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「問題はな。ファデラート大神殿の裏門を出ると、騎乗では進めない山道が続くってことだ。そしてスーラビダン側に降りるまで丸3日掛かる。その上、街の中にこちらがいないと知られればメルビアスの騎士達は当然裏門からの逃亡を疑ってそれ程時間差なくこちらを追い掛けて来るだろうから、振り切って逃げることはまあ不可能だ。」
テンフラム王子の冷静な分析に、素直に頭を抱えたくなりました。
「え? まさか下山しながら修復魔法使えとか言います?」
「は? 幾ら何でもそこまで非常識じゃないんだろ?」
対レイナード用のシルヴェイン王子並の鬼畜疑いが持ち上がり掛けましたが、年の功か大人なテンフラム王子はそんな無茶を言うつもりはなかったようですね。
「ですが、それならどうしますか? 足場の悪い山道でやり合うのはお互い部が悪いですが、先回りするくらいの知恵は使ってくるでしょうから。」
クイズナー隊長がそう言って意見を求めたのは、テンフラム王子の方が土地勘が有りそうだからでしょう。
「この山道にはな、修行者が辿る為の山小屋が何ヶ所かあるんだが、その一つに昔打ち捨てられた古代魔法の魔法陣跡があるはずなんだ。もしかしたら手を加えれば使えるようになるかもしれない。」
そう声を落として話し始めたテンフラム王子ですが、やっぱりそういう奥の手的なものを持ってましたね。
「そこで、追っ手を返り討ちに?」
物騒な話しを始めたクイズナー隊長とテンフラム王子に呆れ顔を向けつつ、もしも魔法陣が起動出来て古代魔法が使えるとしたら、何をするべきか考えてみます。
が、そこで当たり前の壁にぶつかりました。
古代魔法のことを知らなさ過ぎて、何をやっていいのか、出来るのか、全く想像も付きませんでした。
「うーん。古代魔法ってそもそも何が出来るんだろ。」
ついポツリと呟いてしまうと、テンフラム王子の側にいたザックバーンさんがこちらを振り返りました。
その顔に、苦々しいと蔑んだが同居したような表情が浮かんでいます。
「そんなことも知らずに、適当に古代魔法を使えたからと、魔法陣が何処にあるやら転移魔法だのと、良くも声高に言えたものだ。」
そんな喧嘩越しな台詞が来て、それに隣にいたコルステアくんの眦が吊り上がりました。
「は? いい歳した大人の地位ある人間が、口の利き方も知らないの?」
ちょっとだけ、同族嫌悪かって思ったことは、内緒です。
「あー、コルステアくん? 言葉選びが壊滅的にダメな人っているよ? 意外と本人はそこまで酷いこと言ってるつもりはなかったりとかね? そういうのサラッと流せるのも大人の余裕だよ?」
「・・・意外。流せるの?」
それってどういう意味でしょうか、弟。
「流して、後で別手段で倍返し。思い知らせる。こういう喧嘩に勝つコツは、同じ土俵でやり合わないこと。相手だって、より有利な状況で喧嘩売って来てる筈だからね? 勝てない喧嘩は買っちゃダメ。」
「・・・ふうん? 何にも考えずに好き勝手やってるように見えて、意外と考えてるんだ。」
感心したように返して来たコルステアくんですが、おいこら、ですね。
「まあおねーちゃん、可愛い弟の何気にグサっと来る台詞くらい笑って流せるけどさ。」
口を尖らせつつモゴモゴと言ってみると、目を瞬かせたコルステアくんがおずおずと手を上げてフードの上からポンポンして来ました。
「ごめん。アイツと違って馬鹿にした訳じゃないから。」
あちらも微妙に照れくさそうに横を付きつつ謝って来たコルステアくんは、瞬時に許してあげたくなる程、やっぱり可愛いですね。
「ザックバーンさん、仰る通り古代魔法なんて名前すら一昨日知ったばっかりで、何一つ知りませんよ? という訳で、それはもう一から十までしっかり教えて下さい。」
ずいっと身を乗り出して促してみると、ザックバーンさんが何とも居心地の悪そうな顔になりました。
「取り敢えず、今一番有効な手段は山小屋で身を隠しつつ、追手が諦めて去るまでやり過ごすことと、貴女がやると言った修復魔法を試みることだと思われます。その為に、魔法陣を修復して目眩しの魔法を発動することでしょう。魔法陣の中で使う古代魔法の目眩しならば、私と殿下が交代で維持すれば、10日から一月は敵の目を欺ける筈です。」
「成る程ねぇ。でも但し書き付きで、食料問題をどうにかしなきゃならないのと、今の一刻も早くっていう状況を考え合わせると、お籠もりするとしても今夜だけか精々明日一杯ってところですよね?」
そう追求してみると、渋々というように頷き返されました。
それでも落ち着いて修復魔法を使う場所と時間が貰えるなら、悪くない手だと思います。
「分かりました。それじゃ、その山小屋探しに行きましょう!」
と、こんなやり取りを繰り広げている内に、テンフラム王子とクイズナー隊長も話しが終わったようでした。
「では、移動を開始する。」
クイズナー隊長がそう言って、それぞれが自分の馬を引いて山道を下って行くことになりました。
先頭をリックさんとピードさんが、それにテンフラム王子とザックバーンさんが続いて、クイズナー隊長とフォーラスさんの後ろにバンフィードさんと並んで、後ろはコルステアくんとケインズさん、オンサーさんとシーラックくん、ジリアさんとナッキンズさんは前2人と状況によっては入れ替われるように確認し合っているようです。
そして後ろを振り返りながら最後に来るのはライアットさんですが、そのライアットさんが馬をシーラックくんに預けて傍から列を遡って来ます。
どうしたんだろうと見守っていると、ライアットさんがこちらを真っ直ぐ見ながら目指して来るのに気付きました。
ゆるゆると進みながら追い付いてくるのを待っていると、列に割り込みながら直ぐ隣まで来て話し掛けて来ました。
「済まない。ずっと知らせようと思っていたんだが、その暇がなくて。」
そう話しづらそうに始めたライアットさんに、もしかしてとハッとした目を向けました。
「ヒヨコちゃんとお父さんのことですか?」
ライアットさんが個人的にとなると、この話題しか思い付きませんでした。
「そうだ。実は、今朝がたハザインバース親子がファデラート大神殿上空を飛び回っていて、ちょっとした騒ぎになっていたんだ。」
だから、ライアットさんだけ護衛の皆さんと別行動してその様子を見に行ってくれていたようです。
「済みません。私が昨日から会ってあげてないから。心配してくれたのかもしれません。」
「ああ、そうみたいだ。で、そのままにして何か起こるのも良くないかと思って、大神官に相談して広場を借りて、降りて来るように誘導してみたんだ。」
元ハザインバースの獣騎士だったライアットさんは、何か意思の疎通をはかる方法を知っていたのでしょう。
「へぇ。やっぱりそういうノウハウ的なものがあるんですね?」
そう問い掛けたこちらに、ライアットさんは少し苦い顔になりました。
これは、もしかしたら獣騎士としての守秘義務に関わるようなお話しなのかもしれません。
「えっと、話せないことなら言わなくても大丈夫ですからね?」
秘匿契約でも結ばされているのかもしれないので、流石に無理に聞き出そうとは思ってませんよ。
「ああ、済まない。・・・で、何とか広場に降ろすことは降ろせたんだが、それが街の外の連中を刺激してしまったようで、結果こんな事態になってしまった。」
何か申し訳なさそうな顔になったライアットさんは、ここに謝りに来たのだと漸く気付きました。
「え? それはライアットさんの所為じゃないですから。そもそもヒヨコちゃんとお父さんが騒いでたからだし。それに、外の人達はそれをキッカケにしただけで、遠からず騒いで大神殿に押し入るつもりだった筈ですからね。」
そう取りなしてみましたが、ライアットさんの表情は晴れませんでした。
「ああ、そうかもしれないが、結局ハザインバースの親子には街を離れて飛び去るように指示を出したから、ここからの逃避行の最終手段には使えなくなった。」
そこも謝りたかったんですね。
「いえ。その最終手段は、後がないから却下したヤツですし、こちらが逃げてる最中にヒヨコちゃん達が飛びながら付いてきたら、目印にしかなりませんから。飛び去る指示を出したのは結果最善策でしたよ。」
そうはっきりと返すと、ライアットさんは躊躇うようにこちらを見返して来ました。
「もしも、どうしても騎獣する必要が出て来たら、その時は力を貸そう。今の君なら、若鶏の方に乗れそうだし、親鶏に乗って飛行に付き合うことも出来ると思う。」
そう明かしてくれたライアットさん、もしかしたらこれは物凄い譲歩なんじゃないでしょうか?
獣騎士だったことを言いたくなさそうにしていた彼は、恐らく過去に何かあったようですし。
「そうですね。その隠し球は、しっかり取っておきましょうか。これから何が起こるか分からないですからね。」
そう話したことで気が済んだのか、ライアットさんは最後尾に帰って行きました。
「あの。そのハザインバースに騎獣する件ですが、なるべく控えて下さいね。私は付いていけなくなりますから。」
そう隣からすかさず釘を刺して来たバンフィードさん、珍しく真面目な口調でしたが、かなり本気で個人として護衛してくれる覚悟のようです。
これが、超万能マッサージ装置を守る為という下心がなければ、うっとり展開なのかもしれませんが、それでも微妙なこの残念さがバンフィードさんの良いところかもしれません。
こちらの精神衛生上としては。




