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ファデラート大神殿の最奥の小ぢんまりとした内々の礼拝堂に通されて、大神官さんを待つことになりました。
護衛の皆さん含めこちらのメンバー全員で入ると手狭に感じる程でしたが、その礼拝堂の壁に幾つもかけられている肖像画が目に入ると、それどころではなくなりました。
第何代大神官と説明書きのある絵の中の人物は、いずれも20代前後の若い姿です。
不自然な程に老いた姿の絵はなくて、色々と考えてしまいます。
そして、礼拝堂の奥に近い一枚から目が逸らせなくなってしまいました。
やっぱりねなのか、成る程ねなのか、コメントに困りますね。
「うーん、中々男前。てゆうか、転移者特典の補正効果かかってるのかも。」
その肖像画を腕組みで眺めつつ溢していると、隣にジリアさんが並びました。
「ふうん。確かに? 私の好みじゃないけど、イケメンよね? 欲を言えばもうちょっと大人の渋みが欲しい?」
「成る程ぉ。ジリアさんそういう趣味ですか。まあ、この人今はミニマムでショタな見た目ですけどねぇ。」
この発言には首を傾げたジリアさんですが、遠巻きにこちらを見ているケインズさんと、無遠慮に寄って来たテンフラム王子、フォーラスさんも不思議そうな顔でこちらに来ました。
「先代の大神官様の肖像ですよね? まさかお会いになった事が? というか、10年以上は前に亡くなられているはずですが?」
フォーラスさんの発言には乾いた笑みが浮かびます。
「レイカはこういう童顔が好みなのか?」
そしてこのテンフラム王子の感心しませんという台詞にも苦笑いしか浮かびませんね。
「まさか。面倒臭いショタを装ったヤンデレ寄りの変態魔人。もし万が一契約の運びになってもミニマムのままで居て貰うことに決定。」
目を瞬かせて意味が分からなかった様子の皆さんを放置で振り返ると、礼拝堂の入り口から20歳前後に見えるこれまた美青年が入って来ました。
「ようこそ、ファデラート大神殿へ。レイカ殿。」
その金髪碧眼の美青年の後ろから、アダルサン神官さん他数名の神官服の人達が続きます。
「私はファデラート大神殿の大神官マルキスと申します。」
言ってこちらに手を差し出して来た大神官マルキスさんですが、にこりと微笑む笑顔の向こうに色々隠していそうな油断ならない人物ですね。
「マルキス大神官初めまして、レイカです。」
差し出された手を軽く握り返しつつ握手をすると、ふっとまた微笑まれました。
「握手には慣れていないお国柄かな? それにしても、女性が酷い呪詛をかけられたものだ。ご苦労されたことでしょう。」
穏やかにそう話すマルキスさんですが、中身と見た目の若さにギャップを感じますね。
「まあ、そうですね。マルキスさんはいつこちらに?」
「・・・御信託で色々と聞いていたが、レイカ殿はやはり異色の寵児ですね。」
答えはなくそんな意味深な台詞を返して来たマルキスさんに、肩を竦めてみせました。
そのままマルキスさんは先程まで見ていた肖像画に近付いて眺めるような目を向けました。
「歴代最高の魔力を誇った先代の大神官様です。私はこの大神殿で彼の元について20年を過ごしました。未熟者の私を導いて下さる心から尊敬出来るお方でしたが、最後の数年は長い生に飽いておられるようだった。そして、この世を去られる時は呆気なく前触れもありませんでした。」
「ふうん。成る程ね。身体ごと転移した神々の寵児といわれた人達は、そんな風になる訳だ。」
言ったこちらに、マルキスさんは困ったような笑みを向けて来ました。
「・・・貴女は、既に色々な情報を手に入れておられるようだ。」
「マルキスさんも、私のこと狡いって思いますか?」
何となくそうかもしれないという気がして問い掛けてみると、また少し困ったような笑みを向けられました。
「いえ、そこまでは。ただ、私ももっと色々と知っていれば、違った道を選べたかもしれないと思ったりはしましたから。」
「・・・でも、マルキスさん達は招かれる時に、意思確認とか能力値調整とか外見補正とか、ある程度要望を交渉する余地があったんじゃありませんか?」
マルキスさんは少しだけ首を傾げながら、じっとこちらに視線を注いでいます。
「それは、転移するに当たっての注意事項や使命のざっくりとした説明の時に、要望を聞いてもらえましたよ? でも今となっては、その時にもっと色々と考えが至っていればと後悔することもあります。」
「そうですよね? 私の場合、説明なしで中身入れ替えをされて、いきなりレイナードさんになっていたところからスタートですよ? 状況説明も能力値の交渉も何もない内に。」
ここは、少しくらい分かってくれる相手に愚痴ってみても許される気がします。
「・・・確かに。余りにも予想外の転移だった所為で、対応もフォローも後手に回ったと聞きました。」
「取り敢えずレイナードさん自身が元々ラスボス踏める程のキャラだったのと、チートな翻訳機能のお陰で何とかやってこれたかなと思いますけど。」
とここでマルキスさんが何処まで把握しているのか確かめてみましたが、特に顔色を変えるでもなくそうなんですかと頷き返して来たマルキスさんからは何も読み取れませんでした。
「さて、それではこちらを訪ねて来られたご用を伺いましょうか。」
そう話しを切ったマルキスさんは、この続きをここにいる全員に聞かせるつもりはないということかもしれません。
「そうですね。まずは、最近流行りの某国発祥と思われる呪詛の被害者の解呪の依頼と状況確認を。またそれに関連した呪術の媒体を見て頂きたいのと、私が独自に試みている解呪の有効性や転用可能な方法の模索を。」
これには、マルキスさんに付いてきた他の神官さん達が微かに声を上げて騒ついたようです。
「それから、マルキスさんとこの肖像画の人の話しを個人的にちょっとしてみたいです。」
笑顔で向けたその話に、マルキスさんは流石に戸惑い顔でした。
「そして、一番大事な用が神様との対話。もしくは世界の運行システムへのアクセス方法?」
この世界には本当に神様という存在がいるのか、運行を司るシステムのようなものが存在するのか、その辺りは分からなかったので、マルキスさんに訊いてみるしかありません。
これを受けてマルキスさんはまた少しだけ困ったような顔で微かに笑みを返して来ました。




