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「何? 一斉に飛んで来たし。レイカちゃんのは何だったの?」
右代表でジリアさんから来たツッコミに、コルちゃんの足元で暴れる伝紙鳥を取り上げました。
「ご丁寧に眠りの呪詛付き、位置情報発信機能付加のラブレターでしたねぇ。」
言いながら開いた手紙には、隠す必要性を失ったのか、恐らくサヴィスティン王子の魔力が少しだけ混ざる字で、追いかけっこはそろそろ終わりにしようと一言書かれていました。
「してないし。」
ボソリと呟いてから、こちらに身を乗り出していたクイズナー隊長に押し付けました。
「で? 解呪してたように見えたけど、位置情報の発信は防げなかったのかい?」
それには仕方なく頷き返すことにします。
「はい。解呪に使った魔力に触れた途端に効果発動してたみたいで。」
苦い顔のクイズナー隊長ですが、直ぐに首を傾げていました。
「・・・とはいえ、行き先は分かってただろうに。」
その通りなんですよね、何故わざわざ今更確かめる必要があったのやら。
「もしかして、お迎え宣言ですかね?」
「大神殿で待ち伏せるつもりかな? だが殿下と別れてからこちらに真っ直ぐ向かったとしても、明日ここまで追い付いて来られるとは思えないが。」
腑に落ちない顔のクイズナー隊長にこちらも首を傾げてみせます。
「そうなんですか? あれからもう5日ですよ?」
「ああ、それでもだ。エダンミール側からでも、カダルシウス国内を突っ切ったとしても、最低でも3日は余分にかかる筈だ。」
それでも何となく嫌な予感がするのは、あちらにも非常識な手段があるかもしれないと勘繰ってしまうからでしょうか。
「うーん。邪魔だから消しに来るんでしょうか?」
寒イボを摩りながら溢してみると、肩を竦められました。
「だったら眠りじゃなくて死の呪いでもかけて送って来たでしょ?」
「ええ? それはそれで、捕まったら即行モルモットちゃん生活の始まりじゃないですか。嫌過ぎる。逃亡路確保にちょっと本気出してみようかなぁ。」
青ざめながらライアットさんに目を向けました。
「まあでも。サヴィスティン王子をこっちに引き付けてる間に、さっさと向こうに戻ってエダンミールの陰謀を潰してしまうって手もありますよね?」
「・・・上手く出し抜ければね。」
クイズナー隊長が自分宛の手紙を開きながら生返事を返してくれました。
「ライアットさん、ハザインバースの騎獣って、鞍とかないと難しいですか?」
その隙にコソッと聞いてみると、ライアットさんの眉がピンと跳ね上がりました。
「はあ? まさかアレに乗るつもりか? 行き先の指示も出来ないんじゃなかったのか?」
案の定なお言葉が返って来ましたが、逃亡手段は一つでも多く作っておいたほうが良いと思うんです。
「まあ最悪? そうでもして逃げなきゃいけなくなるかもしれないでしょう?」
ライアットさんはそれに嫌そうな顔をしつつも小さな溜息と共に返してくれました。
「短距離逃亡なら鞍なしでも何とかなるだろうな。ただ、カダルシウスの王都までとなると、途中休憩も必要だろうし馬より少し早いくらいにしかならないと思うが?」
流石に王都まで乗りっぱなしは無謀だと分かっていますよ?
「大神殿からショートカットするなら、有りだと思いませんか?」
「・・・確かに。騎獣出来ればだけどな。それに、そうなったら護衛なしの裸逃亡になるが? その辺りは何か考えてるのか?」
これには、にっこり良い笑顔を向けておきました。
それはもう、何も考えてませんとも。
これからですよ、諸々。
今夜は忙しくなりそうです。
「レイカくん!」
唐突にクイズナー隊長の切羽詰まった声で呼ばれてそちらに目を向けたところで、コルステアくんも険しい目で同じくこちらに目を向けて来ました。
「誰からですか?」
問い掛けてみると、目を細められました。
「君宛のもう一つは?読んだかい?」
険しい顔のまま努めて冷静を心掛けたような問いに胃が痛くなりそうです。
「あ、えっと、少し待って下さいね。」
ぱらりと開いたもう一つの手紙は、王弟殿下からでした。
『解呪の成功不成功に関わらず、直ぐに戻るように。詳しい理由については別便で伯爵から弟に連絡が入る筈だ。』
中身の分からない命令文でしたが、もう何か起こったということなのでしょう。
「何があったって書いてありますか?」
こちらも余裕なく問い返すと、クイズナー隊長とコルステアくんが言い澱むような間を空けて同じような言いにくそうな顔になっています。
「貸して!」
コルステアくんに手を差し出すと、今度は抵抗なく手紙を渡してくれました。
ザッと目を走らせて読み進める内に、顔から音を立てて血の気が引いて行くのを感じました。
「待ってよ・・・」
零れ落ちた声が我ながら震えています。
と、隣からギュッと手を握られました。
「落ち着いて、おねー様。」
こうなると分かってた筈でした。
「どうしよう、殿下が、殿下なのに。レイナードの身代わりになったんだって分かってたのに。」
動揺して呟いた言葉に、近付いて来たクイズナー隊長の手が頭に乗ります。
「レイナードは、これから逃げ出したんだな。嵌められたという意味が漸く分かったよ。王都は今、大混乱だそうだ。カルシファー隊長始め第二騎士団全軍にも帰還命令が降ったそうだ。」
降ってくる声は気遣わしげで、それなのにまだ決定的な事件が起こっていないので、まだ言えずにいることに罪悪感しかありません。
「クイズナー隊長、何があったんですか?」
オンサーさんが問い掛けていて、それに答えるクイズナー隊長の言葉が、耳の上を滑って行くようです。
「王都で魔法犯罪が横行していて、そこにシルヴェイン王子殿下の魔力痕跡が確認された。一つや二つじゃないようだ。という訳で、シルヴェイン王子の身柄捜索が王都で始まった。」
「そんな馬鹿な!」
「魔力痕跡は絶対だ。魔力は固有で他者が真似できるものではないという常識に従って、殿下は手配されることになったようだ。行方不明先から失踪して、王都で犯罪に走ったと、有り得ない容疑でね。」
「これが、レイカさんが大魔法使いの塔で魔力見の姫と話してた魔力取り出しと流用の結果ということですね?」
オンサーさんとケインズさんも話しに加わって、フォーラスさんやバンフィードさんナッキンズさんもざわざわと加わっています。
「殿下が用済みになって何処かで放り出されたとして、このまま捕まったら、どうなるんですか?」
オンサーさんが懸念の滲む声でそう問い掛けていて、クイズナー隊長はますます苦い顔になっています。
「色んな意味で、殿下の殿下としての人生が終わるな。魔力の件は、何が何でも我々が戻って陰謀を明らかにするとしても、殿下に一度でも犯罪者としての逮捕歴が残ることは王族として致命的だ。最低でも第二騎士団の団長職は降りて、継承権も自ら放棄されるだろうな。」
「でも! 殿下は犯罪に加わった訳ではないと証明出来ますよね?」
「それでも、犯罪者共が使った魔力の供給源になったことには変わりがないからな。殿下のことだ、責任を取られるだろうな。」
聞けば聞くほど俯いていく頭をやはりクイズナー隊長がポンポンと撫でて宥めてくれます。
「おねー様? おねー様の所為じゃないからね? 思い詰めちゃ駄目だよ?」
コルステアくんが掛けてくれる言葉も、ズキズキ痛む胸の上を滑って行きます。
「違うでしょ、どう考えても私の所為だって分かってる。殿下は私の身代わりになっただけで。躊躇わずにこうなるかもって気付いた途端にシルヴェイン王子に言っとけば良かった。」
「・・・信じられなかっただろうね。旅の始めの頃にそう言われていても。だから、君は自分を責めないように。そもそも君は、レイナードが逃げ出した尻拭いを押し付けられた被害者だからね。それは殿下も分かっておられる筈だから。」
宥められる程、胸が苦しくなって、視界が滲み出します。
「レイカさん。」
と、滲む視界の直ぐ前に人影が映って、ぐいっと引き寄せられました。
「泣かないで。きっと大丈夫だから。一緒に必ず殿下を助けに行こう? 捕まる前に殿下を救い出せれば、少なくとも殿下の外聞は守れる。それに、言い方は悪いけど、敵はまだ殿下の魔力が必要だとしたら、まだ手放されてないはずだよな? だから、間に合うように駆け付けよう。」
言い聞かせるようなケインズさんの言葉が染みる様に胸に広がって、喉の奥が詰まったまま、ケインズさんの胸に額を押し付けるように頷き返しました。




