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ファデラート大神殿神聖都市マドーラの門が道の先に見えて来たのは、メルビアス公国のファビドを出て小一時間程経った頃でした。
緩やかに蛇行しながら斜面を登っていく街道を、半分程進んだところでしょうか。
当初のこちらのメンバーに、メルビアス公女のパドナさん、スーラビダンのテンフラム王子と側近のザックバーンさんがコソッと加わった、見た目スーラビダンのお嬢様御一行の大神殿巡礼の旅といったところですね。
今朝大使館前で集合した時には、公女様も王子様もちゃっかり付き人ルックで、何かあっても目立つのは一点集中でこちらになりそうです。
「そういう訳で、公国で重要視されている聖なる魔力を織る事の出来るわたくしを昔から敵視していた妹のミレニーは、エダンミールから魔力織りの姫をと要求されて王家の花嫁候補として出された事で、この国自体を恨んでいるのだと思うの。特にわたくし自身の能力をこうして封じたことで、この国でのわたくしの立場を失墜させようとしたのよ。」
隣を行くパドナさんからの身の上話しはかなり重めなのですが、お互いに寄せた馬上でこそこそと交わされる話しは他の人には殆ど聞こえていないでしょう。
「公国自体が信用出来ないからテンフラム王子のところに逃げて来たのは、妹姫様の息が掛かった人達がパドナさんを狙ってるから?」
「ええ。残念ですけれど、昨日のように命を狙われたり捕われそうになったりしたことが何度もあって。」
それは疑心暗鬼にもなるってものですね。
「でも、公国にはパドナさんが絶対に信用出来る人もいるんじゃないですか?」
「ええ、でも父がわたくしの魔力織りの能力が失われたとミレニーに吹き込まれて信じてしまっていて。」
その言葉には、何か歪な家族間の歪みのようなものを感じますね。
「父は、元から何があっても明るく天真爛漫に振る舞っていたミレニーを可愛がっていて、エダンミールに嫁に出さなければならなかったことを後ろめたく思っていたみたいなの。それにミレニーは付け込んで、ある事ない事吹き込んだみたいで。」
家族の中でのそういった問題は、一番近しい家族間だからこそ複雑で根深いものにもなって、その上、外からは手が出し辛いものですね。
「そうだったんですね。テンフラム王子のところまで逃げ切れて本当に良かったですよね。それにしても、妹姫様は、パドナさんを捕まえてどうするつもりなんでしょうね。」
まずはそこを確かめないと何処に転んでいくのか分かりませんし。
「・・・そうなのよね。ミレニーの心の闇が何処までなのかも分からないし、それにエダンミールの意思が何処まで含まれているのかも分からなくて。」
パドナさんも難しい立ち位置なんですね。
「でも、安易に付いてきます?ってお誘いも出来ないですしね。ここから先、私達の側には危険しか思い浮かばないですしねぇ。」
そこで話しは一旦途切れてしまいました。
パドナさんをこのまま残していくことは良くないと分かるのですが、パドナさんが頼った筈のテンフラム王子はこちらについて来るつもりでアテにならないとなると、パドナさんの身の振り方は完全に行き詰まってしまいます。
「あの。わたくし、しばらくここを離れた方が良いと思いますの。本当はスーラビダンに匿って頂きたくてテンフラム王子を頼ったのですけれど、こうなるとその線は諦めるしかないでしょう?」
「うーん。では、大神殿で大神官さんに相談してみるのは?」
大神殿の雰囲気も大神官の人柄も分からないので何とも言えませんが、パドナさんを何とかしてあげたい気持ちはあります。
「難しい、でしょうね。わたくしの所在を知れば、父は大神殿に身柄の引き渡しを要求するでしょうし。大神殿には断る理由がありませんもの。」
「せめて妹姫様のかけた呪詛が解けて、パドナさんの能力が失われていない事が証明出来れば、お父さんの態度も変わりますか?」
複雑な家族関係を読み切れずにそう問い掛けると、パドナさんは苦笑を浮かべました。
「残念ですけれど、変わらないと思いますわ。父はやはりミレニーが可愛いんです。」
言ったパドナさんは、何かを諦めたような顔付きでした。
「・・・そうですか。」
家族の確執は長い時間を掛けて作られたものでしょうし、他人が入って解決するのは難しいでしょう。
「大神殿でその手首の呪詛を見て貰って、どうなるか確かめましょう。それから、この先どうするかテンフラム王子の意見も聞きつつ決めましょうか。」
そう取り敢えず纏めたところで、話しを変えることにしました。
「ところで、大神殿に着いてからパドナさんに見て欲しいものがあるんですけど。」
チラッと側で警護してくれているバンフィードさんに目を向けました。
「本当は、大神殿で見て貰うつもりで持って来たんですけど、パドナさんの手首に巻かれてるのと似た呪詛織りの毛糸玉で、バンフィードさんはそれに呪い殺されそうになってたんです。」
そう明かしてみせると、パドナさんが目を見開いてから少しバンフィードさんの方に向かって身を乗り出しました。
「ミレニーの呪詛織りが何かに使われてるのね? 是非見せて頂きたいわ。」
パドナさんも真剣な瞳で頷き返してくれました。
大神殿でやる事リストは山盛りで、それとは別に指人形の発言の意味も深読みしてしまいますが、とにかく飛び込むしかないのでしょう。
そう思って前を向いた途端に、先頭からガクンと速度が落とされ始めました。
何事かと思っていると、様子見に出ていたナッキンズさんが戻って、クイズナー隊長やテンフラム王子達と何か話しているようです。
そのままその集団の視線が一斉にこちらに向いて、ドキッとしましたが、正確には隣のパドナさんだったようですね。
こちらに下がってくるテンフラム王子とクイズナー隊長を何となく2人で迎えると、微妙な表情がパドナさんとこちらに交互に向きました。
「公女殿下、実は大神殿の門前で公国の兵が人探しの検問を行っているようです。」
クイズナー隊長がパドナさんにそう伝えていますが、問題はそれだけでは無さそうですね。
「そこに合同でエダンミールの兵が加わっていて、仮設天幕に要人が控えているようだと。」
これは、物凄く嫌な予感がしますね。
「その要人がどんな人かは探り出せないんですか?」
ナッキンズさんの姿を目で探しつつそう返してみると、クイズナー隊長には苦い顔で頷き返されました。
「ああ、今探りに行かせたが、我々が辿り着くまでにはっきりするとは思えない。・・・どうする?」
それこそどうしましょうとこちらが相談したいところです。
「テンフラム王子、どう思います?」
「天幕の中に居るのが誰かだな。だが、避けられないなら、こちらの設定だけしっかり決めとくべきだな。」
やはり、そうなりますよね?
そこでテンフラム王子がこちらに指を向けました。
「スーラビダン王族と縁談のあるカダルシウスのお嬢様。大神殿への巡礼は、掛けられた呪詛解呪の為。縁談相手の王族の要求で、顔を隠したスーラビダン女性の扮装で、護衛も違和感がないようにスーラビダンの衣装を身に付けている。因みに、縁談相手は私だが、呪詛の内容が内容だけにお忍び旅で同行中。これはなるべく隠し通す情報にしとこうな。」
確かに、今作る設定としては一番無理のないものになっていますね。
「パドナさんは? 途中で追加募集したスーラビダン人の付き人さん? こちらはパドナさんの素性は知らなかったていで行きます?」
「そうだな。ただ、そうすると検問で公女の存在に気付かれたらこちらから救い出すことは出来ないが。」
そこが問題ですよね?
ただ、それをカバーする妙案は難しいですね。
「じゃあ、ここで主従入れ替えときます? パドナさんにテンフラム王子が一目惚れ、呪いを掛けられたお姫様の解呪を密かに大神殿に頼むつもりで連れて来た。私達みんなテンフラム王子方が用意した付き人と護衛隊ってことで。」
「・・・無理があるでしょ?それは。」
そこはパドナさんが慌てたように少し赤い顔で遮りました。
「何言ってるんですか、人生経験豊富なテンフラム王子なら一目惚れのふりくらい完璧にこなしてくれますよ。パドナさんはちょっと赤い顔で俯いてればいけますって。」
そう適当に煽っていると、テンフラム王子に何とも言えないじっとりした目を向けられました。
「お前は何でいつも私をそういう冷めた目線で見るんだ?」
「それは・・・三番目の奥さんとか言うからじゃありませんか? しかも形だけとか、私の人生舐めてるんですかって思うじゃないですか。こちらも一応真面目に一生懸命生きてるんで。適当に形に嵌め込まれたくないんですよ。分かります?」
「・・・そうか。そこは悪かったな。」
意外に素直に返ってきた謝罪に、どうにも居心地悪くなってきます。
「と、とにかく。プラン1で行きます?2で行きます?」
「それは、迷う事なく1でしょう? パドナ公女の件は、付き人で隠し通すことと、あちらの出方次第だろうね。」
クイズナー隊長が結論を出して、皆に伝達の為に離れて行きました。




