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真っ白でモフモフの毛に覆われたコルちゃんが夢から覚めたように瞬きしています。
いつも通りのつぶらな瞳に戻ったコルちゃんを前に出てギュッと抱き寄せました。
「いーやーし〜。」
久しぶりにコルちゃんのモフ毛に埋もれていると、コルちゃんも真珠色のツノを慎重に避けつつ顔を擦り付けて来ます。
「あー、これ成功?失敗? 何でレイナードとしか喋れなかったんだろ。」
と、背中に小さな手がポンと乗りました。
「我が君、ある意味ちゃんと成功だと思いますよ?」
指人形ににっこり笑顔で言われて肩を竦めてしまいました。
「まあ、色々情報収集は出来たけど。何だろこの、これじゃない感。あーどうしよこれから。」
「それは、私めと契約してからご相談に乗りましょうか?」
冗談っぽく言い出した指人形に、溜息を吐いて返します。
「万能な神様なら、私がヤケクソで叫んだ願い事くらい聞いてくれるよね?」
「何を願われたか知りませんが、諦めて現実的な解決方法を模索した方が建設的ですよ?」
無駄にリアリストな発言をしてくれる指人形と、ここはやはり契約の必要があるんでしょうか。
「ねぇ。指人形は、もう魔人として縛られる運命から解放されますって言われたら、私と契約しなくても良いよね? もしも本当にそうなったら、どうする?」
「お忘れですか? 私は神に命じられていないのに貴女の元へ契約しに来たのですよ? 貴女が貴女の決めた使命を果たすまでは貴女のお側にいます。その後は、やはり貴女の側が居心地が良ければ、離れませんけどね?」
そう良い笑顔で宣言した指人形に、やはり早まったかという気もしてきましたが、神様との交渉決裂の可能性も考えると、手を貸して欲しいのは間違いありません。
「分かった。ここは腹括るしかないよね? 契約、しようか?」
「はい!」
今日一番の笑顔になった指人形が床に降り立って小さな手の平をこちらに差し出して来ました。
「では我が君、私に名付けを。そして、私の手の上に魔力でその名を刻んで下さい。」
「うーん。名付けかぁ。・・・ゆ」
「真面目にやって下さい。」
すかさず遮った指人形、仮の呼び名はやっぱりお気に召してなかったんですね。
「失礼な。・・・れ。いやなんか被るよねぇ。」
段々指人形の顔付きが険しくなって来てるのはきっと気の所為です。
「うーん。そういえば指人形の元フルネームは?」
「加納蓮ですが。カノウとかやめて下さい。」
ここは小さく口の中で舌打ちしてみました。
「我が君、もしやと思っておりましたが、ネーミングセンスがク◯なんですね? もう良いです、ノアールかノアで。昔髪色からそう名乗っていた時期がありましたから。」
「なるほど〜。ノアール、ノワール。それじゃ使ってないノワにしようか。」
「・・・ではそれで。」
何故か名付けの筈が半指定でしたが、気にするのは止めることにしましょう。
指先に魔力を乗せると、指人形の小さな手の平にノワとなぞりました。
文字の形に残った魔力がすうっと指人形の手の平に吸い込まれていって、ポンっと音を立てて目の前にやはりミニマムなノワが現れました。
「我が君! 大きくなってませんよ?」
「え? それはそうでしょ、ノワはミニマムで良いし。大きくするつもりないって言ったじゃない。」
「くっ!」
悔しがってるノワには悪いですが、危険物は適切な管理が必要ですからね!
「いつか、いつか魔力効率を上げて、こっそり大きくなってみせますから!」
何やら迷惑な大宣言をされましたが、無視です、そんなのトイレに流してしまいましょう。
「それじゃ、礼拝堂の外で待ってる皆様に、残念なお知らせと共に、作戦会議の開催を通告してきますかぁ。」
肩を落としつつ扉に向かって行くと、ノワがじいっとこちらを見上げたまま何やら嬉しそうな顔になっています。
スリっと足元に寄って来るコルちゃんも連れて、礼拝堂の扉を開きました。
「クイズナー隊長!」
焦りもあって、扉の外を見る前に呼び掛けてしまいましたが、外の廊下には旅仲間の皆さんが揃っていて、ハッとしたようにこちらに注目が集まりました。
「レ、イカくん?」
クイズナー隊長が何か訝しげに問い掛けて来て、首を傾げてしまいます。
「どうかしたんですか?」
こちらも訝しげに問い返すと、ハッとしたようにコルステアくんが走り寄って来ました。
「おねー様? 髪はどうしたの?」
言われて始めて、さらりと横から流れて来る髪がレイナードさん譲りのプラチナブランドじゃなくて、馴染みのある黒髪になっていることに気付きました。
「え?あれ? てゆーか、もしかして解呪されてる?」
そう呟いてから、そう言えばレイナードに最後にされた衝撃のキスを思い出しました。
「え? 死ななかったってことは、あれで解呪条件満たしたってこと? その上、髪色も入れ替わった? ちょ、ちょっと待って!鏡!」
慌てて見渡した廊下に鏡がある筈がなく。
ジリアさんが荷物から慌てて持って来た鏡を覗かせて貰うことになりました。
「我が君! 髪がお揃いですね!」
それは嬉しそうに肩にかかる髪の先に頬擦りするノワにはドン引きです。
「何その虫けら。」
コルステアくんのそれは冷たいツッコミが入りましたが、それは後にして、ジリアさんの鏡を覗きます。
まず、髪が色質共に怜樺のものと入れ替わったようです。
ただ、瞳は色も形も女性化したレイナードのままですね。
顔立ちの方は基本は整ったレイナードさん家の顔立ちのまま、少しだけ怜樺の面影が過ぎるようになったのは、目元でしょうか?
そして、身長がもしかしたら若干縮んだかもしれません。
「レイナードに身長持ってかれたかも。」
シュンと肩を落としていると、コルステアくんが何か嬉しそうに微笑みながら頭に手を乗せてきました。
「良いんじゃないの? こっちの方が、可愛いし。」
「あ、なんか弟に見下された感? そーゆーのはおねー様に優越感感じる為に言うんじゃなくて、ロザリーナさんに言ってあげなさいよ。」
半眼で見上げてから、ふとレイナードとの会話を思い出しました。
「な、なんでロザリーナ?」
このツンデレが、と心の中で毒づきつつ、少しだけ真面目な顔に戻します。
「レイナードがね。ロザリーナさんはコルステアくんとの方が幸せになれるだろうから、宜しくって。」
「は?なんで、アイツ? おねー様、その中で一体何して来たの?」
「・・・・・・」
痛過ぎて即答出来ず、思わず沈黙してしまいましたが、こちらを見守っていたクイズナー隊長の目も訝しげに挟まっているのに気付きました。
「ねぇ? 本当にさ、神様と話して色々要望出して交渉するつもりだったんだよ? なのに、会えたのはレイナードだったんだよね。色々話してこれまで分からなかった事情も明らかになったんだけど。神様とは接触出来なかった。」
明かしてから溜息を漏らすと、クイズナー隊長とコルステアくんは揃って何か考え込んでしまいました。




