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その日の午後の警備任務は、王城の脇門警護でした。
正門ではなく脇門というのは、通用門のようなもので、王城で働く下働きや商人達の出入りや荷物の搬入などに使われる出入口のようです。
雑多なものが出入りする門の警備も、それはそれで面白いものでした。
まず、装いの違いで見る身分格差社会の構造が透けて見えて来たり、この脇門を通る順番でさえも、差別化が分かるような気がします。
はっきりとした身分社会で暮らして来ていないので、その辺りも戸惑ってしまいますね。
騎士団で過ごしている内は良いかもしれませんが、仕事から離れたところでは、常識の違いなど、気を付けた方が良いかもしれません。
まあ、仕事でも、あの王子様に余り楯突くのは控えた方がいいんでしょう。
リアルに首が飛びそうです。
なんて事を再確認しながらそれとなく脇門からの人や物の出入りを見守っていましたが、気になる点が何点か。
例えば、食料品の搬入についてですが、同じ王城内に同じような食材が複数の業者から搬入されているようです。
その搬入の方法も様々で、ちょっと小綺麗な格好をした商人が王城内の何処かの厨房までわざわざ運んで行く場合と、脇門を入ったところで城内の何処かの厨房から料理人達が受け取って食材を運んで行く場合に分かれているようです。
それが何通りも脇門を行き来するので、城内に幾つもある厨房が横の繋がりなく、それぞれバラバラに仕入れをしているのが分かりました。
これは、物凄く非効率なことだと思います。
大量購入の割引き交渉とかしないんでしょうか。
確かに、王様の住むお城ですから、体面上ケチることが出来ない場所や場面もあるでしょう。
それに、競合他社のない市場独占というのは宜しくないのも分かります。
でも、一般庶民よりは高給取りの筈の騎士団の食事があのレベルなのは、ちょっと信じられないことだと思います。
確か、改善を申し入れると予算や原価の話になって拒否されると言っていたようだから、この辺に問題があるのではないでしょうか。
さて、それとウチの厨房に卸してくれてる商人さん、品質面は大丈夫なんでしょうか?
そこら辺も少し気になるところですね。
そんな事を考えていたところで、見覚えのある厨房の女の子が慌てて脇門に搬入された荷物を取りに来ています。
ここへ来て間もない頃にぶつかって芋を撒いていたあの子ですね。
他にも男の料理人が数人一緒で次々と荷物を受け取っていますが、最後に商人と話しながら少し荒っぽい仕草で袋を手渡されている女の子の荷物が一番持ち辛そうです。
あれわざとでしょうかっていうくらい袋に無理矢理詰められた野菜が何もしなくともこぼれ落ちそうです。
それを危なっかしい手付きで持って歩き出した女の子の様子に、思わず溜息が出ました。
「おいレイナード、交代だ。」
ケインズさんが丁度いいタイミングでそう声を掛けてくれました。
そこで帰り支度をしていた商人に向けて一歩足を踏み出したところで、ガシッと肩を掴まれました。
「レイナード。今日は、警備任務は早めに切り上げて魔法訓練に入るようにと隊長から厳命だからな。これから直ぐに向かう。」
有無を言わさぬ口調で言ってきたケインズさんは、隊長から何があっても連れて来るようにとこちらも厳命を受けているに違いない。
「分かりました。仕方ないからちゃんと行きますから、その前にちょっとだけ。」
言ってケインズさんを振り切ると、今度こそ件の商人に向かって行きます。
支度を終えて動き掛けていた商人は、近付いてきたこちらに驚いた顔を向けて来ます。
「さっき最後に女の子に渡した袋だが、あれはもう少し大きい袋にならないのか? 明らかに持ち辛そうだったが?」
少しだけ上から威圧的に問い掛けると、商人は戸惑ったような顔になりました。
「へ? あ、あの袋ですか? そちら様は?」
商人は少し迷惑そうな顔で問い返して来た。
「通りすがりの騎士様だが?」
「はあ。小娘の癖に王城の料理人見習いとか名乗ってるそうですから、ちょっと身の程を弁えさせるお手伝いをと思いましてね。あのくらい卒なく運んで見せなければ、王城の料理人なんてとてもとてもさせられないでしょう?」
返ってきたその発言に、危うく商人の首根っこ掴んで持ち上げてしまいたくなりましたが、ここは我慢です。
「つまり、嫌がらせか。」
ボソリと溢してみましたが、聞こえなかったようです。
「お前の名前は?」
レイナードの高身長を活かして、上から少しだけ威圧的に見下ろしてやります。
「ああ、サイザンドルク商会のジュードと申します。旦那、折角騎士様になられたんだ、その容姿だったらあんな小娘に引っ掛かってないで、もっと上のお嬢さんでも引っ掛けられるでしょうに。」
その下品丸出しな発言には、顔が引きつってしまいました。
「サイザンドルクのジュードか。名前は覚えた。」
ちょっと格好付けて言ってみました。
何かあった時は、貴様の事は覚えているぞとか言って虐めてやろうと思います。
「可哀想に。お前は母親に食事を作って貰った事がないんだな。」
そして、最後に一言付け加えておいてやりましたが、キョトンとした顔をしていた商人は、本当にお袋の味知らずな人なのかもしれません。
薄々察していましたが、この世界、身分格差に加えて男女格差もありそうな気配です。
これだけは、ちょっと容認出来ないかもしれません。
踵を返して商人から離れると、ケインズさんが何とも言えない顔をしてこちらを見ていたようです。




