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「あれが口封じの呪詛、かなぁ。」
「ミレニー。」
これまた公女様と台詞が被ったところで、お互いに顔を見合わせてしまいました。
その間にも、犯罪者さん達と王子様達の方では騒ぎが起こっているようで、声高に話す声が聞こえて来ます。
とはいえ、公女様と話す前に状況整理が要りますね。
「ええと? ということは、あの人達ってあれと関わりがあるかもしれないってことだよね? というか。」
言葉を切って、公女様に改めて目を向けました。
「何であの人達に狙われてたんですか?」
つい普通に問い掛けてしまうと、公女様が目を見開いた後、こちらに強い視線を向けて来ました。
「あなたには、あれが見えるの?」
詰め寄るように強い口調で問い掛けてくる公女様に、こちらは及び腰で一歩後退ります。
「まあ。でも、公女様も見えるんですよね?」
これに、公女様は複雑そうな顔になりました。
「私のは、見えるというより感じるというのかしら。ミレニーの魔力で紡がれた呪詛の糸が使われているのが分かるの。」
「ん?」
何やら難しい解説が入りましたが、つまり呪詛の毛糸玉作成者を知ってるってことでしょうか?
公女様の手首に今も巻かれている呪詛織りの毛糸を見ても、間違いなさそうです。
「いえ、今はそんなことを言っている場合ではないわ。あの人達に掛けられた口封じの呪詛を何とかしなくては。あなたはあれが見えるということは、聖なる魔法を僅かでも扱えるということでしょう? ついて来て。」
「ええ?」
反射的に嫌そうな声が出てしまいましたが、後の事を考えると、口封じされる前に色々と取り調べて貰った方が良いかもしれません。
ここから何が出てくるか分かりませんが、そもそもカダルシウス一国を罠にかけようとしているなら、国の外とか裏にも色々大掛かりな仕掛けやら証拠やらが転がってる可能性は大ですよね?
最後に黒幕さん達を効果的に吊し上げる為にも、証拠になるような材料は一個でも多い方が良いでしょう。
という訳で、クイズナー隊長にアイコンタクトとってから、一歩前に出ます。
「後先、考えてる訳がないよね? でもまあ、大神殿も目前となれば仕方ないだろうね。どの道、時間の問題だな。」
クイズナー隊長の何か諦めたような言葉が来て、こちらに向き直りました。
「スーラビダンの王子にメルビウスの公女、それに大神殿の神官とくれば、誤魔化しは効かないだろうから、ある程度は話すしかないね。彼らも無根拠に動いている訳ではないだろう。君の言う通りで、何か無視出来ない陰謀が働いている。その対象や規模は慎重に探り出すとして、信用出来る味方や情報源が欲しいのは間違いないからね。」
そう纏めてくれたクイズナー隊長は、護衛の皆さんを外してその他はついて来るように合図しました。
こちらに微妙に警戒する視線を向けつつ促すように先導する公女様に従って、犯罪者さん達が捕まっている騒ぎの中心に向かって行きます。
スーラビダンの人達の囲みから中を覗いてみると、古代魔法を使っていた犯罪者さんから順に呪詛の帯が身体を取り巻いています。
目を凝らした先で、先程の神官さんが額に汗を滲ませながら解呪を試みているようですが、間に合わない様子で呪詛はジリジリと進行していますね。
ザッと読み解いた呪詛は、魔法犯罪者さんの魔力を容赦なく注ぎ込んで犯罪者さん達全員の命の力を取り出す指令が出ているようです。
魔法犯罪者さんの顔色が既に紙のように白くなりつつあるところから、彼の魔力が尽き掛けているのでしょう。
「退いてちょうだい! 通してあげて!」
隣で公女様が囲むスーラビダンの人達に声を掛けてくれています。
囲んでいた兵士さん達が怪訝そうにしつつも場所を空けて通してくれました。
起点に近い魔法犯罪者さんに寄って行きつつ、聖なる魔力を手の平に集めながら目を付けた呪詛の文字の魔力の媒体を指定する箇所だけに還元魔法を掛けて崩してみます。
途端に一部がバラけた呪詛の帯の太さが半分以下になりました。
当然進行も一時停止したようで、神官さんの解呪が効き始めます。
が、また起点から新たな呪詛の指令が送られ始めたようです。
「キリがないね。起点凍結! 流出魔力未使用分還元!」
限定条件を作ることでこちらの消費を抑える還元魔法を発動させると、やはりかなりの魔力消費がありましたが、コルちゃんの助力もあって、魔法犯罪者さんの魔力枯渇をすんでのところで止める事が出来たようです。
「レイカ殿、手伝いますか?」
後ろからフォーラスさんが声を掛けてくれましたが、何処まで手を出すべきか迷いますね。
「王子、これは私には無理です! 大神官様のご助力を賜るのでもなければ!」
唐突に神官さんが根を上げ始めたので、やはりそちらの加勢に回って貰おうと思います。
「フォーラスさん、神官さんのお手伝いして下さい。私はコルちゃんと起点の分解解析やってみます。」
「え? 出来そうなんですか?」
フォーラスさんの驚いたような問いににこりと笑みを向けてみます。
「一回は真面目にやっておこうかと。今回はこれ以上の広がりは一先ず止められてる筈なので、そちらで神官さんと地道に呪詛潰していって下さい。」
「・・・はあ。」
フォーラスさんは納得出来た顔ではありませんでしたが、神官さんのところへ向かっていきました。
「スーラビダンの王子様、ちょっとこっち来て下さい。」
さて、開き直ってこちらも呼び付けてみます。
驚いたように目を見開いた王子様ですが、直ぐに隣に来てくれました。
「ここで、何をしたんだ? 明らかに呪詛の進行はほぼ止まり掛けているそうだが。」
確かに、見えない以上、結果しか分からない訳で、何をしたとなるのも不思議じゃありません、が今は後回しにしましょう。
「それは後程ご説明。として、還元して起点を強制的に初期状態に戻すので、しっかり見ててください。私の予想通りなら多分起点に使われてる基板がある筈で、それを破壊出来るかも。」
「なに? 呪詛の基板は私に目視出来るのか?」
これまた驚いた顔の王子様に、にっと笑ってみせます。
「だから、スーラビダン人の古代魔法が使えるこの人達を使ってたんでしょう? 技術の確立は終わって用済みだから外で使い捨てられる為に後発口封じ呪詛付きで雑用に出された。可哀想だけど、そんなとこじゃないですか?」
分析してみると、黙って王子様が険しい顔になりました。
「君は、背後にいる者達がそこまでするような連中だと思っているのか?」
真面目な睨むような視線を向けられて黙ろうかと思いましたが、こちらが大人しくしていたところで敵は容赦してくれないでしょうから、この王子様もどっぷりと腰まで泥沼に漬かって貰おうと思います。
「それはそうでしょう? 一国をこっそり魔法実験用ラボにしてやろうとしてるような人達ですよ?」
王子様は流石に絶句したように言葉を失いました。
「レイカくん!」
直ぐ後ろからクイズナー隊長に腕を引かれます。
「やっと分かってきたんですよ、クイズナー隊長。呪詛の基板には古代魔法の力場の魔法陣が使われてて、それをアレンジして予め設定しておいた魔法や呪詛の条件付き時限式発動媒体にしてたんですよ。」
「しかし、古代魔法の魔法陣はスーラビダン王家の血筋の者にしか扱えない。使い手は限られているのに、こいつらが使い捨て?」
王子様がそこは口を挟んで来ます。
「だから、とある魔法大国の方がアレンジ加えてるんですよ。」
「くっ! そこまでやるか?」
吐き出すように溢して額に手をやった王子様を少しだけ気の毒になって見返していると、すっと公女様が前に出て来ました。
「わたくしも、この方の見立ては間違いないと思います。妹のミレニーも、その計画に加担しているのだと思います。・・・だからわたくしも・・・」
手首の辺りを複雑そうに見詰める公女様も色々抱えていそうですね。
「ま、詳しい話しは後にするとして、基板見てみましょうか?」
指先に聖なる魔力を纏わせて、呪詛の起点に向けます。
慎重に呪詛の部分だけ還元魔法をかけると、起点となっていた魔法犯罪者さんの首の後ろ辺りの空間にゆらりと視界を澱むように揺らす魔法陣らしきものが見えました。
「これは! 間違いない。魔法陣に古代魔法に必要な血筋の魔力がごく僅か通されていて、その内側を任意の魔力が通る構造になっている。魔法陣を起点に遠隔操作で魔力を送り込む方法さえ確立出来れば、呪詛も魔法も通したい放題。とんでもない機構を開発したものだな。」
苦い口調で吐き捨てた王子様にこちらも渋い顔で頷き返してから、今度は破壊を試みようと思います。
慎重に指先に魔力を纏わせて、魔法陣を構成する外枠から順に少しだけ魔力を通して行きますよ。
と、魔力を通すごとに魔法陣が弾け飛んで消えていきますね。
「・・・何故だ?」
「・・・何故でしょうねぇ?」
王子様の呟きに即答しておきました。




