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驚いて見回すと、礼拝堂に居た皆さんが動きを止めているようです。
「余りにも微妙な話しを始めるから、システムが一時的な制動を行ったようですね。貴女とはまずこの話しを済ませた方が良さそうだという判断でしょう。」
言われた内容に内心冷や汗が滲みます。
「えっと。それじゃこの世界に神様はいなくて、システムが機械的に動かしてるってことですか?」
「それは、そうであるともそうではないとも言えるようです。神に神としての人格のようなものがないのかというと、そうではないようなので。つまり、機械的にシステムがただ運行している訳ではないようです。ですから、情状酌量の余地があったり、泣き落としに恩赦があったかのような現象が起こったりするようなんです。」
そう言われると混乱してしまいますね。
「私も、先代にこれについては随分と食い下がったのですが、やはり明確な答えは貰えませんでした。そして、その内に答えを求めることを諦めるようになりました。」
この答えには頭を抱えたくなりましたが、神様ってそういうものなのかもしれません。
「ということは、神様と話しが出来る訳じゃないってことですよね? それなら、こちらに招かれた時の調整はどうやってしたんですか?」
「システムから排出される存在、魔人というもの達が居ます。彼らと話しをしました。」
これには反射的に例の肖像画を振り返ってしまいました。
途端にある考えが浮かんで、やはり冷や汗が滲むような気がしました。
「この世界において、魔力とは世界に変化をもたらす能力だと考えられています。実際には色々とそうとばかりは言えないところも出て来るのですが。システムとしては物事を一律に判断する一つの基準として、魔力を多く待つ存在に監視誘導役としての魔人を付けることにしているようです。」
これには、成る程と納得してしまいました。
「では、私が交渉するならシステムから排出された魔人とやり取りする必要があるということですね?」
「ええ、恐らくは。」
これには首を傾げたくなりましたが、我慢しつつもう少し突っ込んで聞いてみることにしました。
「因みに、マルキスさんは転移当初以降で魔人さんと会って話したりしたことはあるんですか?」
「いえ。本当にこちらに来て世界に降り立つ前だけですね。もしも途中で出会えていたなら、もっと早くにここへ来る事が出来たでしょうから。」
少しだけ表情の歪んだマルキスさんは、こちらに来た当初用意されていた使命を果たしてから、かなり苦労してここに辿り着いたようですね。
「当初に聞きそびれていたことの一番は、寿命の件ですか?」
「・・・そうですね。ここでは寿命と魔力量は密接な関係があるようなのです。私達転移者は、世界に自己修正出来ない非常事態が起こった際に外から助っ人として呼ばれる存在だったようです。当然非常事態を処理する為のシナリオが組まれてそれに必要とされる魔力を与えられて世界に降り立ちます。ですが、あくまで解決予測として組まれたシナリオなので、実際にはその通りには進まないことも多々ある訳です。ある程度の強制力も働くようなのですが、全てをその通りには誘導出来ませんから、当初予測とは大抵齟齬が出るという訳です。」
強張ったような笑みを見せてからマルキスさんは続けます。
「それを見越しての少し多めの魔力なので、使命が果たせないということはないのですが、上手く解決し過ぎて魔力を使い切れない事があるのです。」
「その魔力って、魔力総量ギリギリまでの消費を意味してます?」
魔力は当然毎日回復するので、使い切るの意味が今一つピンと来ません。
「ええ。使命を果たす為に消費された魔力は、消失の対象になるんです。」
「なるほど、つまりその為に魔力を使い切れないと、消費されない魔力が寿命として残るってことですか?」
こくりと頷き返して来るマルキスさんに、思わず唸りそうになります。
「それは、聖なる魔力に元からそういう作用があるってことですか?」
「ええ。神に仕える神官が長命だというのはそういう背景ですが、それでもこの世界に生まれた者には少々多めというくらいの魔力しか与えられません。」
これは、深読みしてしまうロジックが隠れていそうです。
「うーん。何となく分かって来ました。ところで、与えられた使命の為のシナリオって、どうやって伝えられるんですか? 本当はその通りに動いていれば大きな失敗はないってことですよね?」
「それは、恐らく人によるのではないかと。その人の理解力や思考の方向性によって入り易いように植え付けられるようです。」
だから、マユリさんの場合はゲームのシナリオだったのでしょうが、ということは実際には存在しないゲームのシナリオをなぞっている気になっていたのかもしれません。
そう思うと、神様システムに対してやはりモヤっとするような割り切れない気持ちが出て来ますね。
「疑問点は大体払拭出来ましたか? 申し訳ないのですが、私にはレイカ殿と神を繋ぐような能力はありません。もしも交渉されるようなら、ご自分で何らかの働き掛けをしてみて下さい。」
そう締め括ったマルキスさんは少し寂しげなような羨むような不思議な笑みを向けて来ました。
このままこの制動状態が解除されるのかと見渡したところで、ふとクイズナー隊長が目に入りました。
「あれ? それじゃ長命種の人達って、潜在的に聖なる魔力を持ってるってことですか?」
これにもマルキスさんは少しだけ苦い顔になりました。
「子孫なのですよ。我々寵児と呼ばれる者達の。」
「はい? でも、以前ちょっとだけ聞いたことがあるんですけど、転移者は王族かそれに類する人達と結婚するか、神殿に入るんだって聞きました。」
腑に落ちなくてそう返すと、これまた苦い笑みを返されました。
「使命と共に魔力を消費し切った者達は、それ以降は普通の人間と同じように生きて行く事が出来るが、私のように消費出来ずに使命を終えた者は使いどころのない有り余る魔力を抱えて、常にそれを利用しようという者達に付け狙われるんです。だから、各地を転々としながら逃げ続けて、いずれ大神殿に逃げ込む方法を思い付く。」
そう言って言葉を切ったマルキスさんは少し目を伏せました。
「余剰魔力を持ったまま子孫を残すと、その子孫にもそれが受け継がれることがあるのですが、それが長命種と呼ばれる者達です。彼等は10歳前後から成長が遅くなり、周りから爪弾かれる存在になります。その時寵児である親が側にいて自らの寿命のカラクリに気付いていれば、その子の成長について理解出来るかもしれませんが、大抵は気付かないまま数十年の年月を過ごしてから気付くことになる。その頃に子供のことに気付いても手遅れである場合が多い。」
この寿命に関する情報の不親切さにはやり切れなさと憤りを感じます。
「長命種として生きている人達は、何とか生き残った人達だったり、寵児の親が気付いて守った子達ってことですか?」
「そうなるだろうね。そして、その子孫にもやはり長命が受け継がれる事がある。」
タイナーさんやクイズナー隊長がどうだったのかは分かりませんが、ちょっと切ない気持ちになってしまいます。
「その子達は、聖なる魔力は受け継がないのに、長命特質と高魔力だけは受け継ぐんですね?」
「そのようだ。」
短く言い切ったマルキスさん。
流石に心当たりがあるのかとは聞けませんでした。
その気まずい空気のまま、世界は再び時を刻み始めたようです。
「では、以前レイカ殿が言っておられた公女殿下の呪詛の結び目を解くところから始めてみるのはどうでしょうか?」
アダルサン神官の言葉でこちらも我に返りました。




