260
「その辺りは、お前自身の中で折り合いが付いているわけじゃないのか? カダルシウスの第二王子の求婚を受けるつもりだったのだろう? この世界で暮らす為の庇護を求めるのなら、相手は私でもそう変わらないのではないか?」
その言葉には即答出来なくて、視線を落としてしまいました。
「・・・私、シルヴェイン王子が好き、かもしれないです。」
そんな曖昧な言い方になってしまいましたが、言い切れないのは自分の中で未だに割り切れずに答えが出ていない事があるからかもしれないです。
「だが、そのシルヴェイン王子は行方不明で生死不明なんだろう?」
痛いところをついてくれたテンフラム王子ですが、皮肉なことに現時点で生存だけは間違いなく保証されています。
「生きてます。・・・少なくとも、三日後の、決行の時までは。」
少しだけ声が震えたかもしれません。
「あー、悪かった。分かったから、最短でカダルシウスの王都に戻る方法を模索しような。だから泣くな。」
焦ったような声音で言われて、初めて視界が滲んでいる事に気付きました。
「お前、分かりにくい奴だな。不遜で平気そうな顔してる癖に、いきなり泣き出すなよ。」
「だ、だって。私の所為だし。私が逃げ出した代わりにシルヴェイン王子が殺されちゃったら。殿下に二度と会えないとか、嫌だ。痛くて。」
溢れ続ける涙をそのままに、ズキリと痛む胸元を押さえることしか出来ませんでした。
「何だかなぁ。お前、そういうの吐き出せる奴はいなかったのか? あれだけ取り巻きがいて?」
「・・・取り巻きとか、そんなんじゃありません。皆さんお仕事ですから。」
と不意に立ち上がったテンフラム王子がこちらに近付いて来ます。
「分かった分かった。お前本当に意地っ張りも良いとこだな。良いか、お前は混乱してるんだよ。」
そう言って目の前で少し屈んだテンフラム王子がこちらを覗き込んで来ます。
「好きかもしれない相手が、もしかしたらお前の身代わりのような役割になったかもしれないから。お前の所為の筈がないのに罪悪感抱いて、本当は心配で堪らないだろうにそれも言えずに。」
その言葉にはまた胸がズキリと痛くなります。
「反論するなよ、私が受け止めてやるから、吐き出してしまえ。」
低く優しく耳に響く声に、抑え込んで来たものが迫り上がって来て、嗚咽が漏れてしまいました。
「うっ、どうしよう、私の所為で殿下が。ごめんなさいって、言いたいけど! 今は、何をしたらダメで、何が許されるのかも、分からないし。助けようとした挙句、記憶消されたり、最悪、殿下の存在、消されたりしたらって、思ったら。アレが終わらないと、助けにも、行けないし。」
嗚咽を逃しながら、詰まり詰まり話す内に、更に途方に暮れて涙が溢れ出して来ました。
と、前からすっと伸びて来た腕の中に引き寄せられました。
「どうしようもない状況というのもあるだろう? 大体何だってお前が自分で助けに行く気でいるんだ? お前、今は男にしか見えないけど、本当は女の子なんだろ? 見た目と抱き寄せた体格が食い違うからな。これを視覚に合わせて自己修正掛けるような呪詛なんだろうな。」
後半に来た物凄く真面目な分析のお陰で、思い詰めていた気持ちが少しだけ緩みます。
「あ、あの。済みません、ちょっと恥ずかしいんで、離してもらえますか?」
チラッと周りを見渡すと、空き牢の入り口付近からこちらを呆れたような目で見ているザックバーンさんと、何か物凄く羨ましそうな目でこちらを見ているバンフィードさんがいて、すーっと気持ちが落ち着いて来ました。
「はあ。お恥ずかしいところをお見せしまして。あー何ですか?ちょっと気弱になってたみたいです。えっと、殿下を助けに行くのは、当たり前です。私これでも相当チートだって自覚あるんで。誰が出来なくても私ならサクッと助けられるって分かってますから。絶対助け出しますから。」
「・・・ほーぉ。私の服をこれだけ濡らしておいて? 無かったことにしろと? お前、どれだけ意地っ張りだ。」
腕を解いたテンフラム王子が半眼を向けて来ます。
「まあいい。そんなお前が助けて下さいって縋ってくるのを見るのも悪くないか。」
まあ、良い性格されてる王子様です。
なら、こうですよ!
「王子様!助けて下さい。大神殿の一番側の魔法陣から、ウチの殿下のところまで飛んで行きたいんです! 転移魔法で! 方法、ありますよね?」
離れ掛けていたテンフラム王子の腕を両手で掴んで、お目めウルウル作戦です。
「・・・やめろ。だから、見た目男にしか見えんと言ってるだろ? やるなら身体使った色仕掛けならいけるかもしれないぞ?」
32歳の王子様、発言がオヤジ過ぎます。
「最低です。レイナードに押し倒されたかったんですか? 確かに物凄くイケメンですけどね?」
でもここは負けられませんから押して行きますよ?
「だから、やめろと言ってる。私にその趣味はない。が、目を瞑って抱いたら、女なんだろうなぁ。まあ、紙一重過ぎて試す気にもならんけどな。」
「・・・あの、一応そこは未婚女子なので少しくらい気を遣って欲しかったんですけど。」
こちらもじっとり睨んでみると、テンフラム王子はふっと不遜な笑みを浮かべました。
「さあなぁ。何でだろうな。お前な、お前の王子様を助け出したら、早まるなよ。ちょっと落ち着いて周りをしっかり見渡してから、自分の居場所を決めろよ。」
「ん? 何でですか?」
微妙に色々誤魔化されているような気もしますが、話しに乗ってみます。
「それはな。お前が腰を落ち着けるまでは古代魔法をみっちり仕込みつつ、側に居てやるって決めたからだ。」
「え? 師匠はタイナーさんだけで良いんですけど?」
魔法力強化はあんまりやり過ぎると危ないんですよ。
僻地が身近になっちゃいますからね。
「大魔法使いタイナーは長命種だろ? 少しくらい待たせとけば良い。」
「うーん。私的には、古代魔法は今回の色々が片付くまで奥の手として使う感じで良かったんですけど。多分、私の魔力分化、聖なる魔法にかなり傾けた後、切り離しにしたいと思ってるので。」
ここはもう正直に明かしてお断りに持っていきましょう。
「はあ? そうか、異世界人だから本来なら聖なる魔法特化の魔力になるものだったな。にしても、勿体無くはないのか? それに切り離しとは?」
「僻地お一人様人生も大神殿束縛人生も避けたいので、私も色々考えてまして。神様と取引きするか、チート魔法で裏工作するか。やりようはあるかなぁと。」
「ほおう。やはり目を離す訳にはいかないな。どんなとんでもない事を始めるか分からんからな。ザックバーン、上には危険物監視任務の為とか報告しておけ。しばらく、国には戻れなさそうだ。」
溜息混じりに吐き出したテンフラム王子でしたが、その顔は楽しそうに緩んでいます。
「殿下・・・、その悪趣味何とかなりませんか? 今回はカダルシウスの内情にかなり踏み込む可能性が高い。身元が割れたら本当にマズいと分かっておられますか?」
「ザックバーン、女装でもするか? これがいけるんだから、私達もいけるだろう?」
「・・・お一人でどうぞ。」
何気に失礼な引き合いに出されていますが、どう怒るべきか物凄く疲れた気分になってしまいました。
「女性に見える呪いでも掛けて貰えばいいのに。」
挙句低い声でボソッと溢した一言に、キラリと良い笑顔が返ってきました。
「成る程な。そうなったら、今のままでカップリング可能だな。」
翻訳! とシステムを心の中で詰りつつ、深々と溜息を吐いて流すことにしました。




