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「ところで、指人形はどうして神様から命じられる前に私のところに来ようと思ったの?」
蒸し返すことになるかもしれませんが、何となく気になって話しを戻してしまいました。
そもそも見落とすなと言ったのは指人形ですから、気になることは落とさず拾って行こうと思います。
『・・・哀れに思ったのです。同じ異世界転移者であるにも関わらず、何も知らされず何一つ持ち込めなかった我が君が。禁呪などを用いた報いだという考えもありましたが、そもそも我が君が使った訳ではない。それに、禁呪を止められなかった責任はレイナードに付いていた魔人が命尽きるまで我が君を守る事で償いとした筈でしたから。』
こちらに来た当初、黒いアゲハ蝶の魔人が側に居てくれたのはこれがあったからなんですね。
「もしかしてそれって、指人形にしか出来ない特殊能力とかなの?」
他とは違うことを主張していた指人形は、魔人の中でも特殊な存在なのか、魔人なのに隠れ技を持っているのか。
何となく後者のような気がしました。
「あ、特殊と言えば、サヴィスティン王子だよ! シルヴェイン王子の宮に仮住まいしてた頃全く出て来なかったのって、サヴィスティン王子が出入りしてたから?」
『アレが夜中まで出没していましたからね。』
確かに、今にして思うと何のつもりだったのか、始めの晩にシルヴェイン王子と一緒のところを夜襲されたんでした。
「アレはやっぱり魔人だったの?」
『そうですね。アレもある意味特殊な魔人と言えるでしょうね。』
言ってから苦い顔になった指人形は、少し困った顔になりながら、ぐっと声を抑えて囁くように続けました。
『アレは、契約者が人の腹に居る内に契約を交わしたので、双子ということで育ってきた存在です。』
そんなことがあるのかと驚いてしまいましたが、理論上は有り得るのかもしれません。
「それじゃ、今回の件の黒幕って双子の兄王子だと思われてる人ってこと?」
『・・・さぁ。それはどうでしょうか。」
言いにくそうに目を逸らした指人形、これは答えられない類の問いだったようですね。
「ねぇ、魔人って本当は何なの?」
今日は指人形からこれまで聞けなかった色んな裏事情やらを聞けましたが、やはり一番の疑問に踏み込むべきでしょう。
『・・・世界の運行を著しく妨げる可能性のある存在や事象を監視誘導する存在です。』
それは、マルキスさんから聞いています。
「じゃあ、先代の大神官だった指人形が今魔人になってるのは?」
これまた無言で目を逸らした指人形には、これまた答えられない問いだったのでしょう。
「大神官である事から逃げたって言ったよね? 長過ぎる余生をかけて神様と取引きでもした? その結果、転移者レンさんとしての人生は終わったけど、魔人としての役割と記憶や人格は残った。そうじゃないの?」
と、またこちらの腕に顔をくっ付けて隠してしまった指人形は、答えられない問いに肯定したのかもしれません。
そんな指人形の頭をまた人差し指の先でそっと撫でてあげながら、ふと視線を下げて抱っこ紐の中を覗きました。
そういえば、大神殿に着いてから降ろしてあげるのを忘れてコルちゃんが抱っこ紐に入ったままでした。
身動ぎもせず大人しくしていたので存在を忘れかけていましたが、これから何かが起こる礼拝堂からは出しておいてあげた方が良かったかもしれません。
そう思って覗き込んだ先で、眠っていた様子のコルちゃんが伸びをして目を開きました。
そのまま抱っこ紐の中から飛び出したコルちゃんが、たっと何処か優雅に見えるような仕草で地面に降り立って、こちらを向いてすっと両前足を揃えると後ろ足を曲げて座りました。
その仕草といつもよりも知的に見える両目に違和感を感じます。
「コルちゃん?」
確かめるように慎重に呼び掛けますが、鳴き返すこともなく、その場を動く気配もなく、ただ、こちらを静かな目で真っ直ぐ見上げて来ます。
「指人形?」
腕に掴まる小さな手の感触に、強張った強い声で呼び掛けてしまうと、小さな小さな溜息が聞こえて来ました。
『怒りますか?我が君。』
その返事に確かに苛立ちが募りました。
「聖なる魔法だけを使える聖獣。そっか、進化したんだと思ってたあの時から?」
険しい顔で聞き返すと、指人形は肩を縮めたようでした。
『あの時の我が君を、神から派遣されていない私では、神に寵児として認識させて間を取り持つことも出来ませんでしたし。本当は、我が君と契約することすら出来なかったので。我が君をお守りする為に止むを得ず。』
この後出しの告白には、苦々しい気持ちになります。
「ちょっと待った! それって、そもそも指人形、魔人って言えなくない?」
『・・・そんなこと、言わないで下さい。』
何故か物凄く傷付いたように言われましたが、この指人形やっぱりかなりの曲者です。
本当に容赦なく隠れて色々企んでくれてたんじゃないでしょうか。
それは、勿論こちらを放って置けずに気遣ってという意味合いが多そうですが、どうやら普通の魔人ではなさそうな彼が保身の為に画策していたのも間違いなさそうです。
「はあ。この腹黒魔人、あんたは何をどうしたいのよ?」
後ろ頭を軽く小突いて問い掛けると、指人形がこちらをジッと見上げて来ました。
『あの聖獣を神との仲継ぎとして、我が君の望む交渉を行って下さい。それから、魔人としての私と契約を願って貰えませんか? 我が君が生きている間だけで良いのです。お側に置いて我が君を導くという役目を下さい。』
そう訴えて来た指人形の縋るような瞳は、マルキスさんが時折覗かせるものに似ているような気がします。
「神様って存在は、残酷で勝手で冷たいよね? それなのに今指人形が始末されてないのが温情だっていうのかな?」
これまた割り切れないモヤモヤした気持ちが湧きます。
「まあね、この間魔人を纏めて助けるんだ宣言しちゃったから、交渉頑張りますけどね? その代わり、諸々済んだら、あんたの知ってる事洗いざらい全部吐いてもらうからね。」
強気で言い切ってみせると、指人形にはふっと微笑まれました。
『我が君が契約して下さった暁には。』
それでも何処か油断ならない笑顔の指人形から目を離して、じっと良い姿勢で待ってくれていたコルちゃんに向かい合います。
「コルちゃん、それじゃ神様との中継お願い。」
簡素に願った途端に、また周囲から音が消えて、自分を除く世界が動きを止めました。




