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こちらに引き寄せるように手を引くと、女性は抵抗なくこちらに下がって来ました。
焦った様子で覆面2人を見ていた女性ですが、両手を取ると驚いたようにこちらを向きました。
「取り敢えず、結界魔法の発動起点にもなってるし、これは壊しときましょうか。」
言って女性の両手首に巻き付いている細い呪詛の絡む毛糸に視線を向けると、女性ははっと目を見張ったようでした。
「そんなこと出来るの? それにここ魔法封じの結界の中なんでしょう? 直ぐには結界破壊も出来ないのでしょう?」
そう心配そうに言い出した女性ににっこり良い笑顔を向けておきます。
「そうですね。魔法封じの結界だけど、魔力は封じる対象外だから、いきますよ?」
言って聖なる魔力をぶつけて分解してみます。
「魔力分解だと、起点破壊は出来ないかもしれないんだよね。そうなったらやっぱり結界壊すしかないよね。」
ボソボソ呟きつつ呪詛分解をかけると、両手首を一周する毛糸は真っ白になりましたが、直ぐにまた何処かから寄り集まるように黒い呪詛の帯が絡み付いて来ます。
「うーん。やっぱダメかぁ。」
女性の手首を離して、地面に描かれた結界に目を向けます。
砕いた魔石に魔力を乗せて地面に結界を描きつつ条件付き魔法を織り込んでおくと、条件が満たされた時だけ発動する魔法結界が出来上がるようですね。
その発動条件が女性の手首の毛糸に絡んだ呪詛のようです。
と、不意に周りが静かになった気がして目を上げると、いつの間にか周りの皆様が倒れているか膝を付いて座り込んでいます。
「あれ?」
くるりと見渡しますが、こちら側で立っているのは自分1人のようです。
女性も何処か苦しそうに座り込んでいました。
「何だ?お前。例のお姫様はこっちだろう?」
座り込んでいる女性に近付きつつ口にする覆面さん達2人だけが立っているようですね。
何故か2人以外の囲んでいた人達も倒れてるか座り込んでますね。
「毒ガスでも放ったんですか? 物騒だなもう。」
言いつつ2人の様子を観察してみます。
「毒ガス?何のことだ? というか何故お前には効かなかった?」
「さあ・・・」
こちらも口にしつつ、距離感を測っておきます。
『重力倍化。魔力流出。』
そんな不思議な響の言葉が聞こえて、反射的に同じ言語で言い返してしまいました。
『え?嫌かな?』
「うわ!何だ? お前!まさか古代魔法が使えるのか?」
「は?そんな訳ないですよ。」
「いやだって、返って来たぞ?」
立ち止まって慌て始めた覆面さん達に顔が引きつりました。
あれですね、これはまたやらかしって怒られるヤツじゃないでしょうか。
『取り敢えず、魔法使っちゃダメ。それから敬礼。』
多分禁断の言語で2人に言ってみると、ビシッと敬礼されましたが、そのままの姿勢でプルプル震えてらっしゃいますね。
「まさかあのデカくて声の低い女、スーラビダンの王族ですか?」
「じゃなきゃ王家の秘呪とも言われる古代魔法が使えるわけがないだろうが。」
デカくて声低いは余計なお世話ですが、早速来ましたね、スーラビダン王家絡みが。
ところでこれ、どうすれば良いんでしょうか。
取り敢えず、ウチの皆さんの拘束を解くべきでしょうか?
「そこまでだ!」
ここでわらっと周りからこれまたスーラビダンの兵士さん達が出て来て囲まれました。
正面から声を掛けて来た人含め2人と、散って囲んでいるのが4人ですね。
その4人の兵士さん達が、未だ敬礼の格好を続けているの2人とこちらににじり寄って来ます。
『魔法無効空間』
正面の人が呟いた呪文で、結界内に古代魔法も含め魔法封じが掛けられたようです。
敬礼の2人が使った魔法よりも明らかにムラのない綺麗な魔法が発動しているようです。
「あれ? 発動した魔法の解除効果はないんだ。」
結界を眺めながら告げると、正面の魔法発動した男性がピクリと眉を上げたようです。
「君は何者だ? この2人はスーラビダンから指名手配していた魔法犯罪者だが、君はその仲間か?」
「違いますけど、貴方は?」
男性は訝しそうな顔でこちらに目を凝らし始めました。
「女性かと思ったが、そう装った変装か?」
「・・・失礼な。デカくて声低いみたいですけど、生物学的に間違いなく女性の筈ですから。」
最後に少しだけ自信がなくなったのは、元はとか色々考えた所為ですが、そのお陰で正面の男性が首を傾げたようでした。
「因みに、その女性を捕まえようとしてたその人達の結界に巻き込まれただけで、私と周りの人達は無関係ですから。」
大事なことなのでしっかり言及しておくと、更に首を傾げられました。
「では、君から流出し続けているその有り得ない程の魔力と彼らに掛けた見たことも無い程の精度の古代魔法は?」
これには目を泳がせてしまいました。
「な、何のことだか。てゆうか、魔力放出止めましょうよ、先に!」
ここはまず問題提起して目を逸らしてもらうのが一番でしょう。
「あ、ああそうだな。しかし、これだけしっかり張られた結界解除はかなりの難関だな。」
「じゃ、私が消してきて良いですか?」
えっと慌てた声が上がった気がしますが、聞こえなかったふりで結界の端に向かいます。
こちらを囲もうと近付いていた兵士さんが1人ついて来て、正面の男性に伺うような視線を向けているようです。
その間に、座り込んで地面に描かれた魔石の粉に触れて魔力を流します。
描かれた線に従って流した魔力が辿っていくと、魔石の粒が更に破壊されて魔法が崩壊していきます。
この魔石破壊能力は生まれ付きなんでしょうかね?
ただ、触っても破壊されない魔石もあった気がするので、破壊基準が良くわかりませんね。
「魔法も、使わずに、結界を破壊する?」
呆然とした声が聞こえた気がしますが、もう気にしない、無視です無視。
唐突に、パラパラと人の往来のある通りに戻って来た皆さんが座り込んでいるので、通りが一瞬騒然となりかけました。
が、スーラビダンの兵士さん達が未だに敬礼の2人と囲んでいた人達を纏めて脇道に連行したので、直ぐに騒ぎは収まったようでした。
その間に立ち上がっていたウチの皆さんに、女性も紛れようとしています。
「待ってくれ。メルビアスの公女殿はどなただ?」
スーラヒダンの兵士を引き連れて来た責任者らしき人、古代魔法を使ってたようなので、スーラビダンの王族の方なのかもしれませんね。
その人がこちらの皆に向かって話し掛けて来ます。
当然こちらの皆んなの視線は女性に一斉に向かいました。
メルビアス公女ってこの国のお姫様じゃないですか。
何でスーラビダンの女性の扮装をしていたのか不明ですが、呪いが両腕に付いていることを考えると、誰かに狙われているんでしょうね。
「貴方は?」
問い返した公女様に、スーラビダンの男性が恭しく礼をしました。
「公女殿下、初めてお目に掛かります。私はスーラビダンの第三王子テンフラムと申します。以後お見知りおきを。」
「スーラビダンの第三王子殿下。では、わたくしの手紙を読んで下さったんですね?」
何やら公女様と王子様の会話が続くようです。
「ええ。あの2人は我が国でずっと手配を掛けていた犯罪者です。所在をお知らせ下さりありがとうございました。」
という訳で、クイズナー隊長のこっそり合図と共に、皆んなですーっと後ろに下がりつつフェードアウトを試みましたが、3歩程下がったところで、王子様のビシッと厳しい視線がこちらに来ました。
「では、往来では何ですから、そちらの皆さん含め、付いてきて貰えますね?」
上から来た王族特有の強制力強め要求ですが、これどうしましょうか?
と視線を向けた先で、クイズナー隊長が物凄く嫌そうな渋い顔になっていますが、これは諦めた顔ですね。
こっそりと手を合わせて謝っておこうと思います。




