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緊張を馴染ませた表情になっているシーラックくんとカランジュに目を凝らして見たいと念じてみます。
途端に、暖かな金色の細い糸のようなものがシーラックくんとカランジュを繋ぐように伸びているのが見えて来ました。
更に目を凝らすと、金色の糸はシーラックくんの額とカランジュの胸元を繋いでいて、金の光がカランジュの全身を駆け巡って心臓に吸い込まれて行くようです。
根元のシーラックくんの額のほうに目を向けると、シーラックくんの心臓から血流と共に上がって来る金色の粒が額に集められてその糸を作り出しているように見えます。
額の金の糸が出て来る場所にはシーラックくんとカランジュの魔力を撚り合わせた魔法文字が描かれているようです。
びっしりと細かい文字で刻まれているのはシーラックくん側の契約内容でしたが、目で追うごとにその酷い内容に渋い顔になってしまいました。
「んー、これはちょっと。」
思わず漏れた言葉に、護衛の皆さんが身を乗り出して来ました。
「魔法契約って、後から書き換え出来るものなんですか?」
思わず振り返ってクイズナー隊長に問い掛けてしまうと、苦い溜息を吐かれました。
「魔法契約っていうのは、双方の魔力を交わし合って行うものだから、当然本来なら当事者同士しか解除も変更も出来ないものだね。ただし、当事者同士が魔法使いではない場合は仲介者が契約の仲立ちをする訳なんだが、彼等の場合は人間同士でもないからね。カランジュの側に仲介が入っているんだろうが・・・。どんな契約になっているか分かるのかい?」
これは口にするのを躊躇うレベルの嫌悪感漂う真相ですね。
「レイカさん? 大丈夫だから教えて欲しいです。」
何か覚悟を決めたような顔のシーラックくんにも促されて、それでも重い溜息を吐きたくなりました。
「始めの3年間、シーラックくんの魔力を一日かけてゆっくり枯渇の手前までカランジュに渡し続ける。次の3年間、一日の始めに枯渇寸前までの魔力を一気に掻き集めてカランジュに渡す。シーラックくんに何らかの不都合があり魔力枯渇が起こった場合、残り僅かの魔力もカランジュに送り込んで契約を解除する。」
つまり、次の3年間ではシーラックくんは一日分の魔力を朝一でギリギリまでカランジュに渡してしまうので、シーラックくん自身はほぼ魔法を使えなくなるということですね。
その上、何かがあってシーラックくんが魔法を使ってしまったりと、魔力枯渇しかけたところで残りの魔力も強制的に送り込むように切り替わるので、シーラックくんは生命維持が出来なくなる、つまり契約解除はシーラックくんの死に直結しているということのようです。
「カランジュは始めの3年間は身体の維持と人化の安定に魔力を使う。次の3年間は人化固定と魔物としての身体と能力の成長に魔力を使う。っていう指示が、それぞれの契約魔法に描かれてるみたい。」
隠さずに話してしまいましたが、少しは濁すべきだったでしょうか?
でも、中途半端な濁し方で命を脅かすことになるのはもっと居た堪れません。
目の前で呆然と立ち尽くすシーラックくんと、カランジュは両手を握り合わせて大きな目に涙を潤ませています。
そして、その場に広がったやり切れないような空気に、胸が詰まるような罪悪感を感じます。
「仲介者の魔力は? 特定出来そうかな? 次に会ったら分かるかい?」
気を取り直したようにクイズナー隊長に問われて、カランジュをじっと見つめてしまいましたが、チラッと視界に入った指人形が小さく首を振っています。
「契約魔法にシーラックくんとカランジュ以外の魔力は見えないですね。カランジュは、元々普通の魔物じゃなくて、魔物をベースに作られた魔人擬きだってウチの契約待ち魔人が言ってましたから、元から契約に必要な魔力だけを持つように作られたんじゃないかと思います。そして、自我を持って直ぐに出会ったシーラックくんと契約するように操作もしくは暗示でもかけられていたのかも。」
カランジュのハッキリとした記憶の始まりが、シーラックくんと契約が済んでからだったことからも、そうなんじゃないかと思います。
「徹底してるね。魔力で痕跡を残せば魔法使いなら辿れるからね。」
苦い口調のクイズナー隊長の言葉にも重い沈黙が流れます。
と、クイズナー隊長が溜息と共にまたこちらに目を合わせてきました。
「シーラックくん達から後ろを探るのは難しそうだね。そうなるとやはり、背後を探れるのは君しか辿れない呪詛絡みに関してだけってことになるか。」
クイズナー隊長のぼやきに、皆が何となく納得するように頷き返していました。
と、隣から不意に溜息混じりにコルステアくんの声が上がりました。
「契約の途中解除はカランジュの生死に直結しそうだし、放っておけばシーラックはちょっとしたことで死ぬかもしれない。どうにかするなら、より強い者からの強制的な上書き契約くらいかな?」
言いながらこちらを見るコルステアくんですが、それはちょっと覚悟が要りますよね?
「うーん。それはしっかり中身を考えて、シーラックくん達が納得する内容にしなきゃいけないし、師匠にも相談してからが良いよね? でもその時今のままとは限らないしなぁ。まあその辺も師匠と相談かなぁ。」
溢してしまうと、コルステアくんにキョトンとした目を向けられて、それから一気に険しい顔に変わりました。
「ちょっとおねー様? 何かとんでもないこと企んでる?」
「あーうん。幸せなこれからの人生設計の為に? ちょっとした取引は必要かなぁと。」
「はい? 誰と?」
「うん、神様?」
「・・・・・・」
途端に周りから重い沈黙が来ましたが、すっと目を逸らしつつ、この会合を終わらせる方法がないかと遠い目をしてみました。
とそこで久々に聞いたパタパタという例の音が聞こえて皆がはっとそちらに注目しました。
クイズナー隊長の元に二つ、コルステアくんの元に一つ、バンフィードさんの元に一つ、そしてこちらの手元にも二つ飛んできた内の一つを抱っこ紐から飛び出したコルちゃんが飛びついてバンと前足で地面に踏み付けました。
その伝紙鳥に絡み付いた真っ黒な呪詛の帯には寒気がします。
目を凝らした呪詛の帯には対象をレイカに絞った眠りの呪いと、呪詛発動と同時にこちらの魔力を使って場所を発信し続けるように織り込まれているようです。
「・・・最低。」
ボソッと呟いて、聖なる魔力を思いっきりぶつけてやります。
コルちゃんのツノからも眩い魔力が飛び出して絡み付き、手伝ってくれましたが、位置情報発信の作用だけ消し切れずに一度だけ飛んでいったようです。
「あー、やられた〜。」
ぼやくように呟くと、室内の皆様の険しい目が一斉にこちらを向きました。




