえば、旅の途中から魔物を見掛けることがほぼ無くなって、ここが魔物やら魔獣がその辺に跋扈する異世界だって忘れ掛けてましたが、それはヒヨコちゃん達親子が空中護衛してくれているお陰だったんでした。
「レイカさん。俺の後ろに隠れてて。」
後ろで馬の手綱を持ったまま剣も抜いているケインズさんが真面目な声で言って、前を見据えています。
「クワランカーだね。僕はおねー様中心に防御結界張るから。」
コルステアくんにグイッと後ろに引っ張られながら、2人が交わす会話を聞いていました。
「目立つから攻撃魔法の使用はなるべく控えるように!」
前列からクイズナー隊長の声が聞こえて来ます。
「コルステアくん、クワランカーってどんな魔物?」
聞いておけばいざとなれば何かお手伝い出来るかもしれません。
「普通は群れ行動する魔物で、確か風魔法で砂塵を巻き上げて視界を遮ってる間に物理攻撃で襲って来るんだったと思う。」
塔の魔法使いのコルステアくんは、魔物にはそれ程詳しくはないのでしょうが、それでも一般常識の範囲で答えてくれたようです。
「大神殿を戴く山は、クワランカー他様々な魔物や魔獣が生息していますが、山道に現れることは滅多にありません。」
引き継ぐように話してくれるのはノワですが、何となく嫌な向きの話しですね。
「あれは、群れから追い出された逸れもののようですね。そういう個体は、酷く弱いものか、凶悪過ぎて群れの秩序を乱したものであるかのどちらかです。」
真面目モードのノワは、中々役立つ解説をしてくれますね。
「前者を希望、だな。」
言いながら、オンサーさんが出て行ってケインズさんとバンフィードさんの加勢に向かうようです。
ケインズさんの馬はコルステアくんが、オンサーさんの馬はシーラックくんが預かったようです。
「はい退いて〜! まずは矢で脅して逃げてくようなら一番でしょ?」
言いながら弓に矢を番えたジリアさんの前から皆で身体を倒して避けます。
しっかり狙ってから放たれた矢は、クワランカーの居た木の枝の直ぐ脇の幹に刺さりました。
かなりのコントロールじゃないでしょうか。
クワランカーは、矢が刺さる前に奥の木に飛び移ったようです。
「レイカ様、この隙に進みますから戻って!」
バンフィードさんに呼ばれてそちらに慌てて戻ります。
前のフォーラスさんとクイズナー隊長にそれぞれ回収されていた馬達の手綱を返して貰いつつ、また山道を降り始めます。
と、またガサっとクワランカーが距離を置いて付いて来ているようです。
「どうやら、我が君の魔力に惹かれて追ってくるようですね。」
ノワからの解説に嫌な気分になります。
「ええ? 桃太郎じゃないからきび団子持ってないし。」
「・・・ああ、猿雉犬。ハザインバースとサークマイトにクワランカー? 我が君どんな鬼退治に行くんですか?」
冗談が微妙に通じてなくて、更に嫌な気持ちになってしまいました。
「まあ、危害加えてこないなら、放っておこう。うん。」
無理矢理納得させつつ降り続けた山道が薄暗く感じ始めた頃、二つ目の山小屋が見えて来ました。
「レイカ! あったぞ。あれだ!」
テンフラム王子が前から声を掛けて来て、指差す方を覗き込んでみると、確かに山小屋の直ぐ隣に薄暗闇の中に浮かび上がるように鈍い輝きを放つ円が見えます。
「本当だ! でも・・・」
続きを言い淀んでしまいましたが、テンフラム王子は気付かなかったようで、さっさと速度を上げて山道を山小屋目指して降って行ってしまいました。




