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「レイカさん。」


 そこにケインズさんの声が聞こえて、手にそっとハンカチを乗せられたようです。


「ケインズさん。」


 掠れたような声が出て、言葉が続きません。


「抱き締めても、いい?」


 躊躇いがちなケインズさんの問いに、答えられずにいる内に、そっと背中に回った腕の中に包み込まれていました。


 力を込め過ぎないように慎重に何かから守るように。


「ずっと、どんな時もこうして側にいるから、自分だけの所為だとか、思い詰めないで。」


 どうしてそこまで、と思う程優し過ぎるケインズさんの言葉に、堪えていた涙が頰を伝って行くのが分かりました。


 ケインズさんの腕の中で、手の上にあるハンカチを持ち上げて目元に持っていって押し当てました。


 吸い込まれて行く涙と柔らかな布の感触に、じいんと胸の奥が熱くなって、触れないように慎重に距離を取りつつも包んでくれているケインズさんの胸に額を付けて縋りたくなってしまいます。


 でもそれは、弱った心で衝動的に縋ってはならないものだと思い直しました。


 しっかり涙を拭ってから、そっと顔を上げます。


「ケインズさん。私、レイナードさん譲りのサラッサラのプラチナブロンド手放しちゃいましたし、背縮んで少しだけ顔立ちも変わっちゃって。大分イメージ変わったでしょう?」


 何故今こんな話しを始めたのかケインズさんは訝しく思うかもしれませんが、ドサクサに紛れて、縋ってしまいたくなる自分を自分で牽制する為です。


「だから、レイカさんは分かってない。外見なんか関係ないって本当にそう思ってたんだ。」


「縁取る魔力が見えるから?」


 確か前にそう言ってくれた筈です。


「そう。・・・でも、今回のレイカさんは、反則。くっ可愛い過ぎ。」


 最後はボソッと耳元に口を寄せて囁いて来たケインズさんの息が耳に触れてくすぐったいです。


「う、小動物的可愛いですか? なんか悔しくて納得出来ない。レイナードは私が縮んだ分持ってって向こうでは性転換しただけでは有り得ない高身長手に入れてるんですよ? 私はまた足が短くなって歩くのも走るのも遅くなったのに。」


 本当に何故今という会話に突入してしまっていますが、どうしても誰かに愚痴っておきたかったんです。


「全然良いと思う。早く移動したいなら、俺が抱えていってあげるから。」


 ふと見上げたケインズさんの視線が熱くて、目のやり場に本当に困ります。


「えと。それは今は置いとくとして、帰宅手段でしたね。」


 ケインズさんの熱視線には気付かなかったふりでそっと後ろに下がって距離を取ろうとすると、少しだけ残念そうな顔になった気がしますが、すっと抵抗なく腕を解いてくれました。


 ようやく持ち直した気分になって見渡すと、テンフラム王子とクイズナー隊長に目をやってから、ふと思い出した事がありました。


「クイズナー隊長? 前にタイナー師匠せんせいのところで、エダンミールなら転移魔法の研究も進んでるんじゃないかって話してましたよね? あれって根拠があるんですか?」


「え?」


 テンフラム王子やマルキスさんフォーラスさんと話していたクイズナー隊長がこちらを振り返りました。


「もしもそうだったなら、サヴィスティン王子がシルヴェイン王子の魔力を使って送って来た転移魔法を仕掛けてたかもしれない伝紙鳥には、シルヴェイン王子の魔力を取り出して使ってる王都の何処かに繋がる転移魔法が刻まれてたってことですよね?」


「ん? でもそれは、その聖獣様が還元魔法で消してしまったんだろう?」


 そう返して来たクイズナー隊長にケインズさんから離れて歩み寄って行きます。


「戻せば良いんですよ。それこそ聖なる魔法でコルちゃんが還元する前の状態に。」


「しかし、確証はないのだろう? もしも違っていたら危険ではないか? しかも膨大な魔力を必要とするだろうし。第一神が許すのかな?そんなやり直しを。」


 言いながらも、クイズナー隊長の目に希望の光が明らかに宿り始めています。


「違ったらその時、また分解すれば良いじゃないですか。」


 言ってから、マルキスさんに目を向けます。


「聖なる魔法は承認を重なることで消費を抑えて発動精度が上がる魔法でしたよね? これからここで分解してしまったかもしれない転移魔法の修復を試みようと思うんですけど、手伝って貰えますか?」


「・・・貴女の肩の上のかたが、貴女を手伝うべきだと言って下さるなら。」


 そう口にしたマルキス大神官は、目を細めてノワを見ながら、懐かしむような目を向けています。


「それはもう、貴方が自分で判断することでしょう?」


 何処かぶっきら棒な口調で返すノワは、それなのに少しだけ赤い頰を隠すように横向いています。


「数十年ぶりなのに、相変わらず連れない方ですね、レン様。」


「ノワだ。その名を持つ人間は、もう何処にも存在しない。いつまでも探し求めるのはもうやめなさい。」


 昔の口調なんでしょうか、少し丁寧な大人の口調で言ったノワに、マルキスさんがほんの一瞬だけ寂しそうな顔になりました。


「では、ノワが偶に気が向いた時に顔を出してくれるなら、お手伝いしましょう。」


 直ぐに笑顔に戻ったマルキスさんですが、その内心を慮って複雑な気持ちになりますね。


「我が君が行けと仰るなら、偶には?」


「行って来たげなさいよ。今回の件が片付いたらどうせ暇でしょ?」


 そう言って後押ししてあげると、ノワは満更でもない顔になってにっと微笑みました。


「では、我が君が寂しくならないようにほんのたま〜に?」


「寂しくならないから、いっそ相談役的ポジでここに住み着いたら?」


 ヤンデレ寄り魔人が本当にヤンデレる前に再就職先として斡旋しておくのもアリですよね?


「・・・我が君? そんな可愛いことばかり言ってくれる貴女様は、やっぱり閉じ込めてこ・・・」


「黙れミニマム。もういっそ今からここに置いて行こうか?」


 ぷうと頰を膨らませて横髪に抱き付きつつスリっと頬擦りしているノワには、小動物的可愛さを感じるべきか、変態要素を懸念するべきか、紙一重ですね。


「我が君?愛してますよ? これからの我が君には痒いところに手が届く私のような万能魔人が必要不可欠なんですよ?」


「はいはい。その重過ぎる愛がないと、もっと使える魔人になれるのにねぇ。残念。」


 そんなやり取りを繰り広げていると、マルキスさんが微笑ましく見ている視線を感じました。


「レン様が幸せそうで良かったです。長い命の果てに、全てを捧げられるような愛する人を見付けられるのならば。この人生もそう捨てたものではないのかもしれませんね。」


「いや、あの。全てを捧げられても、しかもかなりの偏愛ですけど?」


 つい突っ込んでしまいましたが、マルキスさんにっこり笑顔から表情が変わりません。


 ふと見たノワも似たような満ち足りた笑顔を浮かべていて、この師弟が!と心の中で罵ってやりました。

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