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ファデラート大神殿の神聖都市マドーラに真っ直ぐ上がる街道が繋がるメルビアス公国の街ファビドに辿り着いたのは夕暮れ頃、そこから宿を探して荷を降ろせたのは夕食時になってからでした。
そこまで何事もなく平和な道中だったので、皆んなでホッとしつつ街の食堂に向かいました。
ファビドの街を歩くと、大神殿を訪ねてきたもしくは大神殿から帰る途中で立ち寄った様々な国籍の人達とすれ違います。
国籍は、主に服装で見分けるようですが、偶に顔立ちや肌色髪型などで異国感が溢れている方達にも出会います。
因みにカダルシウス人とスーラビダン人は、隣接国家で元の人種が同じだからか外見的な違いが余りないのだそうです。
言語も基本的には共通語を話すので、なりすますには最適なのだとクイズナー隊長から聞いています。
ただ、食事の時だけはこの扮装、物凄く不便です。
「おねー様、はい。」
大皿から料理を取り分けてくれたコルステアくん、この扮装になってからはマメにこうやって世話を焼いてくれます。
「うん、ありがと。」
なるべく小声を心掛けてお礼を言うと、フォークとスプーンを駆使してベールの下で食べ始めました。
左手でちょっとだけベールを浮かして口に運ぶのですが、これをベールを汚さずにこなすのはかなりの難易度です。
なので、普通のスーラビダンの貴族の女性達は、基本的に女性だけでベールを外して食事をするのだそうです。
旅の途中の食堂ではこの方法しかないので仕方がありませんと装っていますが、実は口元には割と性別が出るので、本当はそちらを隠すのが目的だったりします。
木の実入りのパンを千切って食べていると、コスルテアくんがお茶入りのカップを目の前に置いてくれました。
ずんぐりした見た目の取っ手なしマグカップのようなタンブラーに近いようなカップからは緩やかに湯気が立ち昇っています。
覗き込んでみると、シナモンのような甘い香料の香りがして、ホットティーを何かの乳製品で割ったような白濁した薄茶色の液体が入っているようです。
チャイみたいなものでしょうか。
パンから手を離して、カップを包むように持ち上げてみます。
カップをベールの下に潜り込ませて、少し吹き冷ましてからそっと口に含むと、やはり甘くてまろやかな味わいの中に時折ピリッとスパイスの利いたミルクティーです。
飲み終わりに来る独特の香料の香りが鼻を抜けて、でも不思議と不快にはなりませんでした。
と、こちらを見守る複数の視線に気付きました。
「あれ? レイカ様はアビ茶は平気なんですね?」
バンフィードさんの意外そうな問いに、思わず隣のコルステアくんに鋭い視線を向けてしまいました。
「スーラビダンに輿入れしたおねー様なら、飲めて当たり前でしょう?」
しれっと言い切りましたが、スーラビダン特産の、好みの分かれるお茶なんでしょうね。
「あー、私はダメだわこれ。匂いがキツい。あと、お腹グルグルしてきた。」
「生乳で割って飲み易い温度まで下げるのが目的だからね。でも、飲み慣れてないとお腹を壊すこともあるみたいだねぇ。」
と、止めもせずに飲ませたクイズナー隊長を横目で睨んでやりました。
「大丈夫でしょ? おねー様は前から体質的には問題なかったし。」
確かに、今のところお腹はゴロゴロ言うでもなく静かにしています。
「乳製品の分解酵素を持ってるってことかな?」
あちらでは、どちらかと言うと分解酵素弱めで、時折乳製品を摂取すると微妙な時がありましたね。
「分解コーソ? まあ良いけど。おねー様の母親はスーラビダン王族の血を引いてるからね。」
コルステアくんの突然のカミングアウトに、他の皆さんがへぇ〜と相槌を打っています。
「そーなの?」
こちらはコソッと聞いてみると、肩を竦められました。
「ちょっとは勉強しなよ? おねー様の母方の祖母がスーラビダンの前の前の王様の末の妹王女だったみたいだよ?」
「へ、へぇ。」
「ん?てことは、お嬢様はスーラビダンの王族と親戚ってことか?」
ナッキンズさんが頭を捻りながら言った言葉に、護衛の皆さんが引きつった顔になっています。
「ま、まあ。貴族なんて王族とも何処かで遠〜い親戚だったりすることも珍しくないでしょ?」
「そうだね。おねー様の場合は割と近く親戚だと思うけど。」
コルステアくんの非難するような目から視線を外しつつ、久々にレイナードに対する怨嗟の言葉が浮かびました。
「・・・それもあってスーラビダンに輿入れしたばかりのカダルシウス出身の若奥様風なのね?」
こそっとそう問い掛けると何故かブスッとした顔で頷き返されました。
「そこだけはイオラート兄上とおねー様だけの問題だからね。僕には関わりがないことだし。」
そんな事を言い出したコルステアくん、少し疎外感を感じているのでしょうか?
「そっか。でも、私はコルステアくんがそういう面倒なことに関わってなくて良かったと思うよ?」
そう宥めるように返してみると、コルステアくんには無言で肩を竦められました。
とそんな微妙な空気になった食後、宵の街を散策、させて貰える筈もなく、宿に戻る道すがら、いきなり進行方向に立ち塞がった女性に声を掛けられました。
「ま、待っていたわよ? あなた達」
微妙に噛みながらも上からな言葉遣いで言って、ずいっとこちらの集団に踏み込んで来た女性は、スーラビダンの貴族女性の扮装でした。
「いや、どなたかとお間違いでは?」
リックさんがにこやかを装った半眼でそう返していますが、その女性、明らかに焦った様子で背後を気にしています。
「お願い、貴女匿って。」
女性は、真ん中辺りで皆さんに囲まれているこちらに真っ直ぐ小声で懇願してきます。
訳あり感満載で寒気がしてきました。
「あーえっと、ごめんなさい。面倒ごとの持ち込みはご遠慮願います。」
正直にそう返してみると、それを遮るようにクイズナー隊長に前に割り込まれました。
「どなただろうか? ウチのお嬢様にいきなり話し掛けられては困るのだが?」
正体の分からない相手を思って丁寧めに断ったクイズナー隊長に、女性は焦った顔に思い詰めたようなキツイ目を向けたようです。
「事情は後で説明するからお願い、少しの間だけ匿って!」
その女性の発言に、周りの空気が一気に冷えたようでした。
取り敢えず、出歩く時にはトラブル持ち込み禁止の看板でも先頭の人に持って貰うのどうでしょう?
「悪いがお嬢様の側に怪しげな者を近付ける訳にはいかない。」
取り付く島なく返したクイズナー隊長に、女性はぐっと言葉を詰まらせたようでした。
「そ、それは後でと。それに、そっちだってお嬢様って、背が高くて声低過ぎでしょ。」
これはボソリと小声になって訴えて来る女性に、思わず凪いだ目になってしまいました。
ここでチラッと来るクイズナー隊長の睨みです。
喋るなってことですよね? はい。
「無礼な。ウチのお嬢様の気にしておられることを!」
と、女性に向けては迫真の演技で返すクイズナー隊長、演技派というよりもう、きっとヤケクソですね。
「あ、え? その、ごめんなさい?」
途端に物凄く申し訳なさそうな口調になった女性に、居た堪れない気持ちと共に乾いた笑いが浮かびます。
「ま、そういう訳ですので、失礼しますねお嬢さん。」
クイズナー隊長はそこで怯んだ女性を置いて去ることにしたようです。
護衛さん達に合図を送りつつ女性を避けて回り込んで進もうと移動し始めます。
「え?ダメよ! お願い置いてかないでったら。」
慌てて着いてこようとする女性が足を踏み出した途端、カチッと何処かで歯車がピッタリ噛み合ったような音がして、いつの間にわらっと現れた武器を持った男達に囲まれていました。
ウチの護衛さん達が武器を手に牽制してくれていますが、雇われのガラの悪い集団といった見た目の人達で、にやにや笑いながら無言で包囲を詰めて来る様子に寒気がしてきますね。
「何だね? 我々は無関係だから通して貰おうか?」
クイズナー隊長が声を張り上げますが、囲んだ人達はやはり無言で何かを答えるつもりはなさそうです。
因みにこの通り、表通りではありませんが先程まで他の通行人ともそこそこすれ違う通りだった筈ですが、何故か今は例の女性とウチの面々と囲んでる人達しか見当たりませんね。
見渡してみてからその理由が分かったかもしれません。
「あー、何だろいつの間にか結界の中にいるねぇ〜。」
仕方ないので明るい口調で情報共有してみます。
「そういうことは気付いた途端に言いなさいね、お嬢様。」
クイズナー隊長、口調がおかしくなってますよ?
「あはは、今気付きました〜。人払い系かな? あー、魔法行使無効のうっすい効果も付いてるかな? でも、綻び凄いからちょっと突いたら壊せるかも。」
「・・・怖いこと言わないよ?じゃ、さっさと壊して強行突破しようか?」
和やかにクイズナー隊長と会話を続けていると、女性が驚いたようにこちらを振り向き、囲んでる人達の後ろから覆面のボス格の2人組が出て来ました。
「あのお嬢さんが囮のちょっと手の込んだ美人局みたいな恐喝? うーんでも、結界の中心設定があのお嬢様だから、やっぱり巻き込まれ系じゃないかな?」
「・・・そういう時は、黙ってお嬢さんを引き渡してから、我々の安全が確保された後で、こっそりネタバラシしてくれないかな?」
「えっ?それって人としてどうですか?」
言いつつ、結界が薄そうなところに向かって手を振り上げます。
「ん? 成る程、これってこの場所に追い込んで後発発動した結界ですね。へぇ、魔石ってこういう使い方も出来るんだ。」
感心して呟いていると、クイズナー隊長に半眼を向けられました。
「早くしてくれるかな? 壊せるの?壊せないの?」
「おねー様、薄い場所を狙って穴を開けても、修復する構造の結界魔法もあるよ? 行けるの?」
クイズナー隊長に引き続きコルステアくんからも急かすように言われて、薄い場所に向けていた手を降ろしました。
「はい、それじゃ武力排除で良いんですよね?」
こちらの様子を窺ってたリックさんが見切りを付けたようで声を掛けて来ました。
「そですね。一先ずそれでお願いします。結界は見計らって破壊しとくので。」
その一言に護衛さん達から揃って呆れ顔をされた意味は分かりませんでしたが、溜息混じりに外に向かって行ったリックさん達を見送ることにしました。




