表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

258/448

258

 トイレの帰りに死ぬ程落ち込んだ気持ちを紛らわせようと眺めた廊下の窓の外は、余計な照明がない所為か月と星が明るく見えました。


 それを立ち止まって眺めていると、何処へ行くにもついて来る宣言をしてくれているバンフィードさんが近付いて来ました。


「どうかしましたか?」


「いえ、ちょっと頭冷そうかなと。」


 そう答えて苦笑いを浮かべていると、バンフィードさんがふっと微笑みかけて来ました。


「レイカ様は不思議な人ですね。」


「そうですか? 私、割と普通の一般人ですよ? それは異世界人ですからこちらの一般常識と噛み合わなくて、どうしても納得出来ないことに逆らって好き勝手してみたりもしましたけど。」


確かに、あちらで生きていたら絶対にしなかったような思い切ったことを、現実感がないからと割と好き勝手にやって来たかもしれないです。


だからこそなのか、ふと怖くなってしまったんです。


「私、これまであちらの世界で生きて来た間に、人の生き死にとかをこんなに身近に感じたことは無かったんですよね。自分の発言とか行動一つで誰かが死にかけるとか。だから荷が重過ぎて。」


 少しだけそんな弱音を吐いてみると、バンフィードさんは瞬きしたようでした。


「精々、直面した問題に最適解を自分なりに幾つか導き出して、上手く行くように立ち回ることくらい。物事には因果律があって、目に見えない形で色んなところが繋がってるんですよ。それを解きほぐしてなるべく広く深く潜り込むんです。問題の過去と未来を予測して、パズルのように自分の前に綺麗な道筋が出来上がるように組み立てると、凄くスッキリするんですよね。」


「・・・はあ、そういうものですか?」


 ピンと来なかったのか、でも否定せずにそう曖昧に相槌を打ってくれたバンフィードさんに感謝しつつ続けます。


「でも、その中に誰かの命が掛かるようなことはなかったんです。だから今、実は凄く怖いです。私が失敗したら、王子様の命だけじゃなく、カダルシウスの人達がこれから尊厳を踏み躙られる非道な扱いを受ける事になるかもしれない。そこには当然命も絡んでいるし。つくづくここはシビアに現実なのに、異世界なんだなって思ったんです。」


「・・・そうですか。でも、貴女のこれまでの怖いもの知らずぶりに、私を始め多くの者達が助けられて来たのは事実ですよ? 私としては、ここで失速してしまわないで欲しいと思っていますが?」


 正直に真っ直ぐ答えてくれたバンフィードさんの一言には正直救われるような気がします。


「そう、ですよね? 今更足踏みしたところで、手遅れですもんね。隠し玉を持ってるのはこっちだって信じて、強気で頑張るしかないですよね?」


「そうですね。それに、ここには貴女1人じゃないでしょう? 何だかんだと貴女はあの寄せ集めの集団の皆の心を掴んでおられるように見えますよ?」


 その高評価には背中が痒くなりますね。


「えっと、それは振り回し過ぎで最早諦められてるだけのような。」


「そうですか? 諦めても従ってくれるということは、貴女の何かを認めているということですよ。それで何かが成るのなら、それで良いんじゃないでしょうか? 取り敢えず、私は貴女を守りきるつもりでいますから、好きに動いて構いませんよ?」


 ふっと表情を緩めたバンフィードさんがすっと両手を握ってくるのは、元気付けようとしてだと信じています。


 が、ケインズさんに抱き締められた時よりも微妙に居心地悪くて触られたくない気持ちになるのは何故でしょうか?


「・・・あの、慰めて頂いて有難うございます。そろそろ手、離して貰えたら嬉しいかなと。」


「あ、失礼しました。」


 言ってにこりと悪気のない笑顔を向けてくるバンフィードさん、実は物凄く曲者なんじゃないでしょうか?


 漸く名残惜しげに両手を解放してくれたバンフィードさんにホッとしつつ窓際を離れようとしたところで、廊下の向こうから近付く足音が聞こえて来ました。


 早足なのに重い足音は男性のものですね。


 薄暗い廊下の向こうから明かりと共に近付いて来たのは、テンフラム王子の側に出会い頭からずっと付き従っていた人だと思います。


「失礼、そちらはカダルシウスのランバスティス伯爵家のご令嬢か?」


 そういえばそういう肩書きでしたね。


「あーはい。貴方はテンフラム王子殿下と一緒にいらした方ですよね?」


 名前は知らないのでそう問い返してみます。


「ええ、私テンフラム王子殿下の部下のザックバーンと申します。因みに私も少々古代魔法が使えまして。つまり貴女とも遠く細く繋がりのある家柄の人間ですよ。」


 とザックバーンさん、嫌味なのかマウントなのか紙一重にちなまれましたね。


「はあ、そうなんですかねぇ。」


 適当に流しておくことにすると、少しだけピクリと眉を上げられた気がします。


 それから軽く咳払いしたザックバーンさんがずいっと近付いて来たのを、バンフィードさんが阻むように前に出てくれました。


「どうでも良いですが、ウチの殿下を相手に少々弁えて頂きたい。その上で、殿下が貴女をお呼びです。犯罪者どもの取り調べの中で気になることがあったそうで。」


 これは、さっきの発言、中々根に持たれてるみたいですね。


 こちらの感覚では王子様もかなり失礼だったと思いますけど。


「はあそうですか。じゃ案内お願いします。」


 そこから移動が始まった訳ですが、空気が悪いことこの上ないです。


 バンフィードさんも隣をピッタリと着いて来てくれるんですが、他の人を連れて来ることは拒否されましたしね。


「・・・貴女は、殿下の何が気に入らないのだ?」


 そう唐突に始まったこの話題には更に嫌な気持ちになりました。


「はあ、割と色々と? 大体おいくつなんですか?テンフラム王子様は。」


「・・・32歳でいらっしゃいますが?」


 これは、見た目よりも割と若いですね、40前くらいかと思ってました。


「レイナードさん19歳ですけど? 犯罪じゃ?」


「・・・貴女自身は?19なんですか?」


 これはちょっと痛い突っ込みですね。


「・・・28ですけど? てゆうか女性に歳訊きます?」


「道理で、可愛げないと思ってましたが。」


「へ、へぇ。レイカ様は本当は私より年上だったんですね。だからあの流石の包容力ある魔力。」


 そこで微妙にザックバーンさんの失礼発言を遮ってのバンフィードさんの割り込みも、何かムカつきます。


「年齢に応じて魔力に包容力が付くんですか? バンフィードさんは気持ち悪いこと言わないで下さい。」


「あ、はい。済みません。」


 素直に謝ってくれたバンフィードさんでしたが、最早修復不能な嫌な空気しか漂ってませんね。


 重い沈黙を引きずったまま暗い階段を降りて行った先で、ガチャンと重い扉が閉まる音が聞こえて来て、何か深刻な複数の話し声が途切れたところで、階段の終わりが来ました。


「殿下、お連れしました。」


 ザックバーンさんのかけた声に、テンフラム王子が振り返りました。


「ああ、女性にここは悪かったかもしれないが、邪魔の入らないところで話してみたくてな。悪く思うな。」


 貴方の部下には弁えろとか可愛げないとか言われましたが、と喉元まで出掛かりましたが、流石に王子様にさっきの発言はちょっと失礼だったかもと、ここは飲み込むことにしました。


「済みません。3番目の奥さんの話しはやっぱり無理です。私の暮らして来た場所ではそういうの完全にモラル違反でセクハラなので。受け入れられません。同じようにカダルシウスの第一王子の2番目の奥さんのお話も断ってますから。」


 ここは、きちんと断り直しておくと、テンフラム王子は口の端を上げて笑いました。


「まあ何か知らんが、文化の違いならば仕方ないな。私の方もそれ程妻の形にこだわっている訳ではないから安心しろ。だがまあ、その他の立場でいるよりは嫌な思いをせずに済むだろうと勧めただけだ。」


「大丈夫です。嫌な思いをしそうなところには近付きませんから。それと、保身は慎重に必要なものはきちんと自分で選んで引き寄せていく予定ですから。」


 それにテンフラム王子はまた顔を歪めて皮肉げに笑いました。


「強がりだな。だが、いつまでもそう肩肘を張っていられるものか? そういうのは、疲れるぞ?」


 意外に優しい言葉が降って来て驚いてしまいました。


 こちらが言葉に詰まったところで、またふっと笑ったテンフラム王子でしたが、次の瞬間には表情を改めて厳しい表情になっていました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ