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「おねー様? 黙ってたら分からないよ?」
向かい合った椅子に座って、コルステアくんが問い掛けて来ます。
場所を移してコルステアくんとレイカが通された客間です。
が、そこに詰め掛けたクイズナー隊長とケインズさんオンサーさんにバンフィードさん、テンフラム王子と側近のザックバーンさんもちゃっかり付いてきたようですね。
あの後廊下で始まったテンフラム王子からの事情説明で、地下牢での尋問結果がクイズナー隊長達にも伝えられたそうです。
その間にこそっと指人形と話していたはずが、どうやら皆様しっかり聞いていたようです。
姿は相変わらず誰にも見えなかったようですが、断片的に拾えた王子は死ぬ予定だったとか、そんな台詞について尋問が始まるんでしょうか?
「私の契約待ち魔人が、知りたくなかった真相を話して行っただけ。」
纏まらない思考に、投げやりな言葉が零れ落ちます。
「何なの魔人。おねー様を陥れるような奴と契約する必要ないでしょ? 追い払ったら良いんじゃないの?」
そんなこちら目線な発言をしてくれるコルステアくんには、ふっと苦い笑みが漏れます。
「あのね。所謂予定調和から外れた存在は、生きる価値がないとか、そんなことを言わせない交渉の仕方って、どうすれば良いんだろうね? ・・・イレギュラーは私だけだと思ってたんだよね。それなら何とでも出来るって。でも、関わることになって得難いと思った人達ばっかりその対象になるなんて、思ってもみなかった。」
「おねー様? 何の話をしてるの?」
案の定、脈絡もなく溢した言葉の意味がコルステアくんには分からなかったようです。
「殿下がそういった存在だと?」
と、クイズナー隊長が口を挟みましたが、力無い笑みを返してしまいました。
「済みません。ちょっと頭の中纏まってなくて。でも、殿下だけじゃないと思うんです。私の存在とこれまでやってきたことが正当化されたら、それに関わった存在も認めて貰えるのかな、とか。世界意思とか神様って、何なんでしょうね?」
「・・・君の契約待ち魔人は、どうにも侮れない存在のようだからね。今一信用出来ないと君自身も思っているようにね。深く考えるのはやめなさい。恐らくそれも誘導だよ。」
そうクイズナー隊長から言われると、最早何を信じて良いのか分からない、途方にくれたような気持ちになりました。
「まあそうだな。お前の一番の持ち味は、その怖いもの知らずの行動力と思い切った思考力だ。休んで明日に備えろ。」
テンフラム王子が扉近くの壁に凭れつつ腕組みで当たり前のように話しに入って来ました。
「王子様は黙っててくれませんか? おねー様は1人で抱え過ぎなんで。明日に備えてもうちょっと重荷を軽くしておいた方が良いんですよ。」
正面のコルステアくんが言い返してこちらにじっとりした目を向けて来ます。
「弟。お前のおねー様は、今ので大分垂れ流したぞ? 分からなかったか?」
そんな事を言い出したテンフラム王子にえっと、間の抜けた顔を向けてしまいました。
「レイカはこれまでいろんな奴の命を救って来たんじゃないのか? そいつらは、本来なら今を生きているはずのなかった奴らだ。だから、そいつらには命運がない。吹けば飛ぶ程軽い存在としてしか世界に認知されてないってことだ。っていうようなことを魔人に言われたんだろ?」
かなり的を射た分析かもしれません。
「真実かどうかはまあ分からんが、有り得なくはない話しだ。それにまた、レイカは責任を感じて何としなきゃいけないと思ってる訳だ。つまり、そんな事に責任を感じる必要はない、さっくりと忘れて割り切れ、それがお前がおねー様に言うべき言葉だ。分かったか?」
これにはコルステアくんも驚いたように目を見開きました。
「という訳で、レイカとっとと寝ろ。」
物凄く当たり前のように上から来るテンフラム王子の言葉ですが、驚く程心が温かくなりました。
「確かに、その通りですね。レイカくん、君はもう休みなさい。」
クイズナー隊長が冷静さを取り戻したようで、そう穏やかな声音で口にすると、ケインズさんやオンサーさんに目で合図したようでした。
そのまま連れ立って部屋を出て行く皆さんを見送って、部屋にはコルステアくんと2人になりました。
部屋に戻るなり一足先にベッドに上がったコルちゃんは今日は疲れていたのでしょうか、スピーと静かな寝息が聞こえてきます。
「おねー様。もう、結論は出てるよね? 大神殿に行っても、今直ぐには解呪は出来ない。無駄足になる。だったら、行くのは今じゃなくて良いんじゃないの? どう考えても、てぐすね引いて待ってる大神殿の連中の思惑に嵌まるだけじゃない?」
改まった口調でそんな事を言い出したコルステアくんに、口元を苦くしながら緩く首を振りました。
「コルステアくん、駄目だよ。行かなきゃ始まらないことがあるから。ろくでもないことも待ってると思うけど。今のままじゃ全てに泣き寝入りするしかなくなるから。それだけは絶対に嫌だから、ね?」
これから引き返して始めることを、少なくとも世界運営上の事情とかで邪魔されるのだけは遠慮したいんです。
「おねー様。」
そう呟くように言ってから、コルステアくんが立ち上がってこちらに回り込んで来ます。
黙って見上げていると、不意と目を逸らしたコルステアくんの手が頭に伸びて来ます。
「嫌なら嫌だって言いなよ。ケインズもあの王子も、ちょっと簡単におねー様に触り過ぎ。あいつらに触らせるくらいなら、僕のところに来なよ。おねー様より本当は僕の方が背も高いんだし、泣く場所くらい提供出来るからさ。」
言いながら優しく頭を撫でてくれるコルステアくんの口が尖っていて、耳が少しだけ赤くなっています。
「うん。ありがと。」
そんなコルステアくんにこちらからそっと抱き着いてみます。
と、コルステアくんが目を見開いて固まっています。
「弟って良いね。凄く可愛い。それだけでもレイナードさんが羨ましい。あんな風に入れ替えられて、腹も立ったけど、今となっては役得だったって思うこともあるね。」
そう素直に賞賛してみると、コルステアくんから溜息が降って来ました。
「もうさ、好きに言えば良いけどさ。それ、他の奴には言わないようにね!」
ぶっきら棒な口調で吐き捨てたコルステアくんですが、耳どころか頰まで真っ赤になっていて、本当に可愛い弟です。
ほっこり温かい気分になって、漸く張り詰めていた気持ちが緩んだ気がします。
起こった事は無かった事には出来ませんが、進む未来は覆せるはずです。
その未来の切符を手に入れる為の明日の大神殿ですよね?
「さて、コルステアくんから沢山癒し成分貰ったから、言われた通りに寝ようかな。」
言いながら腕を解いてコルステアくんから身を離しました。
「あーそーですね。さっさと寝て。」
ぶすっとした口調で言ったコルステアくんも、さっさと自分のベッドに向かっていきました。




